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第九話:少しくらいなら良いじゃないか
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扉の先は小部屋になっていて、小さな机と二つの椅子が置かれているだけだった。その机に、大きめの箱がある。
「で、何を持ってきたんだい? 見せてみな」
「こ、これです」
値札を見る余裕がなく、適当に詰めてきただけの物を取り出す。それを、バラバラと机上に置いた。
お爺さんは、じっと品々を見詰め始めた。そうして数秒、置いてあった箱を開ける。
少年たちに聞いていた話により、そこからお金が出てくるのは明らかだった。
だが、幾ら出てくるか想像もつかない。キャンディー売りの時の事が思い出され、気分が重くなった。
「お前さん、初めてだったな」
「は、はい」
「手を出しな」
そっと手を出し、受け取り体勢に入る。儲かるという話と、現実に裏切られていた体験の狭間で、期待が揺れる。
「初めてにしては上物だ。良い目をしてるじゃないか」
そう言いながら、お爺さんが手に落としてくれたのは紙のお金だった。銅色の紙が、三枚重なっている。
今まで一度に得た金額の、どれよりも大きかった。
「うわぁ、こんなにですか!」
机上に転がる小さな物品に、これほどの価値があるとは正直思っていなかった。使い方さえ分からないそれが、富豪たちの間では値になるのだ。何とも不思議な感覚である。
「コツを掴めば、もっと稼げるだろう。頑張りな」
相変わらずお爺さんに愛想は無かったが、敵視はされていないと分かる。寧ろ、褒められ肯定され、いい気分になった。
もっと稼げるようになるなら、もう一度くらい挑んでみても良いかもしれない。そう思った。
金のお金が手に落ちる日が、想像の中で組みあがった。
***
エマには、今日の事を話さなかった――いや、話せなかった。その代わり、嘘偽りで固めた物語を聞かせた。
エマは笑っていた。いつもの様に、笑って聞き続けてくれた。
***
翌日、報告も兼ねて少年たちの居た場所へ向かった。少年たちは既に居り、屈み込んで作戦会議のようなものをしている。
「おはよう、早いね!」
背中へと挨拶を遣ると、少年たちは緩く振り返った。そうして、片方が左手を上げる。
「来たのかヘンリー。昨日は上手くいったみてぇだな」
間を詰めると、少年たちの前に展開される図が見えた。石で道を引っ掻くように、描かれている。
「……うん、上手く出来たよ。二人は今日も行くんだね」
「もちろん。金が必要だからな。ヘンリーもやるだろ?」
当然のように誘われ、一瞬迷った。しかし、今以上にお金を稼ぐ方法を、まだ僕は知らない。
それに、同じくらいの年の少年たちに、怖かったと思われたくない。
「…………うん」
「よし決まりだ、じゃあお前も会議に混ぜてやるよ」
真ん中を空けられ、そこに屈みこんだ。書かれた図を用いながら、新たな情報を教えてくれた。
その遣り取りが、何日も何日も続いた。エマに嘘をつく日も、何日も続いた。お父さんも、僕が何をしているか知らないようだった。
土器の中は、紙と小銭でいっぱいになった。新たな入れ物も用意した。それでも、まだ足りていないように思えて、お父さんには渡せなかった。
***
「よぉヘンリー! 早ぇじゃねえか」
現在は明け方だ。盗みを働くには夜明け前が丁度良いとの事で、早く出てくるようになった。
もちろん、お父さんに気付かれないよう、見送りをしてからだ。
「君達もね。今日はどの店に入るの?」
持参した地図を広げると、仲間たちは囲むように除き始めた。地図は、稼いだお金の一部で買った物だ。便利だと思い、悩んだ末購入したが役立っている。
――あれから、一ヶ月ほど経った。その間、幾度となく盗みを働いた。お金もたくさん稼いだ。
