惜別の赤涙

有箱

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第七話

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 食事を終えて戻ってくると、部屋の外、扉の横で待機していたグロードが軽くお辞儀をした。

「お食事でしたか」
「はい」
「患者を収容いたしました」

 パターン化した台詞を耳に、シュガは束の間の休息を放り、意気込みを即仕事へと向けた。
 とは言え、休み時間が少ないシュガにとって、仕事への切り替えよりも休息への切り替えの方が難しいのだが。

「分かりました」

 部屋に入ると、何人もの重傷患者が寝かされていた。部屋自体が小さいので¨何人も¨と言うほど居ないのだが。

「……ここに居る患者以外には?」
「まだ別部屋に何人も収容されています。先程とある基地の爆撃があったらしくかなりの人数が居られますが」
「そうですか、分かりました。捕虜兵は連れてきてありますか?」
「はい、数人は。これから一気に治療されますか?」
「そのつもりですのでお願い出来ますか?」

 一定の会話を終えると、シュガはグロードに視線で合図を送った。合図を受け取ったグロードは、直ぐに部屋を後にした。

 ¨治療¨をする際には、基本的に無関係の人間は部屋には入れない。部屋内にいるのは、シュガと患者と兵のみだ。

 シュガは、グロードが部屋を出ると、直ぐ中から鍵をかけ、早速¨仕事¨を始めた。

 手を伸ばして、患者と兵を繋ぐ。
 そうして人が死に、人が回復する。 

 見慣れた光景を見続けながら、シュガは唐突に疑問を覚えた。

 ――もしも自分が死にかけた時、この力は自分に対して有効なのだろうか。

 今迄、間に立ってしか使用した事がないと今更気付いたのだ。故に、そんな疑問が浮かんだ。

 最後の患者を治療し終わると、シュガは空になったベッドに腰を下ろした。古いベッドである為、軋む音が鳴る。染み付いた血跡も、慣れすぎて何時しか気にならなくなった。

「グロードさん、居られますか?」

 大量の人間の治療時、何時も外で指示を待っているグロードへと声をかける。

「はい、追加ですか?」

 シュガは疑問の答えを確認するか、一瞬だけ迷った。しかし、躊躇なんて今更だ、と直ぐに躊躇いを消した。

「…はい、あと一人お願いします」

 グロードが、指示通り捕虜を一人部屋に連れて来た。
 手錠を柱に固定し、代わりに息絶えた兵を両脇に抱える。後始末も彼の仕事である。

「お疲れ様です。これで最後なので、もう少ししたら来ていただけますか?」
「はい、では」

 グロードは、指示通り直ぐに部屋を出て行った。
 部屋には、まだ数人残っている。確認工程もなければ関心もないのだ、怪我人が居ないと気付いていない筈だ。
 ベッドや包帯は、運ばれてきた当初と変わらず血だらけで、見栄えは変わらないし。

 グロードが出て行くと、また直ぐに部屋の鍵を閉める。
 患者が眠り、息絶えた兵が顔を俯かせる中で、シュガは怯える兵と相対した。

「…お前、俺を殺すんだろ」

 敵兵は、鋭い目付きでシュガを凝視する。

「そうなりますね」

 実験に成功しても失敗しても、彼の命はここで尽きるだろう。
 能力によって絶命しずとも、実験を公にしないためには直接葬らなければならないのだから。

「だったら潔く殺せよ!」
「………申し訳有りませんがどうなるかは私にも分からないので…」
「は?」

 不運な兵士に同情は無い。強がりながらも滲み出す怯えは、何の感情も揺るがさない。
 震える兵を他所に、シュガは専用ポケットに潜ませていたメスを取り出した。確りと被せられた蓋を取ると、鋭く尖った刃が顔を見せた。
 光るメスを見て兵は表情を硬くした。きっとこの刃で殺されると思っているのだろう。

「は、早くやれよ…」
「はい」

 シュガは、既に袖が捲くってある左腕にメスを宛がう。そして少し引くと、白い腕から赤い鮮血が流れ出した。

「……おい、何してる……?」

 兵は困惑し、戸惑いながら傷を凝視していた。
 シュガは腕を深く切り裂く為、ゆっくりと刃に力を込めていった。
 痛みが襲う。けれどその痛みが心地良い。
 自分が薄情になってゆくのを感じていたシュガにとって、改めて自分が人であると感じさせてくれる痛みだった。

「すみませんね、こんな無くてもいい事に付き合わせて」

 血の付着したメスを地上に置き、兵の肩に手を置く。

「は?どういう」
「治して下さい」

 兵の言葉を遮って唯一言呟くと、兵は飛び上がり反応した。

 ――実験は成功した。
 自分の体内に流れ込む力を感じながら、シュガは見る見る治ってゆく自分の左腕を見詰めていた。

 これで分かった。
 自分に命が僅かにでもある以上、そこに生きた人間がいる以上、命が絶たれる事は無い。自分が死ぬ事は無い。
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