あと百年は君と生きたい

有箱

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『僕は今後、とある時期まで主演での出演を退かせて頂きます』

 フラッシュを浴び、青年がお辞儀する。台詞が流れた後、キャスターの語りが被せられた。

『昨日そう発表したのは、俳優の佐原白さん。突然の電撃発表に、世間は大きな騒ぎとなっています。所属事務所によれば、レベルアップの為の判断とのことです。佐原さんと言えば――』

 次々と流される過去の映像が、彼は凄い人なんだぞと語っている。背後の目を意識し、少し面映ゆくなった。

「杏、映画の放送、特番で上書きされちゃったみたい。消すね」

 ベッドからの首肯を横目に、電源を落とす。テレビカードを棚の上、指定の位置に戻した。整えられた一画には、汚れぎみのノートと筆箱がある。触れようとして声に留められた。

「佐原白。二十六歳。今やその名を知らない人間は、この日本にはいないでしょう。彼の演技は神が宿っているとまで言われ、一度目にしたら最後、虜にならない人間はいないとファンは語ります」

 ニュースキャスター風味の発声に惹き付けられる。杏に目をやると、可笑しそうにしていた。似た笑みを頬の紅潮に被せる。

「で、注目の人はこんな所に来ていいんですか?」

 悪戯っぽい物言いに無邪気な顔。それらに似合わない管が、細すぎる右腕に薬液を送っていた。

「変装は完璧だよ」
「それは知ってるー」

 ここは病院だ。彼女、榎本杏は半年前の冬に倒れ、以来入院している。二年の余命を宣告され、予言を遂行するように杏の体は変わっていった。週一で通っているが、会う度に心を痛めている。

「今のは冗談だよ。大丈夫だから心配しないで」
「なら良いけど。でも脇役だけでもオファー凄いんでしょ、佐原白さん」
「その名前で呼ばれると照れるんだけど」

 僕らは幼馴染みだ。互いに親友以上を続けながら、先へは踏み出さずにいる。
 明るさで満たされていた表情の上、淡い曇りが落ちた。

「………まさか本当に宣言しちゃうとは思いませんでしたよ、佐伯志朗さん」
「冗談だと思った?」
「志朗のことだし、本気だろうなとは思ってたけど……」

 杏は発表の裏を知っている。つい一ヶ月前、直接告げた。杏の物語で映画ができるまで、僕は主演を退くと。沈む心を引き上げる術を、探し回った末の行動だった。

「もし書き上げられなかったらどうするんですか? ずっと脇役やってたら怒られちゃいますよ」

 予期済みの問いを前に、用意していた軽めの笑みを飾る。準備しておいた台詞も合わせて読み上げた。

「書き上げると思ってるから考えてないよ」

 ノートを横目で見やる。あの中には僕の夢と願いが詰まっている。それから希望も。

「どうしても見たいんだ。これは本当に僕の身勝手な我が儘だよ。一生のお願いってやつかも」

「プレッシャーかけてくるなぁ」

 軽快な返答に吸われ、向き直る。杏のはにかみから“仕方がないな”と聞こえた。内側の重みは見ない振りで、今度こそ全く同じ顔をする。

「期待してますよ大先生」
「頑張りまーす」
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