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第十六話
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「シュガ!今日はあっちに座ろうよ!」
「…プリア、そんなに近くにいると君まで苛められるよ?」
勝手に口から出た声は幼く、今では癖になった敬語も抜けていた。
「大丈夫だよー!行こうシュガ!」
そう手を引かれ、席に付いた所で、ここが実際に辿った過去である事と、夢を見ているの事に気付いた。
揺蕩いながら過ぎるシーンに、嫌な予感だけが膨らんでゆく。
シュガが病院に勤める前に居たのは、子どもばかりを集めた軍事施設だった。ここにいるのは子どもの兵士ばかりで、大人では潜り込めない施設や森に侵入しては、毎日敵を殺していた。
シュガは能力が大人に評価され、兵には出ず、治療だけに尽くしていた。
その仕方は今と殆ど変わらず、基本は敵の人間を使って治していた。少し違う所といえば、戦闘能力に欠け、兵として使えない子どもも使っていた事くらいだろうか。
当時はシュガの体裁は気にされず、大勢の前で治療を行っていた。何回も異業を見せつけられた仲間達は、当然の事ながらシュガから離れていってしまった。
そんな中で、唯一怖がらずに仲良くしようとしてくれたのがプリアだった。
明るく気さくで優しい彼女は皆のアイドルで、自分に近付く度に、仲間から注意を受けたり強く言われたりしていた。けれどそれでも、彼女は交友をやめなかった。
そんな日々が続いてゆく内に、シュガは自分の中に複雑な感情がある事に気が付いた。
プリアがいない場面でも、ずっとプリアの事を考えている。
プリアが戦闘に出ていると、すごく心配になる。他の友人といると、嫉妬に近い物を抱いた。
原因は明白だった。自分はプリアに気があったのだ。
――――そう、恋をしたのだ。
戦時下においては虚しい事だと分かりながら、気持ちは止められず、いつしかプリアの優しさを全て受け止めるようになっていた。
これが幸せなのか、と知ったような気もしていた。ずっと変わらなければいい、と思っていた。
けれど、あの日は予期せず急にやってくる。
施設が、投下された爆弾に被弾し、倒壊したのだ。
その時も、プリアと自分は一緒にいた。
シュガとプリアは、奇跡的に軽症で済んだ。だが、被害は酷い物だった。あちらこちらから助けを求める声が聞こえ、子どもが泣き喚く。
見捨てられたのか大人達はどこにも居らず、ただ凄惨な現場が広がっていた。
「…シュガ…」
懇願するような目で、プリアがこちらをみる。言いたい事はなんとなく分かった。
ここには、治療の知識を持つ大人が誰一人居ない。唯一治す力を持つのは自分しかいないのだ。
いや、他のフロアに行けば、もしかしたら残ってくれているかもしれないけれど。
「…シュガ、治せない…?」
プリアの目には涙が浮かんでいた。今まで笑いあっていた仲間の酷い姿や、変わり果てたその場所にショックを隠しきれないのだろう。
「……無理だよ…」
治すには、生きた人間がいる。
「…皆、死んじゃうよ…」
「もしかしたら、まだ違うフロアに大人が残っているかもしれない、捜そう」
「…うん…」
プリアも、治療には生存している人間が必要だと知っているからか、素直に提案を受け入れた。
フロアを後にする際、物惜しげに振り向いてはいたが。
医務室のあったフロアは、滅茶苦茶だった。自分達の居た場所よりも、甚大な被害を受けていると分かる。
生存者は見当たらず、そこらじゅうに死体が転がっていた。
プリアは必死に声をかけながらも、泣き出してしまった。
シュガは懸命に生きている大人を、医の知識を持つ大人を探す。もし動けなくても、生きているなら手解きを受け、力を使わなくとも少しは命を救えるかもしれない。
