3 / 3
物語の結末は
しおりを挟む
久方ぶりにする他者との会話は、とても楽しかった。好きな話が出来る、その喜びで感動するほどに。
こんなに喋ったのはいつ以来だろう。家族とは交わす事があっても、それ以外はよく思い出せない。
川田さんとの会話は、年齢差すら忘れさせてくれた。話す喜びの偉大さを、初めて実感したと言っても過言ではない。
「私、誰かとこんなに話したの久しぶりです」
「実は俺もだよ。楽しいものだね」
ウェイターを呼び、二杯目のドリンクを注文する。お互い、温度もそのままに相手の飲んでいた物を注文した。
美味しそうに見えたから、と言い合って笑った。
「本当に楽しいです。ずっと続けば良いのにって思っちゃうほどです……」
好きな物の話。苦手な物の話。
本を捲りながらの感想会。
小説家の夢を追いかけていたものの、挫折して会社員になった話。夢さえ、まだ決められない私の話。
学生だった頃、流行っていた物の話。今、流行っている物の話。長年、変わらない物の話。
お話を考える工程や、創作活動の話。読書のどこが良いか、何が魅力で本を読むかの話。
好きなジャンルや、作者の話。
大人から見た世界の話。私から見た世界の話。お互いの世代に思うことの話。
人を好きになれないゆえの孤独感や、それを乗り越えた話。人が苦手で、今まさに孤独になっている私の話――。
色々な話をした。たった数時間とは思えない、濃厚で有意義な時間だった。
「あの、川田さん。友だちって、どうしたら作れるんでしょうか」
元々の感受性に加え、人生経験を積んだ川田さんとの話は、私に静かな落ち着きをくれる。
波長が合うのか、初めて会った人間だとは思えなかった。
「……そうだなぁ。勇気を出して話しかけてみるとか? なんて言うのは簡単だけど、それが難しいんだよね」
頷くと、川田さんは中央の本に手を伸ばした。
「でも、今日だって踏み出してくれたから楽しい時間が出来たんだよ。君が踏み出してくれたから、俺も良い時間が過ごせた」
最後のページを捲り、私の方へと翳す。
昨日中だけで何度も見た、メッセージと住所が目に飛び込んで来た。
これを見つけた勇者には素敵なプレゼントをあげます。一年の川田まで、というメッセージだ。
「これ、何が良い?」
予想外の問いかけに、またも〝え〟の声が出た。いったい今日で何度目だろう。それほど驚いてばかりだ。
「……決まってなかったんですね」
てっきり内容が決められていると思っていた私は、突然の質問に頭を捻る。
「それが、そこも忘れちゃったんだよね。当時は何か決めてたような気もするんだけど、もうすっかり」
語尾に、軽い笑声が付いた。楽しげな声が聞こえてきたことで、一つの思いが顔を出す。
昨日から、勝手な想像の上で願っていたことだ。
「まぁ、俺に出来る事なら何でも言ってよ。折角こうして訪ねてくれたんだし」
だが、プレゼントとして頼むのには勇気が要る。いや、口にすること自体に勇気が要る内容だ。
そもそも、他者に何かを要求する時点で躊躇ってしまうのが私なのだが。
「…………お、思いつかない……です」
「そっかぁ。まぁこんな短時間で考えろって言うのも無茶な話だよね、ごめんごめん」
川田さんは、想定内だったのか躊躇いなく答えた。
「そういうことではなく……!」
だが、私の方が反応を見越せておらず――早まってしまった。
「なくて?」
鋭いのか分かりやすかっただけか、直ぐに突いてきた川田さんは不思議そうに私を見る。
「……えっと」
心の内で、短い文章が流れた。頭の中の私が、何度も繰り返し言葉を伝えている。
そうすると、想像の中の彼は笑って、優しく“良いよ”と答えてくれる。
――シュミレーションだけは、何度だって出来るのに。たった一言、声にする事だけがいつも出来ない。
成功の確率だって、大きいと感じてるのに。
勇気が欲しい。声を放つ、勇気が欲しい。
いつもいつも、逃げてばかりの自分から卒業したい。
たくさんの勇気を出せた今日なら、楽しいをたくさん知った今日なら、上手く出来るかな。
「変なお願いかもしれないです……」
前置きを据えると、川田さんの表情が穏やかになった。私の多大な勇気を見透かしたのかもしれない。
「うん、何かな?」
「…………わ、わた」
今まで、誰にも言った事がなかった言葉。言えなかった言葉。
けれど、今日はちゃんと言いたいと思った。
今日は、言わなくちゃと思った。
「私と、お友だちになって下さい……!」
普通より小さくなった声で、だけれど精一杯に吐き出した。言い切って直ぐ、顔が熱くなる。
反応を窺うべく、上目を向けた。川田さんは、少しだけ瞳を丸くしていた。
