黒猫は戻らない

有箱

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 それからも、ゾンネとの日々は続いた。白い頃の生活には及ばないが、不服だとも思わなくなっていた。きっと、こんなに大切にされたことがなかったからだろう。

 しかし、男たちに暴行を受けてからと言うもの、ゾンネの顔には深い影がまとわりつくようになった。
 ちゃんと笑顔もあるし、優しい手にも変化はない。それでも、僕にははっきりと感じ取れた。僕の毛色が薄くなる度、影が濃くなるのも。

「このくらいで良いだろ」

 洗毛後、いつもと違う声が聞こえた。丁寧に撫でられ、反射で喉を鳴らしてしまう。普段より長めの接触に、喜びと違和感を覚えた。
 湿っぽさも太陽の無視も変わらない。家の小ささも、瓦礫の配置も変わらない。けれど、何かが違う。

 そう言えば、来たばかりの頃はこの家が怖かった。けれど今は心地がいい。そう思えば、黒猫でも悪いことばかりではないと思えた。いや、白猫だった頃より幸せかもしれない。

 不意に、目の前が暗くなる。感触の悪い布に、全身を覆われ出られなくなった。染み付いた臭いから、パンを入れていた麻袋だと分かった。
 逃げ出そうともがいたが、抱き上げられ阻止された。テンポの速い振動が伝わってくる。腕の温度だけがいつも通りで、僕はすがるよう前足にぎゅっと力を込めた。
 
 唐突に眩しさが瞼を照らす。布越しでも分かる太陽の存在に、今が昼であること。一本道を渡ったことが分かった。
 なぜ、こんな時間に街へ出たのだろう。理由もなく境界線を越えることなどなかったのに。

 不意に、温もりから放り出される。ゾンネの匂いを引き留めようとしたが、足がもつれて離された。

「どうしたの!? なんで!?」
「怖いか、ごめんな。大丈夫、すぐに誰か気付いてくれるよ」

 訴えたが、聞こえてくる返事はただ寂しい。ただならぬ気配に、更に大きな声をあげた。けれど、やはり戻るのは寂しい声だけだ。行動と声が噛み合わず、思いが上手く汲み取れない。

「じゃあな、元気でやれよ」

 最後には、足音だけで別れを告げられた。
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