子供には目もくれず、シュガは必死に軍医である人間を探した。
だが、見つけた軍医は皆死んでいた。懸命の捜索は虚しく、全身が血に塗れただけだった。
後ろから、叫び声が聞こえた。それは、プリアが大切な男の友人を呼ぶ声だった。
「誰か!誰か助けてよぉ!死んじゃうよぉお!!」
プリアは瀕死状態にある友人を抱き竦め、助けを請う。
「シュガ!シュガ!」
「待ってて、直ぐに誰かを…!」
プリアの助けを求める声に対応しようと、シュガは生存している子どもを探す。けれど、居ない。
そんな状況で、第二の爆撃が襲った。
二度目の爆撃でも、プリアとシュガは被害に合う事は無かった。だが、足場は崩れてしまい、他のフロアに行く道が絶たれてしまった。
「…だめだ、出来ない…」
諦めの声を発した瞬間、プリアの叫びが耳を劈いた。それは、随分時の流れた今でも消えない叫びだ。
「私の命を使ってよ!そうしたら治るんでしょう!?」
シュガは驚きを隠せなかった。大切なプリアを殺す事なんてできないと、懸命に拒否する。
だが、プリアは必死だった。その顔や声から、シュガは気付いてしまった。その友人に対するプリアの気持ちに。
だがそれでも、よく知らない人間を救うために、大切な人を手にかけるなんて…
「治してくれないなら死ぬよ」
プリアは銃をこめかみに突きつけていた。助からないなら自分も死ぬというのだ。その目は本気だった。
シュガは選択に迫られる。彼女はどちらにせよ死んでしまうんだ。自分ではなく、彼の為に――。
シュガは絡み合う感情と戦いながら、手を伸ばした。
目の前には、すやすやと眠るプリアの思い人と、苦しそうに目を見開き死んでいるプリアの姿があった。
シュガは、これまで何年も、そしてこれから何年も流す事のない涙をとめどなく流す。
何も知らずに眠る人間を見詰めていると、無意識の内に怒りが込み上げてきて、シュガはその手に銃を構えてしまっていた。
そうして、その人間の額目掛けて、入っていた弾を全て撃ち尽くした。
「…プリア、そんなに近くにいると君まで苛められるよ?」
勝手に口から出た声は幼く、今では癖になった敬語も抜けていた。
「大丈夫だよー!行こうシュガ!」
そう手を引かれ、席に付いた所で、ここが実際に辿った過去である事と、夢を見ているの事に気付いた。
揺蕩いながら過ぎるシーンに、嫌な予感だけが膨らんでゆく。
シュガが病院に勤める前に居たのは、子どもばかりを集めた軍事施設だった。ここにいるのは子どもの兵士ばかりで、大人では潜り込めない施設や森に侵入しては、毎日敵を殺していた。
シュガは能力が大人に評価され、兵には出ず、治療だけに尽くしていた。
その仕方は今と殆ど変わらず、基本は敵の人間を使って治していた。少し違う所といえば、戦闘能力に欠け、兵として使えない子どもも使っていた事くらいだろうか。
当時はシュガの体裁は気にされず、大勢の前で治療を行っていた。何回も異業を見せつけられた仲間達は、当然の事ながらシュガから離れていってしまった。
そんな中で、唯一怖がらずに仲良くしようとしてくれたのがプリアだった。
明るく気さくで優しい彼女は皆のアイドルで、自分に近付く度に、仲間から注意を受けたり強く言われたりしていた。けれどそれでも、彼女は交友をやめなかった。
そんな日々が続いてゆく内に、シュガは自分の中に複雑な感情がある事に気が付いた。
プリアがいない場面でも、ずっとプリアの事を考えている。
プリアが戦闘に出ていると、すごく心配になる。他の友人といると、嫉妬に近い物を抱いた。
原因は明白だった。自分はプリアに気があったのだ。
――――そう、恋をしたのだ。
戦時下においては虚しい事だと分かりながら、気持ちは止められず、いつしかプリアの優しさを全て受け止めるようになっていた。
これが幸せなのか、と知ったような気もしていた。ずっと変わらなければいい、と思っていた。