「いいよ。俺も嬉しい」
けれど、直ぐに微笑んでくれた。
*
会計を済ませ、駅前まで並んで歩く。結局、飲み物はご馳走になってしまった。
夕闇に照らされ、空が赤に染まっている。その所為か、今朝見た景色とは随分違って見えた。
とても美しく、輝いて見えた。
「ねぇ、俺からも一つお願いしていい? まぁ、無理なら無理で良いんだけど」
駅前の一本道、違うテンポの足音が鳴る。
「……何でしょう?」
景色に奪われていた視線が、川田さんへと移動した。
「物語の続き、君が書いてよ」
「……ええっ!?」
にっこり笑む川田さんは、鞄を指差していた。恐らく、中の本を指しているのだろう。
「でも私、物語なんて書いたことないですし、こんなにも上手く書ける自信がないです……!」
人を感動させ、突き動かした本の続きを書く。そのハードルの高さに、戸惑いが隠せない。
「そこは気にしなくて良いよ。ただ、君の思う続きが見たいなって思っただけだから。本に直接書いてくれてもいいし、難しいなら別の紙でもいい」
だが、他ならぬ彼が言うと、不思議とそのハードルに挑戦したくなる。
「…………なら、書いてみたいです……」
今日だけで、私の世界は変わったようだ。
ほんの少し、小さな一部分に過ぎないけれども。
それでも、何かが変わった。
「ありがとう。時間がある時で良いから書けたら見せてね」
「はい、また見せに来ます。その時に、今日みたいに話たくさん付き合って下さい。お話のネタは集めておきます」
お昼休憩を教室で取ってみようかな。誰かに声を掛けてみようかな。
それか、図書室の普及活動でも始めてみようか。
「おっ、いいね。じゃあ俺も集めておこうかな」
本は素敵だよって。道筋が少し変わるかもよって。誰かに出会えるかもよって。
伝えたいな。話したいな。
勇気を出したら、また何か変えられるかな。
駅前に辿り着き、私たちは別れた。
別れ際、若いパワーで頑張ってねと言われた時は、何だか面白くてつい笑ってしまった。
けれど、本当に頑張ろうと思えた。
物語の続き、どうしようかな。
話しかけるって、どこからはじめれば良いのかな。
図書室の存在を、どうやって皆に知らせよう。
今度、川田さんに会うまでに、やらなきゃ行けないことは幾つあるだろう。
ああ、明日から、頑張る事がいっぱいだ。
こんなに喋ったのはいつ以来だろう。家族とは交わす事があっても、それ以外はよく思い出せない。
川田さんとの会話は、年齢差すら忘れさせてくれた。話す喜びの偉大さを、初めて実感したと言っても過言ではない。
「私、誰かとこんなに話したの久しぶりです」
「実は俺もだよ。楽しいものだね」
ウェイターを呼び、二杯目のドリンクを注文する。お互い、温度もそのままに相手の飲んでいた物を注文した。
美味しそうに見えたから、と言い合って笑った。
「本当に楽しいです。ずっと続けば良いのにって思っちゃうほどです……」
好きな物の話。苦手な物の話。
本を捲りながらの感想会。
小説家の夢を追いかけていたものの、挫折して会社員になった話。夢さえ、まだ決められない私の話。
学生だった頃、流行っていた物の話。今、流行っている物の話。長年、変わらない物の話。
お話を考える工程や、創作活動の話。読書のどこが良いか、何が魅力で本を読むかの話。
好きなジャンルや、作者の話。
大人から見た世界の話。私から見た世界の話。お互いの世代に思うことの話。
人を好きになれないゆえの孤独感や、それを乗り越えた話。人が苦手で、今まさに孤独になっている私の話――。
色々な話をした。たった数時間とは思えない、濃厚で有意義な時間だった。
「あの、川田さん。友だちって、どうしたら作れるんでしょうか」
元々の感受性に加え、人生経験を積んだ川田さんとの話は、私に静かな落ち着きをくれる。
波長が合うのか、初めて会った人間だとは思えなかった。
「……そうだなぁ。勇気を出して話しかけてみるとか? なんて言うのは簡単だけど、それが難しいんだよね」
頷くと、川田さんは中央の本に手を伸ばした。
「でも、今日だって踏み出してくれたから楽しい時間が出来たんだよ。君が踏み出してくれたから、俺も良い時間が過ごせた」
最後のページを捲り、私の方へと翳す。
昨日中だけで何度も見た、メッセージと住所が目に飛び込んで来た。
これを見つけた勇者には素敵なプレゼントをあげます。一年の川田まで、というメッセージだ。
「これ、何が良い?」
予想外の問いかけに、またも〝え〟の声が出た。いったい今日で何度目だろう。それほど驚いてばかりだ。
「……決まってなかったんですね」
