19 / 122
10月7日
しおりを挟む
[10月7日、金曜日]
一日以上抱いていた靄々感は何だったのだろう、と思わせる位に日々に変化は無い。
月裏の服を纏った譲葉は、大して変わった様子も無くリビングに現れた。
「…おはよう譲葉君、寝てても良かったんだよ…?」
譲葉の倒れた原因が不眠であった事が、まだ月裏の中で引っかかっていた。
昨晩も、見えたのは背中だけだ。目を閉じているのも、寝息も確り聞いていない。
「…起きたくて起きてるから、気にしないでくれ」
月裏はタイミング良く鳴ったレンジに向かい、吸い込まれるように立ち上がり、譲葉から顔を逸らす。
心が痛い。何もしてあげられない事が辛い。そもそも何をすればよいのかが分からなくて、酷くもどかしくて苦しい。もっと身勝手になってくれたら楽なのに、とやはり思ってしまう。
「……ありがとう、ご飯何食べる…?」
月裏は、締め付けられる胸の内を悟られないように、ふわりと柔らかな笑みを作り出した。
電車がいつもと同じ音を立てて、同じ景色を流しながら進んでゆく。
不図、急な事故が起こり、自分諸共巻き込んでくれればいいのに、と妄想が過ぎった。
消えない問題への対処が億劫で、今すぐの思考停止を求めている。
月裏は、変わらず続いてゆく景色を流し見ながら、深い溜め息を零した。
ポストを開き、階段を上って辿り着いた玄関前、仄かな明かりに気付いた。
張り詰めていた緊張の中、少しだけ気持ちが和らぐ。
「ただいま」
「おかえり、お疲れ様」
譲葉は数日前と変わらず、廊下に座り込み絵を描いていた。今日もまた、違う色の鉛筆を持っている。
色々な絵を同時進行して描いているのだろうか、と何気なく考えた。
「……眠くない…?」
譲葉が自分の為に起きていてくれる事を知りながらも、勢いでそんな台詞を吐いていた。
「……もう、寝る」
また倒れてしまっては困る、と受け取られてしまっただろうか。
湧き上がる、捩れた思考を月裏は拒否できず、唯々、不安定に揺れながら小さくなる背中を見ていた。
着替えを済ませて部屋に行っても、見えるのは今日も背中だけだ。
月裏は、膨れてゆく悲しさを覆い被せるように、頭までシーツを被った。
――――目の前にあるのは、見慣れた部屋。しかしそれは、ずっとずっと昔に見ていた部屋だ。
今とは違い、玄関を潜ると近くに階段があって、右横に曲がるとキッチンもあるリビングが、左横に曲がるとシャワールームやトイレ等、その他の部屋が幾つかある。
いつも帰宅すると真っ先に右に曲がり、母親に挨拶をしに行っていた。
月裏は理解もままならないまま、癖の通り右に曲がる。
その先の光景が、脳内で読めてしまっていて足は強張る。しかし、どうしてか自分は進んでゆく。
見たくない!と嘆いた直後、世界は大きく反転した。
目の前にあるのは、仄かなオレンジの灯りが点す天井だ。最近も、ずっと見ている天井。
進んだ先の光景を、脳内で巡らせて息を上げる。シーツの中から手を出し手の平を広げて見てみたが、変化も変哲も何もなかった。
月裏は、先程の光景が夢だったと、漸く理解した。
額を纏っていた、冷や汗が流れ落ちる。すぐには引いてくれない恐怖感や、不安感に満たされて体が震えだす。
…………死にたい。
声にこそ出さなかったものの、月裏はもう数え切れないほど呟いた願いを、もう一度立ち上らせた。
一日以上抱いていた靄々感は何だったのだろう、と思わせる位に日々に変化は無い。
月裏の服を纏った譲葉は、大して変わった様子も無くリビングに現れた。
「…おはよう譲葉君、寝てても良かったんだよ…?」
譲葉の倒れた原因が不眠であった事が、まだ月裏の中で引っかかっていた。
昨晩も、見えたのは背中だけだ。目を閉じているのも、寝息も確り聞いていない。
「…起きたくて起きてるから、気にしないでくれ」
月裏はタイミング良く鳴ったレンジに向かい、吸い込まれるように立ち上がり、譲葉から顔を逸らす。
心が痛い。何もしてあげられない事が辛い。そもそも何をすればよいのかが分からなくて、酷くもどかしくて苦しい。もっと身勝手になってくれたら楽なのに、とやはり思ってしまう。
「……ありがとう、ご飯何食べる…?」
月裏は、締め付けられる胸の内を悟られないように、ふわりと柔らかな笑みを作り出した。
電車がいつもと同じ音を立てて、同じ景色を流しながら進んでゆく。
不図、急な事故が起こり、自分諸共巻き込んでくれればいいのに、と妄想が過ぎった。
消えない問題への対処が億劫で、今すぐの思考停止を求めている。
月裏は、変わらず続いてゆく景色を流し見ながら、深い溜め息を零した。
ポストを開き、階段を上って辿り着いた玄関前、仄かな明かりに気付いた。
張り詰めていた緊張の中、少しだけ気持ちが和らぐ。
「ただいま」
「おかえり、お疲れ様」
譲葉は数日前と変わらず、廊下に座り込み絵を描いていた。今日もまた、違う色の鉛筆を持っている。
色々な絵を同時進行して描いているのだろうか、と何気なく考えた。
「……眠くない…?」
譲葉が自分の為に起きていてくれる事を知りながらも、勢いでそんな台詞を吐いていた。
「……もう、寝る」
また倒れてしまっては困る、と受け取られてしまっただろうか。
湧き上がる、捩れた思考を月裏は拒否できず、唯々、不安定に揺れながら小さくなる背中を見ていた。
着替えを済ませて部屋に行っても、見えるのは今日も背中だけだ。
月裏は、膨れてゆく悲しさを覆い被せるように、頭までシーツを被った。
――――目の前にあるのは、見慣れた部屋。しかしそれは、ずっとずっと昔に見ていた部屋だ。
今とは違い、玄関を潜ると近くに階段があって、右横に曲がるとキッチンもあるリビングが、左横に曲がるとシャワールームやトイレ等、その他の部屋が幾つかある。
いつも帰宅すると真っ先に右に曲がり、母親に挨拶をしに行っていた。
月裏は理解もままならないまま、癖の通り右に曲がる。
その先の光景が、脳内で読めてしまっていて足は強張る。しかし、どうしてか自分は進んでゆく。
見たくない!と嘆いた直後、世界は大きく反転した。
目の前にあるのは、仄かなオレンジの灯りが点す天井だ。最近も、ずっと見ている天井。
進んだ先の光景を、脳内で巡らせて息を上げる。シーツの中から手を出し手の平を広げて見てみたが、変化も変哲も何もなかった。
月裏は、先程の光景が夢だったと、漸く理解した。
額を纏っていた、冷や汗が流れ落ちる。すぐには引いてくれない恐怖感や、不安感に満たされて体が震えだす。
…………死にたい。
声にこそ出さなかったものの、月裏はもう数え切れないほど呟いた願いを、もう一度立ち上らせた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる