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9月25日
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[9月25日、日曜日]
月裏は結局眠る事ができず、流し台を綺麗に清掃してから、何時ものように洗濯機に服を放り込み、宣言どおりそのまま料理していた。
その為、譲葉が部屋にやってくる頃には、色彩豊かで温かな食事が机に何品も並んでいた。
「お早う」
「…おはよう」
譲葉の視線は、料理を見回している。
何を考えているかは読めないが、変わらないと見受けられる態度に月裏は一安心した。
何も言ってこないのならば、こちらから振らない限り、昨日の話が始まる事は無いはずだ。
「まだ作ってるから、食べてて良いよ」
促すと譲葉は、椅子を引きゆっくりと腰掛けた。そして手を合わせ、目を閉じる。
「……いただきます」
右手が、用意してあった箸に手を伸ばし、皿に盛られた料理を取るのを見届けて、月裏は再度、切りかけの食材に目を向けた。
食後、リビングに譲葉を残して、月裏は奥の部屋に居た。
祖母に電話をする為だ。
何度かコールを鳴らすと、この間と同じ、優しく緩やかな声が聞こえて来た。
≪おはよう、早いのね~≫
「おはよう、おばあちゃん」
≪どうかしたの?ゆずちゃんの事?≫
早速見透かされ、月裏は一瞬黙ってしまったが、それなら話が早いと、直ぐに内容を切り替えた。
「…やっぱり、一緒に住むの無理かもしれない…」
≪そう、難しい?≫
「…え、えっと、難しいっていうか…僕が…」
≪嫌になっちゃった?≫
もっと大きく反応されるとばかり思っていた月裏は、意外にも冷静に対応され、逆に驚きを隠せない。
≪困ったわね~、あの子を一人にするのは嫌なのよね~、でもつくちゃんが辛いのも嫌ねぇ≫
祖母の悩ましげな語気から、不図疑問が浮かぶ。
「……譲葉君って、何でおばあちゃんと住んでたの?家庭内難しいの?」
≪ゆずちゃんも、お母さんとお父さん居ないのよ≫
月裏は、さらりと暴露された現実に目を見開く。可能性は、少し考えていたのだが。
月裏も両親が居ない。父は病気で、母は自殺で失っている。その現実があるからこそ、譲葉は違うと思い込みたかったのかもしれない。
≪5年前かしら、えっと…ゆずちゃんが13歳の時ね…事故で…≫
祖母の悲しみが、伝わってくる。
祖母からしても、娘を二人失っているのだ。大事な人を失う気持ちは、よく知っている筈だ。
「…そう、だったんだ」
勝手に聞いてしまい申し訳ない気持ちと、同じ孤独の中にいた事を哀れむ気持ちが、同時に溢れ出す。
≪だから、気持ちが分かるつきちゃんにお願いしてしまったのよ、でもごめんなさいね≫
「い、いや、えっと、何も出来なくてごめん…」
無力さに、また心が痛くなる。気持ちが分かれば分かるほど、自分では至らないとも分かってしまう。
≪そうなると、違う方法を考えなくてはならないわね…やっぱり施設になるかしら?そういうのって分かる?≫
「…………よく分からないけど、多分孤児院とかになるんじゃないかな…それか一人暮らし…は、無理だもんね」
月裏は、譲葉の足へと焦点を変えた。確かに本人も、昔の事故で、と言っていた。
共に事故に遭ったなら、相当なトラウマを抱えているに、違いない。
譲葉は思っていた以上に、心の傷を抱えているのかもしれない。
完璧すぎて、気付き辛いが。
月裏の中、不安定に揺れる気持ちが、振り幅を大きくして行く。
自分は無力だ。しかし彼を救いたいと、自分の力で救ってみたいとも思っている。
孤独は怖い。それをよく知っているからこそ、孤独ではないと教えてあげたくなる。まだ、自分の方が心を許せていない状態なのに、気持ちだけは¨寄り添ってあげたい¨と考えている。
