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9月15日・16日
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[9月15日、木曜日]
夜の10時32分になり、ようやく自宅であるアパートに辿り着いた。¨朝日奈¨の名札が掛けられたポストを確認し、徐に郵便物を取り出す。
2階の自室へ入室し、郵便物を机に置き着替えだけ済ませると、今朝から放置したままのベッドへと倒れこんだ。
[9月16日、金曜日]
翌朝5時、携帯のアラームで目を覚ますと、眠い目を擦ってシャワールームへと向かう。毎朝の事だが、起きて早々眠気に襲われていた。
冷たい空気の中、簡単にシャワーを済ませ、食事の為に冷凍庫を開く。
休日を利用し、作り置きしていた料理を解凍する為、塊を一つ取ってレンジへ放り込んだ。
必然的に出来た空き時間、無意識に脳裏に浮かぶのは会社での出来事だった。とは言え何か特別な事ではなく、極々日常的な光景である。
会社では朝から晩まで働き詰めで、休憩もまともに取れはしない。上司も、恐らくそれ以上の多忙スケジュールに疲れきっているのか、常に怒り気味で心無い言葉が絶えなかった。
そんな日々が何年か続いている。一言一言を流すつもりで聞こうと試みてはいるのだが、性格上、いつまで経ってもそうする事が出来なかった。
恐らく、何かを思い発言している訳では無いだろう。それでも突き刺さる言葉は、心を苦しめてくる。
死んでしまえたら楽だよな。もう死んでしまおうかな。また、失敗に終わるかもしれないけれど。
包丁が隠れる戸棚へと、視線を遣ろうとしてレンジの甲高い音が鳴った。
机の角に手を添えて立ち上がろうとして、昨日回収した手紙が幾つか落ちた。
拾おうとして、役場からの書類に混じる一通の手紙が目に付いた。白い封筒に手書きで宛先が書かれている、明らかに個人に宛てた手紙だ。
纏めて拾い上げ、手紙だけを手の中に残した。差出人の確認の為裏返すと、懐かしい祖母の名があった。
早速中身を確認する為、調理棚の鋏へと手を伸ばす。
中身を引き出すと、1枚の紙と写真が出てきた。写真には、見知らぬ男児と年を取った祖母が写っている。
手紙には、お世辞にも綺麗とは言えない字で、文章が綴られていた。
つくちゃんへ
お久しぶりです。元気にしていますか? 中々連絡が取れないので、おばあちゃんは心配しています。また時間が空いたら、電話してね。
今日はつくちゃんにお願いがあって、こうして手紙を書きました。
突然だけど、おばあちゃんは施設に入る事になりました。ついに、体があまり自由に動かせなくなってしまったの。
それでお願い。今、おばあちゃんには一緒に暮らしている家族が居ます。
名前は日向譲葉、名は¨ゆずるは¨と読むわ。貴方のお母さんの、お姉ちゃんの子どもに当たる子ね。
その子の面倒を見てあげて欲しいの。難しい子だけれど、悪い子ではないわ。
ごめんね、つくちゃんも大変だって分かっているけれど、頼れるのがつくちゃんしかいなかったの。
どうか、ゆずちゃんをお願いします。
それではまた、帰れる時間が出来たら、施設の方に顔を出してください。待っています。
おばあちゃんより
内容は、何と無く理解した。だが急すぎて、どう対応したら良いかが今一分からない。
恐らく写真に写っているのが、譲葉なのだろう。
祖父は既に他界していて祖母が独り身であったのは知っていたが、誰かと共に住んでいるとは知らなかった。
因みに¨つくちゃん¨との愛称は、本名である¨月裏¨という名から来ている。小さい頃からの名残で、ずっと変わらずその呼び方だ。
母の姉の嫁いだ日向家の事は、曖昧ながらも知っていた。だが遠い親戚と言うこともあり、状況や深い事情は何一つ知らなかった。
だが、子どもを預ける位なのだ、あまり良い状態ではなかったのだろう。
手紙を見詰めながら、放心してしまう。ほぼ決定事項に思える内容に、大きな不安しか抱けなかった。
今の生活状況や精神状態において、人を一人世話できる余裕を見出せる気がしない。
しかし、大好きな祖母からの懇願だ。否定する訳には行かない。加えて悩む時間も無く、結局は成り行きに任せてしまおう、との結論に至った。
時計を横目で確認し手紙を仕舞い込むと、温めた料理を再度冷凍庫に戻し、鞄を手に家を出た。
今日に至っては、夜の11時近くになり自宅に辿り着いた。精神的にも身体的にも疲れきっていて、いつも通り、着替えて直ぐにベッドへと身を預ける。
しかし、眠ろうとして不図気付く。手紙には記載されていなかったが、譲葉は何時頃やって来るのだろうか。
祖母が連れてくるのだろうかとも思ったが、文末からそれは無いと踏んだ。迎えの要請もなかった事から、譲葉一人でこの家にやってくる流れが掴めた。
