存在抹消ボタン

有箱

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第三話

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 期待されていては書くしかないと、僕は懸命にペンを動かす。真横で葉月が本に没頭している時も、一人の時も、少しでも意欲が湧き次第ペンを動かすようにしている。

 因みに、僕の書いている本は小説で、ヒューマンドラマを主なジャンルとしている。
 人より少し感傷的な部分を持つ自覚はある。しかしそれでも、他者と大差無いそれなりの人生を送ってきた。そんな有り触れた浅い経験など宛てにならないと、殆どを空想で補っているのだが、それが中々難しい。
 しかし、葉月の心に届いた事実を糧に、今日も頭を悩ませている。

「最近このニュースばっかりだね」

 口火を切られ顔を上げると、ニュース番組が目に付いた。執筆中は音声が欲しい派なので、ボリュームを下げた状態でだが常に点けている。

「存在抹消ボタンか。でもこれって本当なのかな」
「さぁ? でも時々あるよね。誰かがそこに存在してた気がするのに、それが誰か、そもそも錯覚かどうかさえ分からないって事」

 葉月の経験に、僕は思わず首を傾げる。元々感受性が鈍いのか共感は出来なかった。

「そんな事あるんだ、すごいな」
「えっ? ないの?」
「……うーん、分かんないけど……そういう感覚が存在するって事は、ボタンは本物なのかもな」

 葉月の持つ感覚や感受性などを、時々羨ましく思うことがある。
 彼女は物事を深く推理する人間だ。必要以上に考え、答えを導き出してゆく。これまでの数多の会話の中から、発想力も読解力も――――言語能力の類だけでは無い、人に幸福を与える力も、全てを包み込む包容力も持っていると感じた。

「実際消えた人にインタビューとかして見たいよな。後悔してませんか、とか」

 冗談を真面目なトーンで発すると、葉月はふふふと小さく笑った。そうしてから読書に戻る。

「それ出来たら抹消にならないよー」

 会話の終了を読み取った僕は、続きを執筆するべく用紙に視線を落とした。
 テレビの中では、司会者とゲストが¨存在抹消ボタン¨を連発していた。
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