恐怖感も、一回目に比べれば大分薄くなった。慣れたのだろう。要領も良くなったし、動きも早くなった。
仲間にも遣り方を褒められるほど優秀らしく、この行為に自信さえ感じていた。
始めはあった罪悪感も、次第に薄まっていった。
たくさんある内の、少しを貰うだけ。最初にそう言った彼らの言葉が、今なら十分に納得出来る。
「じゃあ、行き先はそれで決まりだな。健闘を祈る」
その言葉を胸に、僕は今日も盗みに出かけた。何の抵抗も覚えない、ただの日課となっていた。
***
地図を見れば、人の入りについて大体の予想は立てられた。端にある店ならコアな客しか来ないだろうし、逆に大通りは人が良く入る。
日用雑貨だけの店は人が少なくて、食品が加わると多い事も、繰り返す内に把握した。
それらの条件を組み合わせた上で、今日は端の雑貨屋に目を付けている。第一回目のように、開店前を見計って侵入する計算だ。
開店時間を知っている客しか来ないのだろう。人は全く現れず、いつでもどうぞと歓迎されている気分だった。
電気は点っていないものの、一応音がしないように扉を開ける。想像通り、誰もいなかった。
誰も来ない内に、金目の物を鞄に詰める。量があればあるほどお金になるのだ。小さくて高価そうな物を優先的に詰めた。
鞄は直ぐに膨れた。大金が詰まっているような感覚になり、思わず笑顔が零れだす。
しかし、次の瞬間、夢は現実へと変わった。
「おいお前! 俺の店で何をしてる!」
電気が点され、見つかってしまったのだ。一気に冷や汗が溢れ出し、鼓動が早まった。
捕まれば、叱られてしまう。もしかすると、家族にも知られてしまうかもしれない。
それは不味い。何としてでも、逃げ出さなければならない。何としても。何としても。
逃亡経路を脳内で編み出す。すると、たった一つだけ道が見えた。
店主の横の空間を通り抜け、扉へと直行する――そんな心無いものだったが、使わない訳には行かない。
時間がない状態では考え込む事もできず、僕は即行した。
最大速度で駆ける。横の空間にダイブするように、全神経をかけて突っ込む。店主は突然の行動に反応できないのか、若干たじろいでいる様子だ。
店主の横を通り過ぎる。距離としては、一メートルもないかもしれない。そこから更に距離を空ける為、走る。走る――走れない。
後ろに靡いていた鞄が、店主に掴まれてしまったのだ。「この餓鬼ィ! 警察に突き出してやる!」
警察と聞き、怖くなった。警察といえば、悪い事をした人間を罰する仕事をする者達のことだ。知らなかった訳ではないが、知らない振りをしていた。
店主の手が伸びてくる。肩を掴もうと伸びてくる。逃げなければ、懲らしめられてしまう。
エマとお父さんにも、悲しい顔をさせるだろう――。
間一髪、店主の手が方に触れる前に体が動いた。無理な力を加えた事で、肩紐が千切れたのだ。中の品物は無残に散らばり、僕は勢いで転倒した。
だが、直ぐに立ち上がる。そうして、近くに転がってきた商品を二つほど拾い、扉に体当たりした。
***
二つの商品を握り締め、命辛々辿り着いたのはお爺さんのいる店だった。呼吸も整えないまま中に入る。
しかし、中には誰もいなかった。辺りを見回してみたが、客一人すらいない。
だが、それは奥の部屋に隠れていたからで、音を聞きつけたお爺さんは直ぐに姿を現した。同時に、お父さんくらいの年の男も出てきた。服は、僕より少し綺麗なくらいだ。もしかすると、同じ用件で来ていたのかもしれない。
「なんだね」
男は、用が終わったのか店を出てゆく。人のいなくなったタイミングを見計らい、いつもの決まり文句を吐き出した。
「何を持っているというんだね」
「えっ」
お爺さんの冷たい反応を受け、唯一持ち出せた品を見せる。お爺さんは一瞥だけして、
「また明日、ちゃんとしたものを持って来な」