「………おばあちゃん、やっぱもうちょっと考えてみるよ」
≪…本当?ありがとね~≫
祖母の声色から、望み通りの返答が出来たのだと感じた。
「ごめん、戻ったよ」
月裏がリビングに戻ると、譲葉は食事していたままの席でまた携帯を見詰めていた。見えた後ろ姿は、寂しげだ。
直ぐに画面を伏せてしまい一瞬見えただけだったが、それが家族写真であったと直ぐに理解する。
やはり、寂しいのだろう。18歳といえど、まだ子どもなのだ。甘えたい年頃で両親を失うのは、とても辛かっただろう。
振り向いた、譲葉の瞳には光はない。当初から見ていた仄暗い瞳の色の意味が、今なら分かる。
「……ねぇ、譲葉君は一緒に暮らしたい?」
譲葉は、想定外だったのか絶句する。しかし数秒後、小さな声で発言する。
「………俺は、置いてもらってる身だから……」
その際、視線は下げられていた。
台詞と語気、視線の動きから、月裏ははっきりと気持ちを読み取る。
この先、共に暮らす事で、試練が立ちはだかるのは目に見えている。
具体的な内容は想像も出来ないが、きっと何度も葛藤し、自分も譲葉もたくさん傷ついてしまうだろう。
月裏自身、まだ迷いが残っている。今の段階なら、まだ引き返せるだろう。
でも、追い出して孤児院へと向かわせるのも間違いだと、心が強く訴えている。
一人にしてはいけないと、心が言うのだ。
「一緒に暮らして行こう、一週間そうだったみたいに。…全然何も出来ないけど…」
発言した決意は、途切れ途切れになってゆく。言いたい事が上手く纏まらずに、焦ってしまう。
「……あの、要望とかあれば言ってくれても良いから…僕、気付けないから、だから…」
それでも、伝えたい気持ちを懸命に言葉にした。
言いながらもまだ、これで良いのだろうかと考えている自分を持ちながら。
「…宜しく頼む」
鋭く威圧的な暗い眼差しが、少しだけ安堵感を含んだように見えた。
月裏は結局眠る事ができず、流し台を綺麗に清掃してから、何時ものように洗濯機に服を放り込み、宣言どおりそのまま料理していた。
その為、譲葉が部屋にやってくる頃には、色彩豊かで温かな食事が机に何品も並んでいた。
「お早う」
「…おはよう」
譲葉の視線は、料理を見回している。
何を考えているかは読めないが、変わらないと見受けられる態度に月裏は一安心した。
何も言ってこないのならば、こちらから振らない限り、昨日の話が始まる事は無いはずだ。
「まだ作ってるから、食べてて良いよ」
促すと譲葉は、椅子を引きゆっくりと腰掛けた。そして手を合わせ、目を閉じる。
「……いただきます」
右手が、用意してあった箸に手を伸ばし、皿に盛られた料理を取るのを見届けて、月裏は再度、切りかけの食材に目を向けた。
食後、リビングに譲葉を残して、月裏は奥の部屋に居た。
祖母に電話をする為だ。
何度かコールを鳴らすと、この間と同じ、優しく緩やかな声が聞こえて来た。
≪おはよう、早いのね~≫
「おはよう、おばあちゃん」
≪どうかしたの?ゆずちゃんの事?≫
早速見透かされ、月裏は一瞬黙ってしまったが、それなら話が早いと、直ぐに内容を切り替えた。
「…やっぱり、一緒に住むの無理かもしれない…」
≪そう、難しい?≫
「…え、えっと、難しいっていうか…僕が…」
≪嫌になっちゃった?≫
もっと大きく反応されるとばかり思っていた月裏は、意外にも冷静に対応され、逆に驚きを隠せない。
≪困ったわね~、あの子を一人にするのは嫌なのよね~、でもつくちゃんが辛いのも嫌ねぇ≫
祖母の悩ましげな語気から、不図疑問が浮かぶ。
「……譲葉君って、何でおばあちゃんと住んでたの?家庭内難しいの?」
≪ゆずちゃんも、お母さんとお父さん居ないのよ≫