けれど、あの日は予期せず急にやってくる。
施設が、投下された爆弾に被弾し、倒壊したのだ。
その時も、プリアと自分は一緒にいた。
シュガとプリアは、奇跡的に軽症で済んだ。だが、被害は酷い物だった。あちらこちらから助けを求める声が聞こえ、子どもが泣き喚く。
見捨てられたのか大人達はどこにも居らず、ただ凄惨な現場が広がっていた。
「…シュガ…」
懇願するような目で、プリアがこちらをみる。言いたい事はなんとなく分かった。
ここには、治療の知識を持つ大人が誰一人居ない。唯一治す力を持つのは自分しかいないのだ。
いや、他のフロアに行けば、もしかしたら残ってくれているかもしれないけれど。
「…シュガ、治せない…?」
プリアの目には涙が浮かんでいた。今まで笑いあっていた仲間の酷い姿や、変わり果てたその場所にショックを隠しきれないのだろう。
「……無理だよ…」
治すには、生きた人間がいる。
「…皆、死んじゃうよ…」
「もしかしたら、まだ違うフロアに大人が残っているかもしれない、捜そう」
「…うん…」
プリアも、治療には生存している人間が必要だと知っているからか、素直に提案を受け入れた。
フロアを後にする際、物惜しげに振り向いてはいたが。
医務室のあったフロアは、滅茶苦茶だった。自分達の居た場所よりも、甚大な被害を受けていると分かる。
生存者は見当たらず、そこらじゅうに死体が転がっていた。
プリアは必死に声をかけながらも、泣き出してしまった。
シュガは懸命に生きている大人を、医の知識を持つ大人を探す。もし動けなくても、生きているなら手解きを受け、力を使わなくとも少しは命を救えるかもしれない。
子供には目もくれず、シュガは必死に軍医である人間を探した。
だが、見つけた軍医は皆死んでいた。懸命の捜索は虚しく、全身が血に塗れただけだった。
後ろから、叫び声が聞こえた。それは、プリアが大切な男の友人を呼ぶ声だった。
「誰か!誰か助けてよぉ!死んじゃうよぉお!!」
プリアは瀕死状態にある友人を抱き竦め、助けを請う。
「シュガ!シュガ!」
「待ってて、直ぐに誰かを…!」
プリアの助けを求める声に対応しようと、シュガは生存している子どもを探す。けれど、居ない。
そんな状況で、第二の爆撃が襲った。
二度目の爆撃でも、プリアとシュガは被害に合う事は無かった。だが、足場は崩れてしまい、他のフロアに行く道が絶たれてしまった。
「…だめだ、出来ない…」
諦めの声を発した瞬間、プリアの叫びが耳を劈いた。それは、随分時の流れた今でも消えない叫びだ。
「私の命を使ってよ!そうしたら治るんでしょう!?」
シュガは驚きを隠せなかった。大切なプリアを殺す事なんてできないと、懸命に拒否する。
だが、プリアは必死だった。その顔や声から、シュガは気付いてしまった。その友人に対するプリアの気持ちに。
だがそれでも、よく知らない人間を救うために、大切な人を手にかけるなんて…
「治してくれないなら死ぬよ」
プリアは銃をこめかみに突きつけていた。助からないなら自分も死ぬというのだ。その目は本気だった。
シュガは選択に迫られる。彼女はどちらにせよ死んでしまうんだ。自分ではなく、彼の為に――。
シュガは絡み合う感情と戦いながら、手を伸ばした。
目の前には、すやすやと眠るプリアの思い人と、苦しそうに目を見開き死んでいるプリアの姿があった。
シュガは、これまで何年も、そしてこれから何年も流す事のない涙をとめどなく流す。
何も知らずに眠る人間を見詰めていると、無意識の内に怒りが込み上げてきて、シュガはその手に銃を構えてしまっていた。
そうして、その人間の額目掛けて、入っていた弾を全て撃ち尽くした。
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