サンタヤーナの警句

宗像紫雲

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サンタヤーナの警句(第四十三話)

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                四十三

「いやっ、あのっ……」
 権田や春日の属する世界がどういうものだか知らないが、何の金だか分からないものに手を出すほど隆三はまだ世慣れていなかった。「知らない人からモノをもらってはいけません」--。子どもの頃のしつけが彼の手を抑えた。

「心配することはない。先生のご好意だ。君のお友達は何の躊躇もしなかったよ」
 横合いから春日が受け取るよう促した。井坂がそんなことまでやっていたのかと思うと、なおさら二の足を踏まざるを得なかった。
「先生方の大志には私も賛同いたします。現行の通貨制度を見直すべきという主張は、お金をいただくまでもなく、私自身の声としてこれからも唱えていくつもりです。ですから……」
 隆三は座卓に置かれた封筒を押し返した。
「せっかくのご好意ですが、このお金は受け取れません」
 ことの性質が何であれ、申し出を断るということは座の空気を白けさせるものだ。それまで和やかに進んだうたげは急に興ざめして、重い沈黙が忍び寄った。庭の獅子脅しがコ~ンと鳴った。

「ハハハハハ」
 権田が大きな声で笑い出した。
「還暦間近かとうかがっていたが、意外と青臭いことを言うものだ。金も要らねば名も要らぬ、そういう人は始末に困る」--。
 権田は嬉しそうに幕末の英雄の遺訓をそらんじた。
「だがそういう人物でなければ国家の運命を分けるような大きな仕事を、一緒に成し遂げることはできない」
 そう言って懐から扇子を取り出しあおぎ始めた。
「ただし、誤解無きようにな……。そういう人物にとって要らぬものがもうひとつある」
 権田の目は笑っていなかった。
「……」
 隆三は次の言葉を待った。
「それは、命だ」--。
 相手に強く印象付けるように、わざとゆっくり“いのち”と言い、再び高らかな笑い声を上げた。
「ハハハハハ」
 今度は黒服の秘書がお追従し、それにつられた春日も加わった。笑い声の輪唱に庭の獅子脅しが拍子を打った。

「あっ、お父さん、お帰んなさ~い」
 玄関を開けたら娘の猫なで声が迎えてくれた。メディアへの露出が増えるにつれて、家庭内における隆三の“格”は一段、また一段と上がっていった。ほとんど空気ほどの存在でしかなかった“父親”も、どうにか家族の一員としての資格を得たようだ。もっとも序列の上から見れば、相変わらずの最底辺には違いないのだが……。
「最近、誰かに付けられているような気がするのよね……」
 リビングに戻った娘が、アイドルの噂話のついでに妻へぼやいた。
「変な人が多いから気を付けてよ」
 妻は紋切り型の台詞で受け流したが、隆三は“はた”と心配になった。地上波の番組へ出演した反響は大きく、通勤途上や街を歩いているときに人の視線を感じることが多くなった。露出とともに“見られる”機会が増えたのは確かだから「考え過ぎだろう」とうっちゃらかしてきたが、正面や横からの視線に交じって背後に人の気配を感じることがしばしばあった。今まで「思うまい」と抑えてきた疑念が、娘のひと言で急に浮き上がってきた。
「もしかして、尾行されているのかも知れない」--。

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