一年の川田まで!

有箱

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川田さんと

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 結局、丸一日悩み抜いた末、私は電車に乗っていた。
 目的地は隣町――そう、記載されていた住所へ向かっているところだ。
 大胆な行動に、正直自分でも驚いている。だが、悪くない気分だ。
 
 別紙にメモした住所を、見ながら想像してみた。
 川田さんとは、どんな人だろう。
 女子だろうか、男子だろうか。明るい人だろうか、優しい人だろうか。

 私を見て、何を言うだろう。楽しく話は出来るかな。物語の続きは聞けるかな。
 そもそも、ちゃんと会えるかな。

 各駅で止まる度、何度も引き返そうと考えた。だが、その度に続きへの興味が阻止した。
 それほどまでに、あの小説は素晴らしかった。

 もしかすると、〝学校の誰かが手書きで書いた〟との事実が、魅力を高めているのかもしれないが。
 
 シュミレーションを何度も繰り返していると、目的の駅名が聞こえてきた。



 町が変わっても、景色はあまり変わらない。やはり地元は地元でしかなく、目新しい物は無かった。

 それでも、心はいつもとまるで違う。主に緊張で、後は少しの期待と好奇心。それらが渦巻いている。

 電信柱や看板にある住所を頼りに、少しずつ進んだ。時には、勇気を出して見知らぬ人に声も掛けた。

 そんな、私らしくない頑張りを積み重ね、やっとのことで記載の住所に辿り着いた。
 そこは、二階建ての小さなアパートだった。

 周囲を警戒しながら、ポストを確認する。連なるポストの右端、川田の名前を見つけた。

 ついに、ここまで来てしまったのだ。

 またも引き返そうかと思ったが、今までの勇気をふいにしたくないと踏み止まる。
 そうして、また一歩、一歩と踏み出した。


 玄関前に辿り着いた。少し埃の掛かった、インターホンに指先を向ける。寸前で止まる指は震えていて、またも帰宅の文字が過ぎった。

 けれど私は、どうしても川田さんに会ってみたい。会って続きが聞きたいし、あわよくば――。

「あれ? 君どうしたの?」

 階段から、男性の声が聞こえた。勢いよく振り向くと、登ってくる人物が見えた。

「俺の家に何か用事?」

 その人は、見るからに年上の人だった。



 それも、一つや二つ――いや、一回り程度ではない。言い表すなら、お父さん世代。年齢で言えば四十代ぐらいだろうか。
 そんな人が、私の隣に立った。
 ともなれば、思う事は一つだ。

「か、川田さんのお父さんですか……!」

 動揺し、挨拶も忘れて問うと男性はきょとんとした。だが、直ぐに切り替えて尋ねてくる。

「俺に子どもはいないかな。もしかして家を間違えてるとか? どこに行こうとしてたか聞いても良い?」

 その俊敏な質問のお陰で、直ぐに次の行動を見つけることが出来た。

 まだまだ動揺の抜け切らないまま、鞄に仕舞っておいた本を取り出す。

「あのですね、この本の最後にですね」

 最終ページを見せようとした時、男性が小さく声をあげた。

「あぁー。なるほど、そういうことか」
「……えっ、えっと?」
「その本、俺が書いたやつです」
「えっ?」

 突然の告白に、言葉が出ない。

「今になって見つかると思ってなかったなぁ」
「…………えぇ!?」

 目の前の男性――作者の川田さんは、恥ずかしそうに苦笑いをした。



 川田さん曰く、執筆当時は在学中で、一年生だったらしい。その頃は創作が人生の全てで、毎日毎日物語を綴っていたそうだ。

 因みに、図書室に隠しておいた理由も、最後まで書かなかった理由も、今になっては思い出せないと言う。

 そのような質疑応答を二、三だけした後、私達は場所を変えた。向かった先は近場の喫茶店だ。

 二人きりは私が怖いだろうからと、座ってゆっくりと話せて、且つ人目のある場所を提示してくれた。
 優しい配慮に、さすが大人だなぁと惚れ惚れした。

「にしても、知らない人の家を訊ねるなんて勇気が要ったでしょ」

 ウェイターが、川田さんの前にカフェオレを、私の前にミルクティーを置く。川田さんはホットで私はアイスだ。

「……そ、そうですね。でも、この話の続きが知りたくて……本当に面白かったので……」

 見ながら話せるよう、本は机の真ん中に置いた。視線を合わせるのが苦手なため、来てからずっと本ばかり見ている。

「そっか、何だか照れるなぁ。その為に来てくれてありがとね……話の最後か……」

 だが、目を合わせずとも、表情は何と無くだが読み取れた。照れ笑いしているのが、目の上端に映っている。

「……どんな風になってて欲しい?」
「えっ? どんな風ですか?」

 逆に質問され、考えてみた。

 王道展開なら、主人公に恋心が目覚め、結ばれて終わりだろう。それなら、登場人物も読者もハッピーになれて万々歳だ。

 それを話すと、良い終わり方だね、と川田さんは笑ってくれた。そして、続けざまに違う色の笑みも飾る。

「実は忘れちゃったんだよね。更に言うと、本を学校に置いてたことすら忘れてたんだ」

 そんな軽快な暴露は、残念さとスッキリ感を半々ずつ連れて来た。気にはなるが、無いなら仕方がない。
 ただ。

「……そうですか、続きがないなんて寂しいな……。今だったら、どんな終わりにします?」

 川田さんは、カフェオレを啜りながら眉間に皺を寄せた。結末を考えているのだろう。もしかすると、あらすじから思い出しているのかもしれない。

 だが、それも数秒で終わった。

「……この話さ、主人公が俺と同じなんだよね。恋愛感情って奴を持たなくて、誰も好きにならないの」
「……なるほど、だから描写がリアルなんですね」
「で、学生の頃はそのうち俺にも好きが分かるかもーって思ってたんだけど、結局は分からなくて今こんな感じ。だから、今だと実らずに終わっちゃいそう」

 そう冗談っぽく笑う川田さんは、寂しそうでも辛そうでもなかった。
 きっと、彼にとってはそれが普通なのだろう。本で読んでいた所為か、不思議には思わなかった。

「君は恋してる?」

 そして、そんな台詞にさえ嫌悪感一つ覚えなかった。

「……いえ。私、好きな人どころか友達すらいなくて」
「そうなの? 意外だな。君と話をすると凄く楽しいのに」

 それどころか、言葉を重ねる度に惹き込まれて行く自分までいた。
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