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第十四話
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大きな変化のないまま、また数週間が経過した。
作品の執筆は行き詰まり、満足に進んではいない。それでも葉月と言葉を交わす度、期待の眼差しがこちらを見詰める度、強い気持ちで励もうと思えた。
携帯のメロディが鳴った。メールの受信を知らせるメロディだ。電話とメールで音を変えており、どちらなのか直ぐに分かる。
葉月を予想し確認したが、見えたのは未登録のアドレスだった。しかし、内容をぱっと見て直ぐに用件を悟る。
¨存在消去ボタン¨そのワンフレーズで十分だった。文面を辿ると、想像通りの内容が綴られていた。
――――当選したのだ。存在抹消ボタンを使用するのに相応しい人物として、認められたのだ。
不思議とにやけていた。勝手に他の作家との間に一線を引けた気になって、気持ちがソワソワしてしまう。当選して優越感を味わっているのは、恐らくこの世で一人だけだろう。
「あれ、どうしたの? 何か嬉しそうだね」
顔を上げると、葉月が軽くこちらを見下ろしていた。きょとんと不思議そうな顔をしている。
「これ見て」
「えっ? 何々?」
葉月は、掲げた携帯に引き寄せられるよう顔を寄せた。黒目が右左を行き来する。画面に入りきっていない分を読むためだろう、一度だけ画面をスライドしていた。
「……えっと、これって……?」
「当選した、驚いただろ?」
「えっ? えっと、何で……?」
多分、葉月は今衝撃を受けている。消去を願って応募したのだと考えているに違いない。理由を打ち明けた時見せるであろう、安堵の表情が脳裏に浮かんだ。
「ネタ集め」
しかし予想は外れた。突然泣き出してしまったのだ。まるで溢れ出したかのような、大粒の涙が宙を待った。
「あっ、あぁ……何だそういう事か……良かった、そういう事か……」
葉月は自分でも驚いているのか、手の甲で必死に涙を拭いながら笑っている。安堵の形が意外な形で現れて、ついつい呆然としてしまった。
「…………ごめん……驚かせようと思って……。じゃなくて、驚かせすぎた……ごめん……」
「本当だよ、すっごい驚いたよ、悩んでるかと思ったじゃん」
葉月は情けなさそうに、涙で頬をぐしゃぐしゃにしながら笑い続けている。相当驚かせてしまったらしく、涙は止まる様子を見せなかった。
「書く為に実物見てみたいと思ってさ……文だけだとイメージ掴めないし……」
「大丈夫、分かったよ。司佐くんの言いたい事は分かった。ごめん、自分でも吃驚してるの」
「……そっか、なら良いけどさ……」
掲げていた携帯を手元に戻し、再度メールに目を通す。葉月の座り込む動きが横目で見えた。
「……司佐くん」
静かな部屋に、葉月の小さな声が落とされる。それはなぜか、異様な重みを際立たせていた。目の前の携帯から目を逸らせないまま――――いや、横を向けないまま続きに耳を傾ける。
「……ボタン、絶対押さないでね……?」
しかし、言葉を聞いて重さはスッと消えた。
「押さないよ、大丈夫だ」
深刻になってしまうほど、思わず雫を落としてしまうほど、葉月は僕を思ってくれている。こんなしがない字書きの事を、大事に思ってくれている。
改めて実感出来て嬉しかった事は、今は秘密にしておこう。
作品の執筆は行き詰まり、満足に進んではいない。それでも葉月と言葉を交わす度、期待の眼差しがこちらを見詰める度、強い気持ちで励もうと思えた。
携帯のメロディが鳴った。メールの受信を知らせるメロディだ。電話とメールで音を変えており、どちらなのか直ぐに分かる。
葉月を予想し確認したが、見えたのは未登録のアドレスだった。しかし、内容をぱっと見て直ぐに用件を悟る。
¨存在消去ボタン¨そのワンフレーズで十分だった。文面を辿ると、想像通りの内容が綴られていた。
――――当選したのだ。存在抹消ボタンを使用するのに相応しい人物として、認められたのだ。
不思議とにやけていた。勝手に他の作家との間に一線を引けた気になって、気持ちがソワソワしてしまう。当選して優越感を味わっているのは、恐らくこの世で一人だけだろう。
「あれ、どうしたの? 何か嬉しそうだね」
顔を上げると、葉月が軽くこちらを見下ろしていた。きょとんと不思議そうな顔をしている。
「これ見て」
「えっ? 何々?」
葉月は、掲げた携帯に引き寄せられるよう顔を寄せた。黒目が右左を行き来する。画面に入りきっていない分を読むためだろう、一度だけ画面をスライドしていた。
「……えっと、これって……?」
「当選した、驚いただろ?」
「えっ? えっと、何で……?」
多分、葉月は今衝撃を受けている。消去を願って応募したのだと考えているに違いない。理由を打ち明けた時見せるであろう、安堵の表情が脳裏に浮かんだ。
「ネタ集め」
しかし予想は外れた。突然泣き出してしまったのだ。まるで溢れ出したかのような、大粒の涙が宙を待った。
「あっ、あぁ……何だそういう事か……良かった、そういう事か……」
葉月は自分でも驚いているのか、手の甲で必死に涙を拭いながら笑っている。安堵の形が意外な形で現れて、ついつい呆然としてしまった。
「…………ごめん……驚かせようと思って……。じゃなくて、驚かせすぎた……ごめん……」
「本当だよ、すっごい驚いたよ、悩んでるかと思ったじゃん」
葉月は情けなさそうに、涙で頬をぐしゃぐしゃにしながら笑い続けている。相当驚かせてしまったらしく、涙は止まる様子を見せなかった。
「書く為に実物見てみたいと思ってさ……文だけだとイメージ掴めないし……」
「大丈夫、分かったよ。司佐くんの言いたい事は分かった。ごめん、自分でも吃驚してるの」
「……そっか、なら良いけどさ……」
掲げていた携帯を手元に戻し、再度メールに目を通す。葉月の座り込む動きが横目で見えた。
「……司佐くん」
静かな部屋に、葉月の小さな声が落とされる。それはなぜか、異様な重みを際立たせていた。目の前の携帯から目を逸らせないまま――――いや、横を向けないまま続きに耳を傾ける。
「……ボタン、絶対押さないでね……?」
しかし、言葉を聞いて重さはスッと消えた。
「押さないよ、大丈夫だ」
深刻になってしまうほど、思わず雫を落としてしまうほど、葉月は僕を思ってくれている。こんなしがない字書きの事を、大事に思ってくれている。
改めて実感出来て嬉しかった事は、今は秘密にしておこう。
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