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第一話
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『至る所に存在している時空の歪みを利用しつつ、ミクロの世界までを操れば不可能では無い』
小難しい理論を並べる博士は、メディアに質問攻めされ非常に忙しそうだ。僕はその一部始終を、テレビ越しに見詰めていた。
「なぁ、葉月だったらどうする?」
「え、何が? 何の話?」
隣で黙々と本を読んでいた女性、柳下葉月は狼狽える。しかし、内容を理解しようと判断したのか、直ぐにテレビの画面を凝視し出した。
「あぁ、これ……今話題になってる¨存在抹消ボタン¨ね……」
博士が開発した存在抹消ボタンは、賛否両論が沸きあがり今全国で話題となっている。
生まれた存在を消してはいけないと言う人間が大半だが、中には、殺人鬼の存在を無かった事にすれば救われる命が多くあるのではないか、との意見もある。自殺志願者が使用すれば、誰も悲しませず楽になれるとの意見も出ていた。
「そうそう。葉月だったらボタン使いたい?」
「……うーん、そうだなー」
葉月はあまり深く考える気がないのか、内容が分かった途端読書に戻ってしまった。
「前の私だったら押したいって答えてると思うよ」
「…………そうか」
自然と頬が赤く染まった。理由は、随分特殊な経緯が関係する。
僕の部屋は本や紙だらけだ。最低限の生活スペースを残し、ほぼ全ての空間がそれらで埋まっている。それと筆記具一式と。借りた時から狭いアパートだ、最初から空間なんて有って無いような物だったが。
「ねぇ、新作出来そう?」
葉月は、目配せもないまま呟きだけを落とす。¨新作¨との単語に反応し、葉月の読んでいる本のタイトルに自然と目が向かった。それから作者名の部分にも。
「……いや、まだちょっと……詰まってるって言うか……」
「中々完成しないねぇ」
僕は字書きだ。数年前に遡るが、奇跡的に2冊ほど小説を出版した。しかし、どちらも殆ど売れなかった。簡潔に言うと売れない字書きなのだ。
その為、継続しての出版は愚か、今や応募から挑まなくてはならなくなってしまい、バイトをしながら執筆に励む日々に明け暮れている。気付けば20代後半に被ってしまったが、それでもまだしつこく続けている。
「司佐くんの本、素晴らしいのにね」
突然褒められて、思わず見詰めていた作者名部分から目を逸らした。
実は、葉月が読んでいる本は、奇跡的に出版した内の一冊である。彼女は数少ないファンなのだ。
表紙には悩んでつけたタイトルと、高羽司佐の名が堂々と印刷されており、見る度に恥ずかしくなった。なぜペンネームにしなかったのかと、今になって後悔している。
「もう良いよ恥ずかしいよ照れるよ」
早口で訴えると、葉月は微かな笑声を上げた。
小難しい理論を並べる博士は、メディアに質問攻めされ非常に忙しそうだ。僕はその一部始終を、テレビ越しに見詰めていた。
「なぁ、葉月だったらどうする?」
「え、何が? 何の話?」
隣で黙々と本を読んでいた女性、柳下葉月は狼狽える。しかし、内容を理解しようと判断したのか、直ぐにテレビの画面を凝視し出した。
「あぁ、これ……今話題になってる¨存在抹消ボタン¨ね……」
博士が開発した存在抹消ボタンは、賛否両論が沸きあがり今全国で話題となっている。
生まれた存在を消してはいけないと言う人間が大半だが、中には、殺人鬼の存在を無かった事にすれば救われる命が多くあるのではないか、との意見もある。自殺志願者が使用すれば、誰も悲しませず楽になれるとの意見も出ていた。
「そうそう。葉月だったらボタン使いたい?」
「……うーん、そうだなー」
葉月はあまり深く考える気がないのか、内容が分かった途端読書に戻ってしまった。
「前の私だったら押したいって答えてると思うよ」
「…………そうか」
自然と頬が赤く染まった。理由は、随分特殊な経緯が関係する。
僕の部屋は本や紙だらけだ。最低限の生活スペースを残し、ほぼ全ての空間がそれらで埋まっている。それと筆記具一式と。借りた時から狭いアパートだ、最初から空間なんて有って無いような物だったが。
「ねぇ、新作出来そう?」
葉月は、目配せもないまま呟きだけを落とす。¨新作¨との単語に反応し、葉月の読んでいる本のタイトルに自然と目が向かった。それから作者名の部分にも。
「……いや、まだちょっと……詰まってるって言うか……」
「中々完成しないねぇ」
僕は字書きだ。数年前に遡るが、奇跡的に2冊ほど小説を出版した。しかし、どちらも殆ど売れなかった。簡潔に言うと売れない字書きなのだ。
その為、継続しての出版は愚か、今や応募から挑まなくてはならなくなってしまい、バイトをしながら執筆に励む日々に明け暮れている。気付けば20代後半に被ってしまったが、それでもまだしつこく続けている。
「司佐くんの本、素晴らしいのにね」
突然褒められて、思わず見詰めていた作者名部分から目を逸らした。
実は、葉月が読んでいる本は、奇跡的に出版した内の一冊である。彼女は数少ないファンなのだ。
表紙には悩んでつけたタイトルと、高羽司佐の名が堂々と印刷されており、見る度に恥ずかしくなった。なぜペンネームにしなかったのかと、今になって後悔している。
「もう良いよ恥ずかしいよ照れるよ」
早口で訴えると、葉月は微かな笑声を上げた。
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