僕らのカノンは響かない

有箱

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少しずつだよ(2)

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「歌が大好きなのに、歌えないのは辛いよね」

 落ち着きを取り戻した頃、彼女は言った。扉越しに、額を向け合っている感覚がある。ありふれた同情ながらも、親身に寄り添う声は私に慰めをくれた。

「でも、貴方なら歌えるよ。だってこんなに頑張ってるんだし」

 あんなに傷ついたのに、もう再スタートを検討している。自分でも不思議だけど。

「大丈夫、少しずつだよ」

 次は急がず、ゆっくりと。それでいいのかもしれない。

 コンクールはもういいや――混雑していた思考は、翌日にはすっかり片付いていた。早い切り替えだと思われるかもしれない。しかし、実際は徹夜しかけるほどの時間がかかった。
 だが、決めてしまえば腑に収まり、不思議と体まで軽く感じた。

 今日も一緒に歌を歌う。何曲も旋律を追いかけ合う。
 音の外れや声質が、度々引っかることはあった。けれど、楽しさを阻害するまでの威力にはならなかった。

 きっと、歌の世界に潜りすぎていたのだろう。背後からの気配に気付いたのは、第三者の声が侵入してきてからだった。

 肩が竦み、体中が縮こまる。驚いた様子で立っていたのは担任の先生だった。

「吃驚した! 一体誰の声かと思ったら! いい声してるねー!」

 褒め言葉に数秒戸惑い、時差で勘違いの可能性に気づく。メインの旋律を担当しているのは、部屋の中の彼女だ。

「ここで練習してたの?」

 頷きつつも、訂正を入れるべく手帳を引っ張り出す。

「一人で?」

 だが、違和感だらけの問いに手が止まった。一先ず扉を指す。先生は不思議そうな表情を作り、そっかと呟く。それから、

「全然聞こえなかったなぁ」

 と付け足した。

 扉越しへ声掛けだけ残し、先生は去っていった。挨拶に少女は答えなかった。
 違和感で塗りたくられた数分に唖然とし、訂正は間に合わなかった。

 一度も会話には含まれなかったが、これは“秘密”の会合だったのかもしれない。
 以降、彼女の声は消えた。
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