惜別の赤涙

有箱

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第十三話

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 アルマ病院の襲撃から何日かが経過し、それぞれの抱いていた緊張が薄れてきているのが分かった。
 当日から数日間は警戒し、自分が生き残る術を模索し、懸命に危険から逃げていた事だろう。
 けれどそれも緩まり、またどこからか小さく笑い声が聞こえるようにもなっていた。

「シュガ、見てください」

 目が合った瞬間、リガは嬉しそうに携帯の画面を向けてきた。因みに今日は、シックはいない。

 向けてきた画面には、この間と何ら変わらない赤子の姿があった。格好やアングルだけが変化しており、横向きになって安眠している状態になっていた。

「妹さんですね、元気そうで良かったですね」
「うん、本当に良かった。元気に育っているって報告もあったよ」

 リガは、妹の生まれた日から、よく笑うようになった。
 医院が襲撃された日から暫くは消えていたが、それでもまた笑顔が増えた気がする。
 希望と言うのは、偉大だ。

「にしても、最近忙しいですね」

 あちらこちらで、忙しそうな声や足音、機械の音などが鳴り渡っている。それは前よりも格段に増えている。

「そうだね、やっぱり受け入れ病院が減っているみたい」

 戦争開始時には多々あった病院も、多くが閉鎖し、崩壊し、今では数えられる程少なくなってしまっているらしい。イコール患者が増えるのは当然だ。
 シュガは、認知済みの事実を飲み込みながら、別の問いかけを口に乗せた。

「リガは調子の方いかがですか?」
「大丈夫だよ、忙しいけど元気。シュガは?」
「私も全然です」

 ここにいる医師は、いや戦場の中で働く人間に休みは無い。そんな中、病気にかかるものは急増している。
 かと言って、今は怪我に対応するのが精一杯で、病気に対応する設備や薬などが整えられている筈も無く、それで命を落とす物も少なからずいた。
 怪我を免れようと、病で命を落とすかもしれないのだ。

 シュガは幾度と思案した現実を思いながら、ふと新しい考えを過ぎらせる。
 そう言えば、この力は病気には対応するのだろうか。

 どこかからガヤガヤと大きな音が聞こえてきた。声が飛び交う中、聞き覚えのある名が含まれている。
 その名前に、一緒にいてニコニコとしていたリガも、表情を強張らせ反応していた。

「リュジィ!リュジィ!」

 見知らぬ医者が呼ぶ名に、居ても立っても居られなかったリガは、弾かれるように走り出す。
 それを、シュガも反射的に追いかけた。

 辿り着いた先には、簡易ベッドで傷の手当てを受けるリュジィが居た。その体は最期に見た時より痩せていて、全身が痣や傷で纏われていた。まるで別人に会っているかのようだ。

 そんなリュジィは、腹部から大量の血を流していた。
 いつからその状態かは不明だが、随分失血しているのか、リュジィの意識はとうに消えていた。

「リュジィ!リュジィ起きて!」

 変わり果てた旧友の姿に、リガはショックを受けているようで、明らかに青い顔をしていた。

「リガは少し離れてろ!今から治療をする!」

 一刻を争う事態だと悟っているのか、困惑した表情ながらも直ぐに一歩引いた。
 シュガは、自分が担当しない人間の辿る末路を、何度も見た事があった。自分の元に運ばれてくる患者が、全体の一握りである事も承知済みの事だ。

 助かる者と、死ぬ者。それはその時の状態や運に左右される。
 今、自分は見ている事しか出来ない。

「助かるよね、シュガ」
「…」

 敢えて答えなかった。生死は運命が決める事だからだ。

「…もしリュジィが死にそうになったら助けてくれるよね…」

 リガの切実な懇願に、シュガは答えを躊躇ってしまった。けれど、ここで答えないのも残酷だろう。

「…申し訳有りませんが、ここには殺していい人間がいないのです。ですから…」

 自分の能力は、人間の命が必要になる。今この場所に、死んでもいい人間など誰一人いないのだ。それはもちろんリュジィも含まれるが。
 それに、大勢の人の前で力は使えない。

「…それなら俺を使ってよ、シュガ…」

 小さく聞こえて来た提案に、シュガは驚きが隠せなかった。
 懐かしい記憶から、同じような台詞を言い放った少女の声を思い出す。

 それほど友人を救いたいと言うのだろうか。自分の命と引き換えにしてでも、苦しんででも助けたいというのだろうか。
 分からない。自分には分からない。命を投げてまで守ろうという気持ちは、自分には分からない。
 あの時からずっと考えていたけれど、やはり理解は出来なかった。

「…出来ません、失礼します」
「待って、シュガ!」

 これ以上現場に居てはいけないような気がして、シュガは逃げるようにその場を立ち去った。
 リュジィが地下に運ばれていれば、助けられたかもしれないのに。
 シュガは、リュジィに奇跡が起こる事をただ願った。

 業務中、得体の知れない深い虚しさがシュガを襲った。
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