言い放つと奥の部屋へと消えていった。
初めての失敗に、無力さと怖さが蘇った。最初に抱いたものよりも、大きな怖さだった。
「で、何を持ってきたんだい? 見せてみな」
「こ、これです」
値札を見る余裕がなく、適当に詰めてきただけの物を取り出す。それを、バラバラと机上に置いた。
お爺さんは、じっと品々を見詰め始めた。そうして数秒、置いてあった箱を開ける。
少年たちに聞いていた話により、そこからお金が出てくるのは明らかだった。
だが、幾ら出てくるか想像もつかない。キャンディー売りの時の事が思い出され、気分が重くなった。
「お前さん、初めてだったな」
「は、はい」
「手を出しな」
そっと手を出し、受け取り体勢に入る。儲かるという話と、現実に裏切られていた体験の狭間で、期待が揺れる。
「初めてにしては上物だ。良い目をしてるじゃないか」
そう言いながら、お爺さんが手に落としてくれたのは紙のお金だった。銅色の紙が、三枚重なっている。
今まで一度に得た金額の、どれよりも大きかった。
「うわぁ、こんなにですか!」
机上に転がる小さな物品に、これほどの価値があるとは正直思っていなかった。使い方さえ分からないそれが、富豪たちの間では値になるのだ。何とも不思議な感覚である。
「コツを掴めば、もっと稼げるだろう。頑張りな」
相変わらずお爺さんに愛想は無かったが、敵視はされていないと分かる。寧ろ、褒められ肯定され、いい気分になった。
もっと稼げるようになるなら、もう一度くらい挑んでみても良いかもしれない。そう思った。
金のお金が手に落ちる日が、想像の中で組みあがった。
***
エマには、今日の事を話さなかった――いや、話せなかった。その代わり、嘘偽りで固めた物語を聞かせた。
エマは笑っていた。いつもの様に、笑って聞き続けてくれた。
***
翌日、報告も兼ねて少年たちの居た場所へ向かった。少年たちは既に居り、屈み込んで作戦会議のようなものをしている。
「おはよう、早いね!」
背中へと挨拶を遣ると、少年たちは緩く振り返った。そうして、片方が左手を上げる。
「来たのかヘンリー。昨日は上手くいったみてぇだな」
間を詰めると、少年たちの前に展開される図が見えた。石で道を引っ掻くように、描かれている。
「……うん、上手く出来たよ。二人は今日も行くんだね」
「もちろん。金が必要だからな。ヘンリーもやるだろ?」
当然のように誘われ、一瞬迷った。しかし、今以上にお金を稼ぐ方法を、まだ僕は知らない。
それに、同じくらいの年の少年たちに、怖かったと思われたくない。
「…………うん」
「よし決まりだ、じゃあお前も会議に混ぜてやるよ」
真ん中を空けられ、そこに屈みこんだ。書かれた図を用いながら、新たな情報を教えてくれた。
その遣り取りが、何日も何日も続いた。エマに嘘をつく日も、何日も続いた。お父さんも、僕が何をしているか知らないようだった。
土器の中は、紙と小銭でいっぱいになった。新たな入れ物も用意した。それでも、まだ足りていないように思えて、お父さんには渡せなかった。
***
「よぉヘンリー! 早ぇじゃねえか」
現在は明け方だ。盗みを働くには夜明け前が丁度良いとの事で、早く出てくるようになった。
もちろん、お父さんに気付かれないよう、見送りをしてからだ。
「君達もね。今日はどの店に入るの?」
持参した地図を広げると、仲間たちは囲むように除き始めた。地図は、稼いだお金の一部で買った物だ。便利だと思い、悩んだ末購入したが役立っている。
――あれから、一ヶ月ほど経った。その間、幾度となく盗みを働いた。お金もたくさん稼いだ。
恐怖感も、一回目に比べれば大分薄くなった。慣れたのだろう。要領も良くなったし、動きも早くなった。
仲間にも遣り方を褒められるほど優秀らしく、この行為に自信さえ感じていた。
始めはあった罪悪感も、次第に薄まっていった。
