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12月13日
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[12月13日、火曜日]
久しぶりに中々寝付けなかった。朝も必要以上に早く目覚めてしまって、実質まともに眠れた時間は殆ど無い。
癖のように横を見ると、見えたのはまた背中だった。
譲葉がやってきてからの、初めの数日が重なって見える。固定体勢であり、顔を見せないようにしている訳ではないと分かりながらも、疑いが積もりだす。
また無理をさせていたらどうしよう。自分が不甲斐無いばかりに、繕わせていたらどうしよう。
ざわりと罪悪の気持ちが蘇ったが、対抗する為の方法が見つからず、それは有るままに降った。
心配を他所に、譲葉はいつも通り起床してきた。ほっと一息漏らしてしまう。
問題が起こってもいない段階で一喜一憂していては身が持たないと分かってはいるが、性格上どうしてもしてしまう。
「体調どう?」
「……そうだな、風邪でも引いたかもしれない」
素直な暴露に対し、月裏は微妙な心境になった。打ち明けてくれて嬉しいような、余計に不安になるような。
「……そ、そうなんだ」
「これくらい寝てれば大丈夫だ。重い風邪でも無いし」
「……えっと、寝てても良かったんだよ……?」
語弊を恐れながらも、口調でどうにかカバーしつつ言う。譲葉は数秒絶句して、月裏の背後の水道を見遣った。
「水を飲みに来たんだ」
「あっ、そうだったの」
自分の為に顔を出してくれたと勘違いしてしまった月裏は、譲葉に勘付かれているかもしれないと思うと恥ずかしくなってきて、どうにか会話を塗り替えようと言葉を探す。
「…お茶淹れるよ……」
そうして結局見つけられたのは、ただただ平凡な語句だった。
譲葉は偽り無く、お茶を飲むと直ぐに戻っていった。続く不調を見続けているからか、反映されたように月裏の心も沈んでゆく。
また、意味も無く死を妄想してしまう。
「……でも、がんばらなきゃ……僕ががんばらなきゃ……」
譲葉が辛いのに、自分まで辛がっていられない。多少無理をしてでも、下を見ないようにしなければ。
月裏は止まっていた食事を急いで終わらせ、心を押さえつけたまま素早く家を出た。
張り付く苦しさは仕事にも影響を与え、普段以上に多くミスをしてしまった。
上司は今日も、小さなミスを誇大化して詰め寄り、元々少ない余裕を奪ってゆく。
窓の外は曇り空で、それだけで落ち込みが加速する。気持ち悪くなってきて吐き気がして、頭痛や腹痛も加わり寒気も現れ、逃げたいとばかり望んだ。
濁った夜空の下を行く頃には、心身ボロボロになっていた。いつも疲れるが、今日は久しぶりに精神力の極限を感じている。
眠気も眩暈も、歩く度に追いかけてくる。
ふわふわと不確かな意識の中から己を呼び覚ますため、月裏は左手の甲を右手の平で思いっきり叩いた。
じわじわと乗っては薄れる痛みが心地良い。痛覚に意識が向かうからか、怖さが安らぐ気がする。
月裏は己を保つための手段として、甲の皮膚を強く抓ってもみた。
階段を踏み2階に着いたところで、電気の点く気配がした。恐らく、足音を聞きつけて点してくれたのだろう。
「ただいま」
「おかえり月裏さん」
想像は見事的中し、譲葉は既に玄関に迫っていた。壁に体重を任せたままで立っている。
「……譲葉くんありがとう……大丈夫?」
「大丈夫だ、さっきも部屋で絵を描いていた」
平凡な日常としての一枠が見えた気がして、月裏は微かな笑みを浮かべた。
「……そうなんだ、良かった……」
「今日も仕事お疲れ様、じゃあ奥に行ってるな」
「うん、僕も直ぐに行くよ」
