僕らのカノンは響かない

有箱

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さよなら大好き

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 幸せな時間が急になくなると、原因ばかり探ってしまう。

 知られたからやめたのかな。飽きてしまったのかな。もしかして励ましに疲れてしまったのかな。それか本当は、私と歌いたくなかったのかな。

 九十パーセントは否定しながらも、十パーセントの可能性に胸が潰れた。
 しかし、いない人間は探せない。顔を知らないなら尚更だ。

 コンクールを明日に控え、仕上げられた歌が各教室から響く。本日は特別に、二時間続きの授業が開催されていた。

 最初の一時間はよかった。しかし、段々歌の痛みに耐えられなくなり、結局は教室を抜けていた。
 保健室か早退か。考えた結果、やっぱり旧校舎にいた。
 
 重い足取りで進む。懲りもせず理由を探っていると、微かに声が聞こえた。紛れもなく彼女の声だ。勝手に体が走り出す。
 彼女の発言を嘘にしたくなかった。私には辿り着けない事情があっただけ。そう思いたかった。

“私のこと、嫌になったの?”

 だからって、言葉も選ばず尋ねるなんて私らしくない。

 拒絶か歌声は止まった。沈黙が冷や汗を誘発する。扉という隔てがなければ、少しは心を読み解けただろうか。

「……違うよ、違う」

 待ち侘びた声は酷く萎れていた。そのまま謝罪が続けられ、扉がゆっくり隙間を作り出す。
 完全に開かれた先、目に映ったのは煤けた教室だった。人の姿はどこにもなかった。

「やっぱり人間の女の子だったんだね」

 含まれたワードで悟ってしまう。震える唇で、なんとか“じゃああなたは”とだけ紡いだ。

「私はなんだろう、気づいたらここにいたから。音楽室の精霊とかかな!」

 溌剌とした声が悲しみを誘う。ただ、彼女の正体など私にとって問題ではなかった。

“私が人間だと駄目なの?”

 隣を歩けなくても、一緒に卒業できなくても、私は貴方と歌いたい。

「駄目ってことはないけど……やっぱり貴方は人と歌った方がいい気がする。私だって本当はずっと一緒に歌いたいよ。けど、やっぱ貴方の声はここで秘密にすべきじゃないよ! 大丈夫、貴方の声も歌もとっても素敵だよ。私が保証する!」

 言葉を失う。温かな拒否を、わがままで覆す勇気などなかった。

「もちろん少しずつでいいからさ、お願い」
「……わ」
 “分かったよ”

 無理やり承諾する。本音は真逆だ。けれど彼女が望まないのなら、私はきっとどうすることもできない。
 それに、私だって分かっている。

 あの頃みたいに歌うには、貴方に頼ってばかりじゃいけないって。
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