てっきり内容が決められていると思っていた私は、突然の質問に頭を捻る。
「それが、そこも忘れちゃったんだよね。当時は何か決めてたような気もするんだけど、もうすっかり」
語尾に、軽い笑声が付いた。楽しげな声が聞こえてきたことで、一つの思いが顔を出す。
昨日から、勝手な想像の上で願っていたことだ。
「まぁ、俺に出来る事なら何でも言ってよ。折角こうして訪ねてくれたんだし」
だが、プレゼントとして頼むのには勇気が要る。いや、口にすること自体に勇気が要る内容だ。
そもそも、他者に何かを要求する時点で躊躇ってしまうのが私なのだが。
「…………お、思いつかない……です」
「そっかぁ。まぁこんな短時間で考えろって言うのも無茶な話だよね、ごめんごめん」
川田さんは、想定内だったのか躊躇いなく答えた。
「そういうことではなく……!」
だが、私の方が反応を見越せておらず――早まってしまった。
「なくて?」
鋭いのか分かりやすかっただけか、直ぐに突いてきた川田さんは不思議そうに私を見る。
「……えっと」
心の内で、短い文章が流れた。頭の中の私が、何度も繰り返し言葉を伝えている。
そうすると、想像の中の彼は笑って、優しく“良いよ”と答えてくれる。
――シュミレーションだけは、何度だって出来るのに。たった一言、声にする事だけがいつも出来ない。
成功の確率だって、大きいと感じてるのに。
勇気が欲しい。声を放つ、勇気が欲しい。
いつもいつも、逃げてばかりの自分から卒業したい。
たくさんの勇気を出せた今日なら、楽しいをたくさん知った今日なら、上手く出来るかな。
「変なお願いかもしれないです……」
前置きを据えると、川田さんの表情が穏やかになった。私の多大な勇気を見透かしたのかもしれない。
「うん、何かな?」
「…………わ、わた」
今まで、誰にも言った事がなかった言葉。言えなかった言葉。
けれど、今日はちゃんと言いたいと思った。
今日は、言わなくちゃと思った。
「私と、お友だちになって下さい……!」
普通より小さくなった声で、だけれど精一杯に吐き出した。言い切って直ぐ、顔が熱くなる。
反応を窺うべく、上目を向けた。川田さんは、少しだけ瞳を丸くしていた。
「いいよ。俺も嬉しい」
けれど、直ぐに微笑んでくれた。
*
会計を済ませ、駅前まで並んで歩く。結局、飲み物はご馳走になってしまった。
夕闇に照らされ、空が赤に染まっている。その所為か、今朝見た景色とは随分違って見えた。
とても美しく、輝いて見えた。
「ねぇ、俺からも一つお願いしていい? まぁ、無理なら無理で良いんだけど」
駅前の一本道、違うテンポの足音が鳴る。
「……何でしょう?」
景色に奪われていた視線が、川田さんへと移動した。
「物語の続き、君が書いてよ」
「……ええっ!?」
にっこり笑む川田さんは、鞄を指差していた。恐らく、中の本を指しているのだろう。
「でも私、物語なんて書いたことないですし、こんなにも上手く書ける自信がないです……!」
人を感動させ、突き動かした本の続きを書く。そのハードルの高さに、戸惑いが隠せない。
「そこは気にしなくて良いよ。ただ、君の思う続きが見たいなって思っただけだから。本に直接書いてくれてもいいし、難しいなら別の紙でもいい」
だが、他ならぬ彼が言うと、不思議とそのハードルに挑戦したくなる。
「…………なら、書いてみたいです……」
今日だけで、私の世界は変わったようだ。
ほんの少し、小さな一部分に過ぎないけれども。
それでも、何かが変わった。
「ありがとう。時間がある時で良いから書けたら見せてね」
「はい、また見せに来ます。その時に、今日みたいに話たくさん付き合って下さい。お話のネタは集めておきます」
お昼休憩を教室で取ってみようかな。誰かに声を掛けてみようかな。
それか、図書室の普及活動でも始めてみようか。
「おっ、いいね。じゃあ俺も集めておこうかな」
本は素敵だよって。道筋が少し変わるかもよって。誰かに出会えるかもよって。
伝えたいな。話したいな。
勇気を出したら、また何か変えられるかな。
駅前に辿り着き、私たちは別れた。
別れ際、若いパワーで頑張ってねと言われた時は、何だか面白くてつい笑ってしまった。
けれど、本当に頑張ろうと思えた。
物語の続き、どうしようかな。
話しかけるって、どこからはじめれば良いのかな。
図書室の存在を、どうやって皆に知らせよう。
今度、川田さんに会うまでに、やらなきゃ行けないことは幾つあるだろう。
ああ、明日から、頑張る事がいっぱいだ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる