存在抹消ボタン

有箱

文字の大きさ
2 / 22

第二話

しおりを挟む
 葉月との出会いは、これまた特殊だった。
 2冊目の出版が決定し、発売日に本屋へ赴いた時の事だった。

 因みに何故赴いたかというと、自分で自分の本を買う事で、売り上げ部数を増やそうと画策したからだ。たったの一冊や二冊でどうにかなる物ではないと分かりながら、居ても立ってもいられなかった。

 もちろんのこと、僕の本の前には誰一人として人が居なかった。通り過ぎる人間も、誰一人として見向きもしていなかった。
 深い深い寂しさを覚えつつ、袋に包まれた本を一冊手に取る。そうして、同じ物をもう一冊取る。
 保存用と観賞用、それから頒布用にでもしようかと、三冊目に踏み切るか迷っていたその時だった。

「あ、あの、高羽さん好きなんですか!?」

 突然名が呼ばれ、驚き振り返ると、瞳を輝かせた葉月が立っていた。

 ドキドキしつつも、作者である事を隠し、一ファンとの設定を自らに課して話をした。
 話の中で葉月は『私はこの本に救われた』と何度も口にした。詳しい事情は分からないが、何らかの辛い経験をしてきたのだろうとは把握した。

 葉月は嬉しかったのだろう。周囲に分かり合える人間が居なかったのかもしれない。いや、いなかったのだろう。
『ファン同士仲良くして下さい』と笑顔で言われ、成り行きからメールアドレスの交換までしてしまった。

 結局、切り出すタイミングが分からずに、その後暫くファンとしての自分を演じ続けた。名前については、漢字は教えず『同名なんだ』とだけ告げた。
 時には無理矢理に自作を褒めてみたり、何気なく批判してみて葉月の反応を窺ったりと、今思えば申し訳ない事をしていたと思う。

 因みに、葉月は相当作品を気に入ってくれているのか、批判を全てポジティブな発想で包んでくれた。その意見に何度救われたことだろう。意欲を燃やした事だろう。

 褒められ、肯定され続け、自然と葉月に好感を抱いていった。愛しくなる度、彼女と会話を重ねる度、演技している自分に嫌気が差していった。
 結果、何十回目かの会合で、僕は真実を打ち明けた。

 ドキドキした。心臓が破裂するかと思った。嫌われるのでは無いだろうか、裏切られたと感じ冷たい瞳を向けられるのでないか、とマイナス思考が脳内で加速を極める。
 衝撃的だったのか、葉月は暫くの間、絶句し唖然としていた。

「…………そうだったんだ」

 第一声、僕は関係の終了を覚悟した。数少ないファンを、一番近しいファンを無くしてしまったと一瞬の内に悲しみに暮れた。しかし、

「すごい! すごい! 司佐くん作者さんだったんだ! 疑ってたけど本当にそうなんだ!!」

 まるで、星々が煌くかのような輝く瞳で見詰められ、今度は僕が唖然としてしまった。

「話してる内に何と無くそうじゃないかなーって思ってたんだよね! でも大好きな作家さんがこんな近くにいるわけ無いって勝手に思っちゃってて…って私はしゃぎすぎだね!」

 満面の笑顔を湛えるその頬に、雫が伝った場面を今でも鮮明に覚えている。

 それからも、二人の関係は何も変わらなかった。良い方にも悪い方にも傾かず、作者とファンとして語り合った。もちろん、内容は少し変化した部分もあるが。

 どれだけ時が経過しても、どれだけ愛情を覚えても、彼氏彼女としての関係性は間には出来ず、ただただ遠いような近いような関係を続けた。言うなれば兄妹のような感覚だろうか。

 それらが、出会いと今までの経緯だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...