惜別の赤涙

有箱

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第十二話

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 シュガも地下に戻るため、いつもの道を歩いていた。しかし、曲がり角の向こうから会話が聞こえてきて、つい足を止めてしまった。

「…聞いたか?さっきアルマ医院が襲撃されたらしい」
「え?ついこの前セントラル病院が爆撃されたばかりだろ?」

 アルマ医院と言うのは、この病院の隣町に立つ病院の名だ。そして、セントラル病院と言うのは、そのアルマ医院の隣町に位置する病院だった。

「…嗚呼、だからここがやられるのも時間の問題だろうて皆言ってる…」

 そう考えるのも無理は無い。隣の隣が爆破されて、次に隣が襲撃されたら、次はここだと思うのは当然だ。

「…マジかよ、だったら俺医者辞めようかなぁ」
「そしたらお前どこ行くんだよ、兵にでもなるのか?」

 彼らの言葉の通り、この戦地において出来る選択は2択しかない。
 配属された場所から逃げ出して家に帰る。それは重罪に値する行為だ。故に自宅には帰れない。

 襲撃に怯えながら医者を続けるか、自分も兵に出て戦闘に加わるか、その二つしかない。
 どちらにせよ、待つ物は同じだと言えるだろう。

「…兵は嫌だなぁ、でもここで死にたくねぇし」
「…だよなぁ」

 ただ自分は、どこにいても、近くに生存者がいれば死は無いのだけれど。

「何喋ってんだよ」

 第三者の声が聞こえた。それは先ほど聞いたばかりのレイギアの声だった。

「レ、レイギア!」
「な、何でもない、こっちの話だよ」

 二人の医師は、焦りを声にしながらも何とか場を収めようとしていた。
 もしかしたら、レイギアは一般の医師からも恐れられる存在なのかもしれない。

 そう言えば、決まった人間と話をしている事はあっても、幅広く交友をしている場面は見た事がない気がする。

「……患者来てんぞ」
「そうか、じゃあ俺戻るわ!」
「俺も!じゃあな!」

 逃げるように去っていった医師たちが、シュガには目もくれずに走り去っていった。
 シュガからも完全に見えなくなったタイミングで、レイギアが大きな一人事を放った。

「………仕事は誇りを持ってやんなきゃなぁ…」

 こつりこつりと足音がなって、レイギアが顔を覗かせる。

「なぁ、あんたもそう思うだろ?シュガ」
「勘が良いですね、吃驚しました」

 どうやら、レイギアは気配を察知していたらしい。なんて勘の鋭い人間なのだろう。

「俺はちょっとだけど戦闘経験もあるからな――、気配には敏感なんだわ」
「そうですか」
「……隣の病院やられたらしいな。聞いてたろ?」
「そうですね」
「シュガはさ、死ぬまでここで¨仕事¨すんのか?」

 人の命を奪い、元に戻す、レイギアの大嫌いな¨仕事¨だ。命を奪う行為を続けるのか、と彼は訊ねているのだろう。

「そうですね、それが役目だと思ってます」

 幾ら非難されようとも、自分の出来る方法を貫いてゆくつもりだ。第一、他に行く宛ても思いつかないし。

「ふーん、気味悪い仕事だけど中途半端では無い訳だ。俺もそうだ、死ぬまでここにいてやる」
「そうですか」

 どうして今決意を自分に突きつけてきたのか、シュガは理解出来なかった、レイギアなりに思う事があるのだろうが。

「シュガ、あんた自分の仕事好きか?」
「………どうなんでしょうね」

 好きでは無いとの答えが本音だ。けれど、自分にしか出来ない方法で仕事が出来る事に、誇りは持っているつもりだ。

「俺は好きでやってるぜ!そりゃ無念も多いけどな!」

 ¨戦場に戻す為に患者を治す事¨についても含まれているのだろう。
 それをひっくるめて、好きで仕事をしていたとは。

「以外ですね、そんな風に考えていたなんて」
「どんなイメージだよ」

 普段の、皮肉屋のレイギアからは想像も出来なかった。

「…それをシックに話したらいいのに、と思います」
「は?あ?何でシック?」

 意味が分からない振りをしながらも、動揺が言葉に滲んでいるのを見て、シュガは小さく微笑んだ。

***

「ただいま戻りました」
「患者を収容いたしました」

 おかえりなさいの代わりに、淡々と述べられた用件に、思い付きを何の気もなく口にする。

「もしや隣の医院からですか?」
「よくご存知ですね」
「…グロードさん、ここも襲撃されると思いますか」
「そうですね」

 躊躇なく返された当然の答えに、シュガは一人納得部屋へと入っていった。
 ――きっと、近いうちに襲撃されてしまう。
 病院の最期を考えながら、シュガはいつも通り業務をこなした。
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