だとしても、何時…。
考えながらも眠気には勝てず、自然と月裏は眠ってしまっていた。
夜の10時32分になり、ようやく自宅であるアパートに辿り着いた。¨朝日奈¨の名札が掛けられたポストを確認し、徐に郵便物を取り出す。
2階の自室へ入室し、郵便物を机に置き着替えだけ済ませると、今朝から放置したままのベッドへと倒れこんだ。
[9月16日、金曜日]
翌朝5時、携帯のアラームで目を覚ますと、眠い目を擦ってシャワールームへと向かう。毎朝の事だが、起きて早々眠気に襲われていた。
冷たい空気の中、簡単にシャワーを済ませ、食事の為に冷凍庫を開く。
休日を利用し、作り置きしていた料理を解凍する為、塊を一つ取ってレンジへ放り込んだ。
必然的に出来た空き時間、無意識に脳裏に浮かぶのは会社での出来事だった。とは言え何か特別な事ではなく、極々日常的な光景である。
会社では朝から晩まで働き詰めで、休憩もまともに取れはしない。上司も、恐らくそれ以上の多忙スケジュールに疲れきっているのか、常に怒り気味で心無い言葉が絶えなかった。
そんな日々が何年か続いている。一言一言を流すつもりで聞こうと試みてはいるのだが、性格上、いつまで経ってもそうする事が出来なかった。
恐らく、何かを思い発言している訳では無いだろう。それでも突き刺さる言葉は、心を苦しめてくる。
死んでしまえたら楽だよな。もう死んでしまおうかな。また、失敗に終わるかもしれないけれど。
包丁が隠れる戸棚へと、視線を遣ろうとしてレンジの甲高い音が鳴った。
机の角に手を添えて立ち上がろうとして、昨日回収した手紙が幾つか落ちた。
拾おうとして、役場からの書類に混じる一通の手紙が目に付いた。白い封筒に手書きで宛先が書かれている、明らかに個人に宛てた手紙だ。
纏めて拾い上げ、手紙だけを手の中に残した。差出人の確認の為裏返すと、懐かしい祖母の名があった。
早速中身を確認する為、調理棚の鋏へと手を伸ばす。
中身を引き出すと、1枚の紙と写真が出てきた。写真には、見知らぬ男児と年を取った祖母が写っている。
手紙には、お世辞にも綺麗とは言えない字で、文章が綴られていた。
つくちゃんへ
お久しぶりです。元気にしていますか? 中々連絡が取れないので、おばあちゃんは心配しています。また時間が空いたら、電話してね。
今日はつくちゃんにお願いがあって、こうして手紙を書きました。
突然だけど、おばあちゃんは施設に入る事になりました。ついに、体があまり自由に動かせなくなってしまったの。
それでお願い。今、おばあちゃんには一緒に暮らしている家族が居ます。
名前は日向譲葉、名は¨ゆずるは¨と読むわ。貴方のお母さんの、お姉ちゃんの子どもに当たる子ね。
その子の面倒を見てあげて欲しいの。難しい子だけれど、悪い子ではないわ。
ごめんね、つくちゃんも大変だって分かっているけれど、頼れるのがつくちゃんしかいなかったの。
どうか、ゆずちゃんをお願いします。
それではまた、帰れる時間が出来たら、施設の方に顔を出してください。待っています。
おばあちゃんより
内容は、何と無く理解した。だが急すぎて、どう対応したら良いかが今一分からない。
恐らく写真に写っているのが、譲葉なのだろう。
祖父は既に他界していて祖母が独り身であったのは知っていたが、誰かと共に住んでいるとは知らなかった。
因みに¨つくちゃん¨との愛称は、本名である¨月裏¨という名から来ている。小さい頃からの名残で、ずっと変わらずその呼び方だ。
母の姉の嫁いだ日向家の事は、曖昧ながらも知っていた。だが遠い親戚と言うこともあり、状況や深い事情は何一つ知らなかった。
だが、子どもを預ける位なのだ、あまり良い状態ではなかったのだろう。
手紙を見詰めながら、放心してしまう。ほぼ決定事項に思える内容に、大きな不安しか抱けなかった。
今の生活状況や精神状態において、人を一人世話できる余裕を見出せる気がしない。
しかし、大好きな祖母からの懇願だ。否定する訳には行かない。加えて悩む時間も無く、結局は成り行きに任せてしまおう、との結論に至った。
時計を横目で確認し手紙を仕舞い込むと、温めた料理を再度冷凍庫に戻し、鞄を手に家を出た。
今日に至っては、夜の11時近くになり自宅に辿り着いた。精神的にも身体的にも疲れきっていて、いつも通り、着替えて直ぐにベッドへと身を預ける。
しかし、眠ろうとして不図気付く。手紙には記載されていなかったが、譲葉は何時頃やって来るのだろうか。
祖母が連れてくるのだろうかとも思ったが、文末からそれは無いと踏んだ。迎えの要請もなかった事から、譲葉一人でこの家にやってくる流れが掴めた。
だとしても、何時…。
考えながらも眠気には勝てず、自然と月裏は眠ってしまっていた。
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