月裏は、さらりと暴露された現実に目を見開く。可能性は、少し考えていたのだが。
月裏も両親が居ない。父は病気で、母は自殺で失っている。その現実があるからこそ、譲葉は違うと思い込みたかったのかもしれない。
≪5年前かしら、えっと…ゆずちゃんが13歳の時ね…事故で…≫
祖母の悲しみが、伝わってくる。
祖母からしても、娘を二人失っているのだ。大事な人を失う気持ちは、よく知っている筈だ。
「…そう、だったんだ」
勝手に聞いてしまい申し訳ない気持ちと、同じ孤独の中にいた事を哀れむ気持ちが、同時に溢れ出す。
≪だから、気持ちが分かるつきちゃんにお願いしてしまったのよ、でもごめんなさいね≫
「い、いや、えっと、何も出来なくてごめん…」
無力さに、また心が痛くなる。気持ちが分かれば分かるほど、自分では至らないとも分かってしまう。
≪そうなると、違う方法を考えなくてはならないわね…やっぱり施設になるかしら?そういうのって分かる?≫
「…………よく分からないけど、多分孤児院とかになるんじゃないかな…それか一人暮らし…は、無理だもんね」
月裏は、譲葉の足へと焦点を変えた。確かに本人も、昔の事故で、と言っていた。
共に事故に遭ったなら、相当なトラウマを抱えているに、違いない。
譲葉は思っていた以上に、心の傷を抱えているのかもしれない。
完璧すぎて、気付き辛いが。
月裏の中、不安定に揺れる気持ちが、振り幅を大きくして行く。
自分は無力だ。しかし彼を救いたいと、自分の力で救ってみたいとも思っている。
孤独は怖い。それをよく知っているからこそ、孤独ではないと教えてあげたくなる。まだ、自分の方が心を許せていない状態なのに、気持ちだけは¨寄り添ってあげたい¨と考えている。
「………おばあちゃん、やっぱもうちょっと考えてみるよ」
≪…本当?ありがとね~≫
祖母の声色から、望み通りの返答が出来たのだと感じた。
「ごめん、戻ったよ」
月裏がリビングに戻ると、譲葉は食事していたままの席でまた携帯を見詰めていた。見えた後ろ姿は、寂しげだ。
直ぐに画面を伏せてしまい一瞬見えただけだったが、それが家族写真であったと直ぐに理解する。
やはり、寂しいのだろう。18歳といえど、まだ子どもなのだ。甘えたい年頃で両親を失うのは、とても辛かっただろう。
振り向いた、譲葉の瞳には光はない。当初から見ていた仄暗い瞳の色の意味が、今なら分かる。
「……ねぇ、譲葉君は一緒に暮らしたい?」
譲葉は、想定外だったのか絶句する。しかし数秒後、小さな声で発言する。
「………俺は、置いてもらってる身だから……」
その際、視線は下げられていた。
台詞と語気、視線の動きから、月裏ははっきりと気持ちを読み取る。
この先、共に暮らす事で、試練が立ちはだかるのは目に見えている。
具体的な内容は想像も出来ないが、きっと何度も葛藤し、自分も譲葉もたくさん傷ついてしまうだろう。
月裏自身、まだ迷いが残っている。今の段階なら、まだ引き返せるだろう。
でも、追い出して孤児院へと向かわせるのも間違いだと、心が強く訴えている。
一人にしてはいけないと、心が言うのだ。
「一緒に暮らして行こう、一週間そうだったみたいに。…全然何も出来ないけど…」
発言した決意は、途切れ途切れになってゆく。言いたい事が上手く纏まらずに、焦ってしまう。
「……あの、要望とかあれば言ってくれても良いから…僕、気付けないから、だから…」
それでも、伝えたい気持ちを懸命に言葉にした。
言いながらもまだ、これで良いのだろうかと考えている自分を持ちながら。
「…宜しく頼む」
鋭く威圧的な暗い眼差しが、少しだけ安堵感を含んだように見えた。
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