月裏は、譲葉と分かれて衣類部屋に入ったが、無駄に働こうとする思考回路を少しでも早く放棄する為、手早く着替えを済ませて寝室へ入った。
久しぶりに中々寝付けなかった。朝も必要以上に早く目覚めてしまって、実質まともに眠れた時間は殆ど無い。
癖のように横を見ると、見えたのはまた背中だった。
譲葉がやってきてからの、初めの数日が重なって見える。固定体勢であり、顔を見せないようにしている訳ではないと分かりながらも、疑いが積もりだす。
また無理をさせていたらどうしよう。自分が不甲斐無いばかりに、繕わせていたらどうしよう。
ざわりと罪悪の気持ちが蘇ったが、対抗する為の方法が見つからず、それは有るままに降った。
心配を他所に、譲葉はいつも通り起床してきた。ほっと一息漏らしてしまう。
問題が起こってもいない段階で一喜一憂していては身が持たないと分かってはいるが、性格上どうしてもしてしまう。
「体調どう?」
「……そうだな、風邪でも引いたかもしれない」
素直な暴露に対し、月裏は微妙な心境になった。打ち明けてくれて嬉しいような、余計に不安になるような。
「……そ、そうなんだ」
「これくらい寝てれば大丈夫だ。重い風邪でも無いし」
「……えっと、寝てても良かったんだよ……?」
語弊を恐れながらも、口調でどうにかカバーしつつ言う。譲葉は数秒絶句して、月裏の背後の水道を見遣った。
「水を飲みに来たんだ」
「あっ、そうだったの」
自分の為に顔を出してくれたと勘違いしてしまった月裏は、譲葉に勘付かれているかもしれないと思うと恥ずかしくなってきて、どうにか会話を塗り替えようと言葉を探す。
「…お茶淹れるよ……」
そうして結局見つけられたのは、ただただ平凡な語句だった。
譲葉は偽り無く、お茶を飲むと直ぐに戻っていった。続く不調を見続けているからか、反映されたように月裏の心も沈んでゆく。
また、意味も無く死を妄想してしまう。
「……でも、がんばらなきゃ……僕ががんばらなきゃ……」
譲葉が辛いのに、自分まで辛がっていられない。多少無理をしてでも、下を見ないようにしなければ。
月裏は止まっていた食事を急いで終わらせ、心を押さえつけたまま素早く家を出た。
張り付く苦しさは仕事にも影響を与え、普段以上に多くミスをしてしまった。
上司は今日も、小さなミスを誇大化して詰め寄り、元々少ない余裕を奪ってゆく。
窓の外は曇り空で、それだけで落ち込みが加速する。気持ち悪くなってきて吐き気がして、頭痛や腹痛も加わり寒気も現れ、逃げたいとばかり望んだ。
濁った夜空の下を行く頃には、心身ボロボロになっていた。いつも疲れるが、今日は久しぶりに精神力の極限を感じている。
眠気も眩暈も、歩く度に追いかけてくる。
ふわふわと不確かな意識の中から己を呼び覚ますため、月裏は左手の甲を右手の平で思いっきり叩いた。
じわじわと乗っては薄れる痛みが心地良い。痛覚に意識が向かうからか、怖さが安らぐ気がする。
月裏は己を保つための手段として、甲の皮膚を強く抓ってもみた。
階段を踏み2階に着いたところで、電気の点く気配がした。恐らく、足音を聞きつけて点してくれたのだろう。
「ただいま」
「おかえり月裏さん」
想像は見事的中し、譲葉は既に玄関に迫っていた。壁に体重を任せたままで立っている。
「……譲葉くんありがとう……大丈夫?」
「大丈夫だ、さっきも部屋で絵を描いていた」
平凡な日常としての一枠が見えた気がして、月裏は微かな笑みを浮かべた。
「……そうなんだ、良かった……」
「今日も仕事お疲れ様、じゃあ奥に行ってるな」
「うん、僕も直ぐに行くよ」
月裏は、譲葉と分かれて衣類部屋に入ったが、無駄に働こうとする思考回路を少しでも早く放棄する為、手早く着替えを済ませて寝室へ入った。
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