存在抹消ボタン

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第八話

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「……えっ? 急にどうしたの?」
「いや、だからさ、僕には才能がないんだよ。万人受けしないし、心に響く話が書けない」
「で、でも、私は司佐くんの本に救われて……」
「…………ごめん、参ってるみたいだ」

『司佐くんの書く物語はね、深い物があるんだよ』

 一連の会話は、嬉しい筈の一言から始まった。普段は喜べた褒め言葉が、見たばかりの悪口の所為で濁って聞こえたのだ。
 そして、脳内でネガティブな返答を作り上げてしまった。そうして制御できず吐いてしまった。直後、申し訳なさと後悔が胸いっぱいに広がった。

「……もしかして選考落ちちゃった……?」

 聞き辛そうに尋ねて来た葉月の目を見られないまま、僕は無理矢理口角を吊り上げる。葉月に見せる為の優しい笑顔を作りながらも、心の中では自嘲のようだと感じている。

「そう、落ちたって」

 第一選考すら通らなかったよ。と加えかけ、止めた。葉月がオロオロしながら自分を励まそうとするのは見えている。幾らセンチメンタルになっているからと、他者を傷付けたいとは思わない。いや、困らせてしまった訳だが。

「……そっか、残念だったね」

 葉月は、私事のように落ち込み項垂れる。今までの態度から、それが演技では無いと分かった。

「……ごめん、ありがとう。そうやって言ってくれるの葉月だけだ」
「だって、私も司佐くんの本をもっと皆に知ってほしかったもん……だから本当に残念で」
「ちゃんと見せて意見仰いどけば良かったかな」
「つ、次頑張ろうよ! ね!」
「そうだな」

 葉月の前向きな発言に、少しだけ気持ちを切り替える。
 ――――振りをしながらも、自信作であった事もあり簡単に傷は癒えなかった。

 脳裏に、存在抹消ボタンの存在がチラついた。
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