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12月12日
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[12月12日、月曜日]
見守り続けた月裏は、結局眠気に飲まれるまで横に居た。そして、朝が訪れた時、同じ場所で目覚めていた。
真っ先に譲葉を見ると、目を開けて月裏を見ていた。
「……あ、おはよう譲葉くん、体調どう?」
「……大分良くなった、月裏さんは大丈夫か?」
心配される意味が分からず少し考え込んでしまう。だが、返答を待たせるのも悪いと思い、何とでも取れそうな回答をした。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「……悪いな、こんな朝までずっと」
「ううん全然、気にしないで。じゃあ僕準備するから、起きられそうなタイミングで起きれば良いからね」
「分かった」
譲葉は、心から申し訳なさそうに目を逸らした。
食事していると譲葉が起きてきた。
「……おはよう、今更だけど」
着席前、ぽつりと零されて瞬く。譲葉はそれ以上何を言うでもなく、座り次第窓を見詰め始めた。
「あっ、おはよう。何か食べる? 果物もあるよ」
少しして、譲葉なりに時間を埋めようとしているのだとの答えに有り付き、時差で返す。
「見に行く」
譲葉が冷凍庫と冷蔵庫を控え目に開く姿を見て、月裏は安心感を抱いていた。
調子が良さそうだと、こちらまでほっとする。
一緒にしてはいけないかもしれないが、不安定な自分を見る譲葉の気持ちはこんな感じだったのかな、なんて客観視できる程に気が抜けた。
いつもの席に、上司が居なくなっているかもしれない。
なんて淡い期待もしたが、決定事項でもなければ日も経過していないのだ、期待通りになる筈がなかった。
分かってはいたが、少しがっかりする。
職場の空気はいつもと同じ色だ。濁っていて重くて、毒素のような空気。吸えば吸うほど胸が痛くなる。
想像した未来が一日でも早く訪れますように。と、何度も何度も願う事で、後ろ向きになる気持ちを相殺した。
11時13分、外に出ると雨が降っていた。大して土砂降りでは無いが雨足は強い。
月裏は、鞄の底に横たわる折り畳み傘を、手探りで取り出して広げた。
傘に雨粒が当たって、弾ける音が聴覚全てを支配する。外灯の明かりも全て濁らせて、真っ暗な闇を作り出す。冷たい空気が雨と共に降って、体を冷やしてゆく。
マイナス要素が足されるごとに、不安な気持ちが意味もなく膨らんでゆく。
譲葉は大丈夫だろうか。不安定になったり、心細くなったりしていないだろうか。
そうなっていたら、支えてあげなければ。
使命を感じた月裏は、すぐさま問題点を見つけた。くっ付いて来たと言った方がいいかもしれない。
とは言え、いつも直面する問題と完全に一致した物だったが。
こんな些細な事で憂鬱になってしまう自分が、自分の感情でさえコントロールできない自分が、他人なんか救える訳が無い。遥かに強い譲葉が脆くなるほどの、強い難題に立ち向かえる訳が無い。
そういった葛藤が張り付いてきたのだ。
何時もそうだ、助けたくとも自分には無理だと思ってしまう。
どれもこれも、譲葉が苦しんでいたらの話だが。
しかし、今は無いとしても、これから先、一度でさえあの症状を起こさない保障も無い。
何にせよ、葛藤を克服し、譲葉と向き合わなければならない日は訪れるのだ。
その時自分はどうするべきなのか――。
月裏は、辿り着いていたアパートの屋根に入るなり傘を窄めた。傘の先からは、ぼたぼたと水滴が落ちてゆく。
足跡と傘からの水滴が階段に模様を作る。見詰めながら玄関に辿り着いた時、明かりは見えなかった。
「……ただいまー……」
帰宅して声を放っても、まだ見えない。
その代わり、リビングから漏れる明かりが見えた。
「譲葉くん、帰ったよ」
リビングを開くと、譲葉がキッチン側の床に座り込んでいた。月裏からは背中しか見えず、表情は分からない。格好はやや俯きぎみで、硬直したまま頭を押さえている。
「譲葉くん、また頭痛いの?」
声量で頭痛を刺激しないよう、小声をかけながら近付き横に屈む。そこで漸く譲葉は月裏を見た。
「……月裏さん……帰っていたのか……」
帰宅に気付かないほど放心していたらしい。声を失いかけたが、どうにか返事はした。
「……うん……」
「……大丈夫……少し立ち眩んだだけだ…………」
「……そう……」
譲葉は目前にある収納棚の扉に手を付き、力を込めるようにしてゆっくり立ち上がった。月裏は、視線だけで追いかける。
「……ベッドに行く……」
「あ、うん分かった、お休み」
「……おやすみ」
リビングの扉に向かう背中が一旦停まり、か弱い声が聞こえてきた。
「寝ていれば大丈夫だから心配するな……おやすみ」
パタンと音がして、視界から譲葉が消えた。
