存在抹消ボタン

有箱

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第五話

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 葛藤し格闘し、長い期間作品と向きあっていたからか、精神力を消耗している感覚がはっきりとある。

 目の前に用紙を置かず、視線を逸らさないままテレビに目を向けるのは随分と久しぶりだ。しかし、話題のニュースが多く、昼間という時間帯も被り、あまり面白い番組が放送されていなかった。
 やはり耳に入るのはあの話題ばかりだ。折角なので、興じてみようと焦点を向けた。

 今話題に話題を呼んでいる、存在抹消ボタンについて。
 もし目の前に用意されたら、僕はそのボタンを押すだろうか。存在ごと全て、綺麗さっぱり無くしてくれるそれを、誰の記憶からも、記録からも消してくれるそれを、僕は押すだろうか。

 はっきり言って、今は更々押す気は無い。それが答えだ。
 葉月と同じだ。昔々、たった一人で寂しく執筆に励み、加えて評価されなかった時ならばボタンを押せただろう。迷いの末に、ではあるだろうが。

 努力も、苦労して積み上げた関係も、何もかも無になるのだ。それらが幾らちっぽけでも、惜しくない訳がない。
 しかしそれでも¨そう考えている自分ごと全て消去される¨と思えば――――、たった1つそれを呑み込んでしまえば、迷う必要は生じなくなる筈だ。

 多分、所望する人間は、似た感情か、はたまた別の感情を持って存在抹消を願うのだろう。
 正直、咎めようとは思わないし、本人が願っているなら寧ろ推奨したいとも思う。それで救われるのなら適切な判断だと思う。
 自殺者としてこの世に残るよりも、随分と良いだろう。

 ふと、思い浮かぶ。一世を風靡している今だからこそ、これを題材に物語を書いたら面白いのでは無いか、と。
 関心がある物しか見ようとしない人間が多い。そんな現代だからこそ、これはチャンスなのでは無いだろうか。

 僕は早速、次の作品の題材集めとして、存在抹消ボタンの情報を漁り始めた。
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