造花の開く頃に

有箱

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11月22日【2】

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 安静を約束に、二人は自宅へ帰る事になった。
 会社の欠勤が正解だったのか迷っている部分はあったが、もう決めてしまった事として省みるのは先送りにしようと無理矢理押し込めた。
 家に帰って軽く食事を済ませてから、体調を考慮しベッドに横にさせる。

「……体調どう?」
「………あぁ大丈夫だ、すまないな……」
「……ううん……」

 譲葉の暗い瞳は、何かを悟らせるようで何も見せない。

「………ねぇ……聞いちゃ駄目な事ってある? 軽くで良いから教えてほしいな」

 月裏は、自分なりに問いかけを工夫した。
 聞きたい事があるといえば、譲葉は懸命に答えようと努めるだろう。
 しかし、数日前気絶した時も、何かを話そうとしていて気を失ったように見えた。
 だからきっと、何か神経を刺激する話題と言う物が譲葉の中に存在するのだろうと憶測している。

「……軽く……」
「……譲葉くんの事もっと分かりたいんだ。ちゃんと支えられるようになんておこがましいかもしれないけど……」

 色々な件が混じり、押し潰されそうなままの心が正直な気持ちを吐き出す。

「………俺、昔苛められてたんだ」
「えっ?」

 憂いを帯びた瞳で零された第一声が、何の脈絡もない単語を含んでいて月裏は呆気に取られてしまった。
 てっきり事故の話が来るかと思ったのに、驚きだ。

「……変な所までは覚えてるんだけど、ある部分だけ憶えてなくって……」

 譲葉が、深く息を吸い浅く吐き出す。

「も、もういいよ」

 月裏は察して、言葉をとどめた。

「……ありがとう、話してくれて……」

 多分譲葉が倒れるのは、記憶の混乱が原因だ。
 憶えていない部分というのが、とても酷い場面であるのは間違い無さそうだ。

 それにしても、苛めの経験と事故の経験を併せ持つなんて、彼はなんて可哀想な人生を送っているのだろう。
 悲劇を経験しているからこそ、譲葉は優しい性格になったのかもしれない。

「…………僕の話しても良い?」
「……あ、うん」
「駄目そうだったら止めてね」
「……分かった」

 大きく息を吸って、過去の嘆かわしい記憶を形にする。
 譲葉も、言い辛い事を話してくれた。だから自分も、対価に辛い過去を打ち明ける。

「……僕のお父さんはね、病気で死んじゃったんだ」
「……え」

 譲葉は、月裏の両親が逝去している事自体知らなかったのか、はたまた病に侵されての事だと知らなかったのか、小さく驚いた顔をしている。

「……その暫く後に、お母さんも自殺したんだ」

 最期の日の記憶が、鮮明に蘇る。
 いつも通り学校から帰って、右に曲がり部屋の扉を開けた先には――。

「…………会ったの?」

 譲葉からの特殊な質問に、月裏は正直驚いた。まさかそんな問いが返るとは思っていなかったのだ。
 そもそも、意味がよく掴めない。

「……会ったって……?」
「お母さんに、最期に」

 心臓が大きく脈打つ。だが悟られないように、表情だけは変化させなかった。
 目の前で母親の死体を見た日の記憶は、一度も忘れた事がないし、多分これからも一生忘れられない。

「…………僕が、見つけた、から……」

 多分自分は、寂しいのは一緒だから孤独じゃないよ、と言いたかったのだろう。
 だが今さら、なぜ自分がこんなにも辛い過去を暴露しているのか分からなくなってきた。

 譲葉の話を聞いたから、同じように自分も話さなければと思ったのが始まりであるのも覚えている。
 だが、実際口にすると、苦しさが増すだけだった。

「……そっか、俺は別れが言えなかった」
「えっ」

 さらりと落とされた譲葉の呟きに、月裏は目を見張った。譲葉に視線を向けると、無情な瞳を月裏の反対側の窓へと向けていた。

「……電話で聞いたっきりだ、二人とも会えるような状態じゃないからって会わせてもらえなかった……」

 譲葉の発言内容が、月裏の把握している物と噛み合わず、ただただ当惑してしまう。

「……だから正直まだ、二人が死んだって実感が湧かない。もう長い事会ってないのに、まだ湧かないんだ……」

 そう続けた譲葉の口調は、至って冷静だった。
 だが、いつもに増して死んだような表情が、月裏には寧ろ悲しんでいるように見えた。まるで、無理矢理感情を殺しているみたいに。

 なぜ、譲葉がそんな話をしたのかは分からない。
 けれど、そんな事はもうどうでもよくなっていた。
 奥に潜む気持ちを想像して、イメージに過ぎない感情に同調して、ぽたぽたと涙を落としてしまう。

「……ごめん、嫌な事思い出させたりしたか」
「………ううん、違うんだ」

 譲葉は起き上がって、月裏の頭を優しく撫で始めた。
 行為の意味について直接は聞いていないが、以前も同じ経験があり、月裏にはその意味が分かった。
 多分慰めてくれているのだ。泣き出してしまった弱い自分を。

 繋がりで、別の愛情表現も思い出した。
 深夜、精神不安に苦しんでいる時に、泣いている自分にしてくれた行為と言葉を。
 そっと両腕を差し出して、華奢な体を包み込む。
 譲葉は戸惑っているのか拒否の気持ちが無いのか、拒絶はしなかった。

「泣いてもいいよ、苦しい時くらい泣いても」

 男なのに泣き虫な、自分の泣き顔を隠してしまいたかったのかもしれない。
 いや、一緒に泣きたかっただけかもしれない。
 シャツに、温かな温度が滲み始めた。
 それに感化されて、月裏も更に泣いてしまった。

 苦しい部分を見せ合うと言うのは勇気も必要とするが、それ以上に価値があるのだと知った。
 心が温かく変化している。今さら込み上げた恥ずかしさから体も火照っていて、心身ともに暖かい。

「………譲葉くん、ありがとう」

 もう一度横になっていた譲葉は、突然の謝礼にきょとんとしている。

「少し、家族になれた気がするよ」

 本心を打ち明ければ打ち明けるほどに、心が許せて譲葉が好きになる。聞けば聞くほど、譲葉の幸せを強く願いたくなる。
 これが、家族になっていくという事なのだろうか。

「……俺も。ここに来て良かった」

 譲葉の何気ない台詞が、月裏の心にすとんと落ちて、澱んでいた色彩を美しく塗りなおしていく。

「……ありがとう、僕も譲葉くんが来てくれて良かった」

 まるで、譲葉の描く造花のようだ。一色じゃなく、極彩色に彩られる花の絵を思い出す。

「迷惑かけるかもしれないが、これからも宜しく頼む」
「こちらこそ、情けないお兄さんだけど許してね」

 何時もなら苦痛の内に出てくる言葉も、今日に限っては冗談交じりに言える。

「月裏さんは情けなくない」
「えっ、でも譲葉くんが確りしすぎて……僕なんかよく泣くし」
「月裏さんは優しいんだよ、きっと感受性が強いんだ」

 きっとこれからも、二人家族になっていける。掛け替えの無い家族になって、幸せに暮らせる。
 始めて、希望の形が見えた気がした。
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