造花の開く頃に

有箱

文字の大きさ
4 / 122

9月19日

しおりを挟む
[9月19日、月曜日]
 目覚ましが鳴る前に、月裏は目を開いていた。譲葉を配慮し、そっとアラームをOFFにする。
 重い体を起こし、一回だけ大きな欠伸をした。
 譲葉を見遣ったが、体勢は昨晩のままで、相変わらず表情一つ見えない。

 昨日は夕食後風呂に入った為、朝風呂は無しだ。冷凍庫から直感で食べたい物を選んで、電子レンジへと放り込む。
 回る包みを見ながら、月裏はまた考えていた。仕事の前だからか、意味も無く気分が落ち込んでいる。

 やはりこの先、上手く行く来がしない。けれど、だからと言って彼を一人ぼっちには出来ない。
 逃げる道など、残されていないのだ。不安でも辛くても、どれだけ未来が見えなくても、成り行きに任せるしかないのだ。

 心中は絶対選択してはならないと月裏も良く分かっていた為、真っ先に浮かびはしたが、敢えてその選択肢を含めなかった。

 やはり、身を粉にして働いている間は、譲葉の事は脳裏に浮かばない。
 いつも通り、突き刺さる言葉にどう対処するか、逃げるかばかり考えている。実際、解答は得られないが。

 帰路に付く頃には毎度、絶望感に似た感情が胸を締め付けている。今日は月曜日だ。大差はないが、一番気持ちが強くなる。
 これから丸5日間も、耐えなければならないのだ。それでいて今日からは、家でも休まる場所が無い。

 しかし譲葉に、弱みも怒りも、ぶつけようとは微塵も思わなかった。
 それどころか、可哀想な状況下にある譲葉が、一時でも早く笑えるように、なんて高望みまでしている。
 月裏は人目が無い事を確認し、一人笑顔を作った。

「ただいま」

 部屋の中、何も言わず一心に自分を見詰めてくる譲葉へと、小さな声で投げ掛ける。
 一人暮らしをし始めてから、言う機会の無かった言葉の久しぶりの響きに、言いながら懐かしくなった。

「…おかえり」
「ご飯食べた?」
「食べた、ごちそうさま」

 譲葉の手には、携帯が握られていた。恐らく、先程まで弄っていたのだろう。

「眠くない?寝てても良かったんだよ?」
「…大丈夫だ」

 そう言いながらも、譲葉の目蓋はどこか重そうだ。もしかしたら、帰宅を待っていたのかもしれない。

「寝てても良いんだよ、あ、お風呂行く?」
「…明日で良い…」
「そうだ、着替え出すね」

 月裏は無言のまま、何も言わない譲葉に背を向けて、颯爽と部屋を出た。

 笑顔の維持に、疲れてしまう。しかし、それは普通の事だろう。
 今まで、笑顔を作り出す必要すらなかったのだから。仕事場でも家でも、表情が無くとも生きていけたのだから。
 月裏は零れそうな溜め息を飲み込んで、小さめの服を幾つか手に取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...