たくさんある内の、少しを貰うだけ。最初にそう言った彼らの言葉が、今なら十分に納得出来る。
「じゃあ、行き先はそれで決まりだな。健闘を祈る」
その言葉を胸に、僕は今日も盗みに出かけた。何の抵抗も覚えない、ただの日課となっていた。
***
地図を見れば、人の入りについて大体の予想は立てられた。端にある店ならコアな客しか来ないだろうし、逆に大通りは人が良く入る。
日用雑貨だけの店は人が少なくて、食品が加わると多い事も、繰り返す内に把握した。
それらの条件を組み合わせた上で、今日は端の雑貨屋に目を付けている。第一回目のように、開店前を見計って侵入する計算だ。
開店時間を知っている客しか来ないのだろう。人は全く現れず、いつでもどうぞと歓迎されている気分だった。
電気は点っていないものの、一応音がしないように扉を開ける。想像通り、誰もいなかった。
誰も来ない内に、金目の物を鞄に詰める。量があればあるほどお金になるのだ。小さくて高価そうな物を優先的に詰めた。
鞄は直ぐに膨れた。大金が詰まっているような感覚になり、思わず笑顔が零れだす。
しかし、次の瞬間、夢は現実へと変わった。
「おいお前! 俺の店で何をしてる!」
電気が点され、見つかってしまったのだ。一気に冷や汗が溢れ出し、鼓動が早まった。
捕まれば、叱られてしまう。もしかすると、家族にも知られてしまうかもしれない。
それは不味い。何としてでも、逃げ出さなければならない。何としても。何としても。
逃亡経路を脳内で編み出す。すると、たった一つだけ道が見えた。
店主の横の空間を通り抜け、扉へと直行する――そんな心無いものだったが、使わない訳には行かない。
時間がない状態では考え込む事もできず、僕は即行した。
最大速度で駆ける。横の空間にダイブするように、全神経をかけて突っ込む。店主は突然の行動に反応できないのか、若干たじろいでいる様子だ。
店主の横を通り過ぎる。距離としては、一メートルもないかもしれない。そこから更に距離を空ける為、走る。走る――走れない。
後ろに靡いていた鞄が、店主に掴まれてしまったのだ。「この餓鬼ィ! 警察に突き出してやる!」
警察と聞き、怖くなった。警察といえば、悪い事をした人間を罰する仕事をする者達のことだ。知らなかった訳ではないが、知らない振りをしていた。
店主の手が伸びてくる。肩を掴もうと伸びてくる。逃げなければ、懲らしめられてしまう。
エマとお父さんにも、悲しい顔をさせるだろう――。
間一髪、店主の手が方に触れる前に体が動いた。無理な力を加えた事で、肩紐が千切れたのだ。中の品物は無残に散らばり、僕は勢いで転倒した。
だが、直ぐに立ち上がる。そうして、近くに転がってきた商品を二つほど拾い、扉に体当たりした。
***
二つの商品を握り締め、命辛々辿り着いたのはお爺さんのいる店だった。呼吸も整えないまま中に入る。
しかし、中には誰もいなかった。辺りを見回してみたが、客一人すらいない。
だが、それは奥の部屋に隠れていたからで、音を聞きつけたお爺さんは直ぐに姿を現した。同時に、お父さんくらいの年の男も出てきた。服は、僕より少し綺麗なくらいだ。もしかすると、同じ用件で来ていたのかもしれない。
「なんだね」
男は、用が終わったのか店を出てゆく。人のいなくなったタイミングを見計らい、いつもの決まり文句を吐き出した。
「何を持っているというんだね」
「えっ」
お爺さんの冷たい反応を受け、唯一持ち出せた品を見せる。お爺さんは一瞥だけして、
「また明日、ちゃんとしたものを持って来な」
言い放つと奥の部屋へと消えていった。
初めての失敗に、無力さと怖さが蘇った。最初に抱いたものよりも、大きな怖さだった。
応援ありがとうございます!
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