造花の開く頃に

有箱

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1月2日【2】

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 月裏は態と、部屋を出ていた。
 共に住んでいた者同士、積もる話もあるだろう。と話せる状況を作ったのだ。
 だが、さすがに廊下をうろついていては怪しいだろうと、月裏は人の少ない玄関外へと向かった。

 途中ですれ違う人に、会釈しながら歩いてゆく。
 恐らく入居者である老人ばかり見ていた月裏は、向かいから歩いてきた三十代位の若い夫婦に目を奪われてしまった。間には年老いた女性が居る。表情や寄り添い方から、滲む優しさが見えた。

 家族の形を象徴するような雰囲気に、羨ましさを覚える。同時に、譲葉に同じ愛を注げないもどかしさも覚えた。
 すれ違い様に挨拶をし合い、月裏は目的地へ向けて早歩きした。

 祖母との時間は充実している。譲葉の声もなんだか楽しそうで満足だ。
 同時に、この輪が正式な家族で出来ていない事実が少し痛くなった。楽しいが、寂しさも拭いきれない。
 先程夫婦を見たからか、本当の家族の形を見てしまった気がして寂しくなるのだ。

 母親と父親を学生時代に亡くしてしまったからか、月裏自身も両親の存在に憧れていた。見習える大人が、頼れる大人が居たらどれだけ良いだろう。
 しかし何を思っても、今譲葉にとっての親になれるのは自分しかいないのだ。
 譲葉の求める事、譲葉にとっての幸せを考えて、もっともっと精進しよう。
 月裏は冷たい風に吹かれながら、目標を見詰めた。

「遅かったわね、迷ってたの?」
「……うん、迷ってた、心配させてごめん」
「帰ってきてくれたから良いのよ、今懐かしいアルバムを見ようと思ったところよ、つくちゃんはどうする?」

 先程から座り場所を変えていない祖母の手の中に、重そうなアルバムが抱えられていた。見やすいように、こちらへ正面を向けてくれている。
 月裏は席に着き、開かれるアルバムを覗きこんだ。

 1ページ目には、旅行か何かで撮ったらしき大きな家族写真があった。
 そこに映る人物に、月裏は驚きが隠せなかった。譲葉は見慣れているのか、顔色一つ変えない。
 家族写真には、今より若い祖母と祖父が居て、赤子の譲葉を抱える譲葉の両親らしき人が居て、その横に月裏の両親が映っていたのだ。そして、二人の間には。

「ゆずちゃんとつくちゃん、小さい頃に一回会っているのよ、覚えてる?」

 譲葉が生まれたてだとしても、その頃自分は5歳か6歳にはなっている筈だ。それなのに完全に忘れていた。
 祖母は様子を察したのか、素早く次のページに移動した。次のページでは、個々の家族が祖父母と居る写真があった。
 そのページも早々通りすぎ、またページを捲る。と、そこにはもう互いの両親の姿はなかった。
 そこ辺りから、譲葉と祖母の二人が並ぶ写真が多くなった。

 寂しさが深く胸を抉る。それは譲葉も同じ筈だ。アルバムを切欠に、発作を起こさない保障は無い。
 懸念し、横の譲葉を何気なく見遣ると、譲葉は人の少なくなった写真を凝視していた。
 真っ直ぐ、記憶に焼き付けるように。

「……大丈夫……?」

 祖母の不安げな声に顔を上げると、祖母は譲葉を見ていた。

「……大丈夫だ、見られる……続けてくれ」

 祖母の態度や譲葉の台詞から推測するに、アルバムを見ようと言い出したのは恐らく譲葉だ。
 敢えて思い出す事で、克服しようとしているのだ。
 月裏は立ち上がり、譲葉の肩に手を添えた。譲葉は固い顔で月裏を一瞥し、アルバムに視線を戻す。

 祖母は無言の遣り取りを見てか、不安気な雰囲気を和らげたように見えた。アルバムをスッと差し出してくる。
 月裏は受け取って、譲葉に見せる形で支え、捲った。

「譲葉くん小さいね、今もまだ小さいけど」

 冗談も交えて笑ってみせると、譲葉も微かに笑った。
 段々月日が重なって、変化して行く景色と人々。写真の中に切り取られた思い出を二人して眺めて、時々他愛ない声を掛け合った。

 見終わってからも、3人は語り合った。
 席を空けている間、譲葉は治療の件を打ち明けていたらしく、時々話の中に強い決意も織り込まれた。

「……そろそろ時間だし帰ろうか?」

 30分前位から気にしていた時計の針が予定時刻に重なって、月裏は勇気を震わせ切り出していた。
 終電に間に合うようにと、昨日計算した時刻ぴったりだ。

「……あら、もう帰るの? 寂しくなるわねぇ……」

 祖母の滲み出す寂しさに感化され、月裏も耐え切れず表情を崩してしまった。

「……僕もだよ、おばあちゃん」

 譲葉は何も言わなかったが、表情が気持ちを語っていた。

「今日一日とっても楽しかったわ、来てくれて本当にありがとう。二人が楽しそうにして居るのを見て本当に安心したわ…………」

 一瞬、祖母が何か他事を考えた素振りを見せたが、すぐ笑顔に掻き消されてしまった。

 名残惜しいのか、祖母は駅まで着いてきてくれようとした。だが祖母を思い、月裏と譲葉二人で一生懸命断った。
 子どものように手を振って別れを惜しみ、再会を約束して二人は駅へと踏み出した。
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