たった一人残された月裏は、戸惑ってしまった自分の無力さを噛み締め下を向いた。
見守り続けた月裏は、結局眠気に飲まれるまで横に居た。そして、朝が訪れた時、同じ場所で目覚めていた。
真っ先に譲葉を見ると、目を開けて月裏を見ていた。
「……あ、おはよう譲葉くん、体調どう?」
「……大分良くなった、月裏さんは大丈夫か?」
心配される意味が分からず少し考え込んでしまう。だが、返答を待たせるのも悪いと思い、何とでも取れそうな回答をした。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「……悪いな、こんな朝までずっと」
「ううん全然、気にしないで。じゃあ僕準備するから、起きられそうなタイミングで起きれば良いからね」
「分かった」
譲葉は、心から申し訳なさそうに目を逸らした。
食事していると譲葉が起きてきた。
「……おはよう、今更だけど」
着席前、ぽつりと零されて瞬く。譲葉はそれ以上何を言うでもなく、座り次第窓を見詰め始めた。
「あっ、おはよう。何か食べる? 果物もあるよ」
少しして、譲葉なりに時間を埋めようとしているのだとの答えに有り付き、時差で返す。
「見に行く」
譲葉が冷凍庫と冷蔵庫を控え目に開く姿を見て、月裏は安心感を抱いていた。
調子が良さそうだと、こちらまでほっとする。
一緒にしてはいけないかもしれないが、不安定な自分を見る譲葉の気持ちはこんな感じだったのかな、なんて客観視できる程に気が抜けた。
いつもの席に、上司が居なくなっているかもしれない。
なんて淡い期待もしたが、決定事項でもなければ日も経過していないのだ、期待通りになる筈がなかった。
分かってはいたが、少しがっかりする。
職場の空気はいつもと同じ色だ。濁っていて重くて、毒素のような空気。吸えば吸うほど胸が痛くなる。
想像した未来が一日でも早く訪れますように。と、何度も何度も願う事で、後ろ向きになる気持ちを相殺した。
11時13分、外に出ると雨が降っていた。大して土砂降りでは無いが雨足は強い。
月裏は、鞄の底に横たわる折り畳み傘を、手探りで取り出して広げた。
傘に雨粒が当たって、弾ける音が聴覚全てを支配する。外灯の明かりも全て濁らせて、真っ暗な闇を作り出す。冷たい空気が雨と共に降って、体を冷やしてゆく。
マイナス要素が足されるごとに、不安な気持ちが意味もなく膨らんでゆく。
譲葉は大丈夫だろうか。不安定になったり、心細くなったりしていないだろうか。
そうなっていたら、支えてあげなければ。
使命を感じた月裏は、すぐさま問題点を見つけた。くっ付いて来たと言った方がいいかもしれない。
とは言え、いつも直面する問題と完全に一致した物だったが。
こんな些細な事で憂鬱になってしまう自分が、自分の感情でさえコントロールできない自分が、他人なんか救える訳が無い。遥かに強い譲葉が脆くなるほどの、強い難題に立ち向かえる訳が無い。
そういった葛藤が張り付いてきたのだ。
何時もそうだ、助けたくとも自分には無理だと思ってしまう。
どれもこれも、譲葉が苦しんでいたらの話だが。
しかし、今は無いとしても、これから先、一度でさえあの症状を起こさない保障も無い。
何にせよ、葛藤を克服し、譲葉と向き合わなければならない日は訪れるのだ。
その時自分はどうするべきなのか――。
月裏は、辿り着いていたアパートの屋根に入るなり傘を窄めた。傘の先からは、ぼたぼたと水滴が落ちてゆく。
足跡と傘からの水滴が階段に模様を作る。見詰めながら玄関に辿り着いた時、明かりは見えなかった。
「……ただいまー……」
帰宅して声を放っても、まだ見えない。
その代わり、リビングから漏れる明かりが見えた。
「譲葉くん、帰ったよ」
リビングを開くと、譲葉がキッチン側の床に座り込んでいた。月裏からは背中しか見えず、表情は分からない。格好はやや俯きぎみで、硬直したまま頭を押さえている。
「譲葉くん、また頭痛いの?」
声量で頭痛を刺激しないよう、小声をかけながら近付き横に屈む。そこで漸く譲葉は月裏を見た。
「……月裏さん……帰っていたのか……」
帰宅に気付かないほど放心していたらしい。声を失いかけたが、どうにか返事はした。
「……うん……」
「……大丈夫……少し立ち眩んだだけだ…………」
「……そう……」
譲葉は目前にある収納棚の扉に手を付き、力を込めるようにしてゆっくり立ち上がった。月裏は、視線だけで追いかける。
「……ベッドに行く……」
「あ、うん分かった、お休み」
「……おやすみ」
リビングの扉に向かう背中が一旦停まり、か弱い声が聞こえてきた。
「寝ていれば大丈夫だから心配するな……おやすみ」
パタンと音がして、視界から譲葉が消えた。
たった一人残された月裏は、戸惑ってしまった自分の無力さを噛み締め下を向いた。
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