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10月2日
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[10月2日、日曜日]
「…月裏さん、月裏さん…」
名を呼ばれ、体を揺り動かされた事により、月裏は目を覚ましていた。目の前には、顔を除き込む譲葉が居る。
「…え?どうしたの…?何か困った事でもあった…?」
譲葉は絶句し答えないままで、軽く首を横に振った。月裏は首を傾げつつも、携帯で時刻を確認する。
時刻は既に、6時を回っていた。
久しぶりの超過だ。いつもなら目覚めてしまうのだが、疲れが溜まった時に起こるのか、こうして寝過ごす事がある。
勿論、平日は常に気を張り続けている為か無いが。
「……あ、ごめん、ご飯?」
譲葉よりも後に起床するのは初めてだった為、自然と何かを待っていたのだろう、と解釈した。
遅れた日程を、改めて脳内に一つずつ書き出す。
まず、料理の前にする事は。
「……一緒に買い物行こうか?」
「…え?」
「嫌なら良いけど、どうする?」
「…行く…」
収納式になっている買い物鞄と財布を、もう一つの買い物鞄に潜ませて肩に背負う。
一歩下がって辺りを見回す譲葉は、上着が大きかったのか、下がっては上げとしきりに直している。
買い物リストの中に――脳内のではあるが――¨譲葉の服¨と加えた。
譲葉は、朝焼けの下で見る景色に、目を奪われている。
はじめてここに来た時、辺りは真っ暗で且つ心に余裕の無い時だ、きっと見回す暇も無かっただろう。
しかも、自分にいっぱいいっぱいで譲葉の事を考えられず、ずっと部屋に閉じ込めてしまっていたし。
「…全然外行けてなかったね、ごめんね」
「良い、大丈夫だ」
だから外の空気は、とても新鮮であるに違いない。
――――譲葉に外の世界を見せる機会を、どうにかして増やさなければ。
新たな課題が、月裏の中浮上した。
譲葉は、買い物中も何も言わずに、商品を見詰めるだけだ。
季節に合わせて展開させる食品売り場を、楽しそうでも退屈そうでも無く、ただただ無情に眺めている。
「…食べたい物ある?」
背後から尋ねると、譲葉は振り向き見て首を横に振った。そしてからすぐに、売り場へと視線を戻す。
「そう、あったら言ってね」
月裏は言いながら、いつも通り、よく使う食材を籠の中へと、丁寧に規則正しく置いていった。
服売り場でも、譲葉は相変わらず主張しない。
値段を気にしているのか、品を見定めてはその度に値札を確認している。
「お金は気にしなくて良いよ、自分の好きなやつ選んで。譲葉君の服だし」
「……すまない」
事実、月裏は朝から晩まで働き詰めで、休日も休養と料理とに使ってしまって、貯金は有り余るほどに持っていた。
「…じゃあ、これを…」
譲葉が選んだのは、至ってシンプルな長袖の黒いハイネックだった。
「それはもう少し先のシーズン用だね、今頃のも選びなよ」
「…え、でも」
譲葉は時々、表情を伺うようにして視線を投げてくる。その度に月裏は、器用に微笑を返した。
譲葉は優柔不断なのか、遠慮深いのか、選ぶのに大分時間がかかってしまった。
趣味の押し付けを恐れた月裏は、参加して服を選ぶ事はしなかった。その為最後まで、譲葉一人で決めた。
後にレジで知った事だが、選んだ服はどれも安価な物ばかりだった。
帰宅して、買った服を入れる引き出しを確保してから、月裏は料理に取り掛かり始めた。
譲葉は背後の椅子に座り、じっと料理中の背中を見詰める。
「……譲葉君、好きな事してても良いよ…ご飯出来たら呼ぶから…」
「…すまない」
譲葉はなぜか謝罪を残すと、部屋から去っていった。
買い物の件といい今の会話といい、譲葉はまだ、自由に行動していい事を理解していないようだ。
多分、怒られないと分かっていてもまだ気を張ってしまい、伺いながらでないと動けないだけだろうが、それはそれで、こちらが寂しい。
しかし月裏も性格上、気持ちが簡単に理解出来てしまい、人に接する事への難しさに一人溜め息を零した。
料理が完成して譲葉を呼びに廊下に出ると、譲葉はまた玄関にいた。
色鉛筆のケースを横に置き、水色の鉛筆を、紙に向かい忙しそうに動かしている。細かな動きから、画面が見えなくても繊細な描写が想像できた。表情は、真剣そのものだ。
しかし、少し動くと反応し、すぐに顔を上げた。
「ご飯できたよ」
「……すぐ行く」
譲葉は内部で折れないようにか、ゆっくりと色鉛筆をケースに収めると、スケッチブックを閉じてしまった。
月裏は、中に描かれた花を一瞬も見られずに残念に思ったが、譲葉が見せてくれる時までゆっくりと待とうと決め、すぐに思考を切り替えキッチンへと踵を返した。
