惜別の赤涙

有箱

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第十一話

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 その数日後、廊下を歩いていたシュガの元に、早い足音が近付いてきた。
 振り向くと、リガが嬉しそうな表情を浮かべて駆け寄ってきていた。その表情を見て、すぐさま把握する。

「シュガ!生まれたよ!」
「おめでとうございます」

 リガの嬉しそうな表情に、前回同様、違和感を抱きながらも、自然な対応になる様にっこりと笑って見せた。

「これ見て!可愛いんだよ!」

 目の前に差し出された画面には、生まれたばかりの赤子が、薄汚れた毛布に包まり眠っている写真があった。髪の色が、リガと全く同じ色をしている。

「名前はマイルって言うんだ。何の問題もない健康児なんだって」

 リガはニコニコとしながら、遠い妹の事を語る。
 シュガは幸せなオーラを感じ取り、やっと純粋な祝福の気持ちを抱く事ができた。

「可愛いですね」

 会えると良いですね、と脳内で言葉が生成されたが、声にするのはやめた。
 それは、奇跡みたいなものだから。今の状況では、離れて暮らす家族が合える確率なんて無いに等しいのだから。

 それに、近くにいるリガを守れても、遠くのリガの妹は守れない。
 シュガは、気付いた無力さに心が痛むのが分かった。

「……早く戦争を終わらせましょう」

 シュガはそれだけ呟くと、地下へと戻っていった。
 その台詞に、リガはきょとんとしていた。

 だが、何ら変わらない日々は、それから何週も続いた。
 次々と運ばれてくる患者を治して、また戦場に送り出す。
 空いた時間には、シックやリガたちと話したり、食事したり、時々レイギアや他の職員に悪口を言われたりして、もう体が覚えてしまった暮らしを繰り返す。

「進展ないみたいね」

 ふと、シックが零した呟きに、シュガとリガは皿に宛てていた視線をあけた。

「どうしたの?」

 リガが不思議そうに問いかける。

「うん?いや、良い事なんだろうけど…こう、ずっと同じ日々過ぎて、ちゃんと戦争終わるのかなぁって…なんか急に思っちゃってね」

 シックはシックなりに、確りと考えているらしい。
 抱く内容は違えども、シュガも進展の無さに呆れているのは同じだった。

「そうですね」

 時折、どこかの施設が爆破されたとの情報を耳にしたり、突然大勢の患者が流れ込んで来たりと多少の変化は見えても、依然現状は変わらず、一向に平和への兆しは感じられない。

「でも、きっと戦争は終わるよ」

 リガの、曖昧ながら確信の篭った一言に、シュガもシックも何も言えなかった。
 多分、それは願いだ。確信などは微塵もないだろう。しかし、認めようとしなければ、頑張りも我慢も無意味になってしまう。

「そうですね」
「そうね、私何言ってんだろうね。そうだそうだ、戦争は終わるね!」

 シックが、ニシシと悪戯っぽく笑って見せた。
 夢物語を、あたかも現実的に話す様子は、滑稽ながらも深くシュガの胸に刺さった。
 平和が大地を満たすまで、きっと自分達は生きている。願いが、本当になればと思う。

「俺も同感だな」

 聞き覚えのある声に振り向くと、レイギアが食事の乗ったトレーを持って立っていた。

「またあんたなの!?」

 不快感を露にしたシックに対し、レイギアはさらりと返答する。

「何もいってねーじゃん、共感しただけじゃん」
「なによ!絶対悪い意味とか込めてるんでしょ!?」

 レイギアの感情に気付いているシュガとリガは、敵意剥き出しで喧嘩するシックとの掛け合いを、微笑ましく見ていた。

「何笑ってんだよ、この平和ボケ」

 言葉は大きく顔面に笑みを宿していたリガに向けられており、リガは一瞬にして表情を失う。

「あんたうざすぎでしょ!!あっちいけ!!」

 リガ以上に怒りを爆発させたシックを見て、リガは焦りを浮かべていた。

 レイギアが去り、嵐の後のように静かになった机で、シックが怒りを含んだ溜め息を零した。

「まぁ、そう怒らないで」
「普通怒るでしょ!リガは怒らなさすぎなの!」

 宥めようとしたリガだったが、逆に怒られてしまい動揺を見せる。

「なんかごめんね!でも事実じゃない訳でもないし…」
「………笑顔が平和ボケだって…?」

 口をついて出た言葉だったのか、リガは¨しまった¨と言うように口を塞いだ。

「勝手に言わせておけばいいんですよ、シックが怒る理由なんてありません」
「でも!」
「嬉しい事があったら笑えばいいですよ」

 シュガは二人の仲を取り持つ為、個人的ではあるが、持っていた答えを口にした。
 可笑しいと思われようが、幸福は悪では無い。笑顔は、出来る時にしておくべき顔だ。

「だよね、本当あいつひねくれてる…リガは平和ボケなんかしてないのに…」

 シックは、気持ちに収まりが付かないのか、頬を膨らませて不満げにしていた。

「ありがとう、シック」

 そう言ったリガは笑っていた。どうやら言葉を聞き入れてくれたらしい。

「リガは許しすぎなのよ!」

 シックはそれだけ言うと、時計を見て慌てだした。恐らく業務に戻る時間なのだろう。

「俺も戻ろうっと」
「シュガもありがとう」
「いいえ、私はなにも」

 リガは嬉しそうにしながら、食器を片付け自分の持ち場へと戻っていった。
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