それから、自然の摂理で時間は過ぎたが、たった一言¨遠慮しなくていいよ、自由にしても良いよ¨の言葉が言えず、貴重な日曜日は終わってしまった。
「…月裏さん、月裏さん…」
名を呼ばれ、体を揺り動かされた事により、月裏は目を覚ましていた。目の前には、顔を除き込む譲葉が居る。
「…え?どうしたの…?何か困った事でもあった…?」
譲葉は絶句し答えないままで、軽く首を横に振った。月裏は首を傾げつつも、携帯で時刻を確認する。
時刻は既に、6時を回っていた。
久しぶりの超過だ。いつもなら目覚めてしまうのだが、疲れが溜まった時に起こるのか、こうして寝過ごす事がある。
勿論、平日は常に気を張り続けている為か無いが。
「……あ、ごめん、ご飯?」
譲葉よりも後に起床するのは初めてだった為、自然と何かを待っていたのだろう、と解釈した。
遅れた日程を、改めて脳内に一つずつ書き出す。
まず、料理の前にする事は。
「……一緒に買い物行こうか?」
「…え?」
「嫌なら良いけど、どうする?」
「…行く…」
収納式になっている買い物鞄と財布を、もう一つの買い物鞄に潜ませて肩に背負う。
一歩下がって辺りを見回す譲葉は、上着が大きかったのか、下がっては上げとしきりに直している。
買い物リストの中に――脳内のではあるが――¨譲葉の服¨と加えた。
譲葉は、朝焼けの下で見る景色に、目を奪われている。
はじめてここに来た時、辺りは真っ暗で且つ心に余裕の無い時だ、きっと見回す暇も無かっただろう。
しかも、自分にいっぱいいっぱいで譲葉の事を考えられず、ずっと部屋に閉じ込めてしまっていたし。
「…全然外行けてなかったね、ごめんね」
「良い、大丈夫だ」
だから外の空気は、とても新鮮であるに違いない。
――――譲葉に外の世界を見せる機会を、どうにかして増やさなければ。
新たな課題が、月裏の中浮上した。
譲葉は、買い物中も何も言わずに、商品を見詰めるだけだ。
季節に合わせて展開させる食品売り場を、楽しそうでも退屈そうでも無く、ただただ無情に眺めている。
「…食べたい物ある?」
背後から尋ねると、譲葉は振り向き見て首を横に振った。そしてからすぐに、売り場へと視線を戻す。
「そう、あったら言ってね」
月裏は言いながら、いつも通り、よく使う食材を籠の中へと、丁寧に規則正しく置いていった。
服売り場でも、譲葉は相変わらず主張しない。
値段を気にしているのか、品を見定めてはその度に値札を確認している。
「お金は気にしなくて良いよ、自分の好きなやつ選んで。譲葉君の服だし」
「……すまない」
事実、月裏は朝から晩まで働き詰めで、休日も休養と料理とに使ってしまって、貯金は有り余るほどに持っていた。
「…じゃあ、これを…」
譲葉が選んだのは、至ってシンプルな長袖の黒いハイネックだった。
「それはもう少し先のシーズン用だね、今頃のも選びなよ」
「…え、でも」
譲葉は時々、表情を伺うようにして視線を投げてくる。その度に月裏は、器用に微笑を返した。
譲葉は優柔不断なのか、遠慮深いのか、選ぶのに大分時間がかかってしまった。
趣味の押し付けを恐れた月裏は、参加して服を選ぶ事はしなかった。その為最後まで、譲葉一人で決めた。
後にレジで知った事だが、選んだ服はどれも安価な物ばかりだった。
帰宅して、買った服を入れる引き出しを確保してから、月裏は料理に取り掛かり始めた。
譲葉は背後の椅子に座り、じっと料理中の背中を見詰める。
「……譲葉君、好きな事してても良いよ…ご飯出来たら呼ぶから…」
「…すまない」
譲葉はなぜか謝罪を残すと、部屋から去っていった。
買い物の件といい今の会話といい、譲葉はまだ、自由に行動していい事を理解していないようだ。
多分、怒られないと分かっていてもまだ気を張ってしまい、伺いながらでないと動けないだけだろうが、それはそれで、こちらが寂しい。
しかし月裏も性格上、気持ちが簡単に理解出来てしまい、人に接する事への難しさに一人溜め息を零した。
料理が完成して譲葉を呼びに廊下に出ると、譲葉はまた玄関にいた。
色鉛筆のケースを横に置き、水色の鉛筆を、紙に向かい忙しそうに動かしている。細かな動きから、画面が見えなくても繊細な描写が想像できた。表情は、真剣そのものだ。
しかし、少し動くと反応し、すぐに顔を上げた。
「ご飯できたよ」
「……すぐ行く」
譲葉は内部で折れないようにか、ゆっくりと色鉛筆をケースに収めると、スケッチブックを閉じてしまった。
月裏は、中に描かれた花を一瞬も見られずに残念に思ったが、譲葉が見せてくれる時までゆっくりと待とうと決め、すぐに思考を切り替えキッチンへと踵を返した。
それから、自然の摂理で時間は過ぎたが、たった一言¨遠慮しなくていいよ、自由にしても良いよ¨の言葉が言えず、貴重な日曜日は終わってしまった。
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