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1月3日
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[1月3日、火曜日]
深夜、月裏はまた思案していた。自宅に帰った所までは良かったのだが、現実に戻ってきた感覚を否定出来ず深く眠れなかったのだ。
悪夢を見て目覚めた日とはまた違う、得体の知れないざわつきが胸を満たしている。
ソファに横たわって考えていても一向に落ち着けない。結局、気持ちを切り替えようとリビングへ向かう事にした。
リビングに辿り着くなり、窓の外に見えた或る物に惹きつけられる。
ちらちらふわふわと揺れ落ちる物体、雪だ。
窓に張り付き地面を見下ろすと、既に薄っすらと積もり始めていた。雪だるまを作った日を思い出す。
雪を見た所為か、急に寒さを自覚して肩を抱く。足が自然と暖房機器の前に移動して、スイッチを押した。
はっと目覚めると、目の前に譲葉が座っていた。
物思いに耽っている内、眠りに落ちてしまったようだ。
「月裏さんお早う、……眠り足りなかったか?」
「まぁね」
机に伏せていた体を伸ばす。
一日中家を離れていたのは久々だ。普段と違う行動をした所為で疲れているのかもしれない。
もちろん、楽しかったのが本音だ。
「……譲葉くん、昨日楽しかったね」
「……あぁ、楽しかった」
「またおばあちゃんの所行きたいね」
「……そうだな」
祖母の詳しい年齢は知らないが、久々にあった祖母は随分な年を感じさせる姿だった。
考えたくは無いが10年20年先、祖母が健在しているとは思えない。
だから今、元気な内に思い出をたくさん作って、感謝をたくさん伝えて、譲葉との付き合い方を伝授してもらいたい。大好きな祖母と顔を合わせたい。
昨夜の短い時間で、そんな事まで考えてしまっていた。
「ばあちゃん好きだ」
「うん、僕も」
家族って良いね。
喉にまで上り詰めた言葉は、声にされずに消えた。
明日から仕事が始まる。最初は長いと思っていた休暇も、過ぎてみれば短く感じる。
明日から新たな上司が遣ってくる訳だが、上手く付き合ってゆけるだろうか。優しい人、いやせめて常識人だろうか。
怒られないだろうか、失望されないだろうか。前の上司より、もっと非道な人間だったらどうしよう。
次々と杞憂が溢れ出して、頭の中を埋めてゆく。不意に己を侵す不安定さが、逃げる暇も無く包み込んでくる。
しかし、死にたいとは思わなかった。思考回路として勝手に向かった部分はあるが、心の底から死んでしまおうとは思わなかった。
「……譲葉くん、今更な話してもいいかな?」
譲葉は本に向けていた視線を上げ、首肯する。ちなみに本は、新しく購入したものだ。
「……僕の仕事場にね、とっても怖い上の人がいて、よく怒られてたんだ。その人が転勤になって、明日から新しい人が来るんだ」
「……そうだったのか」
譲葉に驚いた様子は無く、寧ろ納得しているような語調だ。
「……可笑しいかもしれないけど、怖くて……上手くやっていけるかなって不安になっちゃって……」
「…………そうだな……」
適切な励ましの言葉を探しているのか、譲葉の視線は本へと下がる。しかし視点は動かず、目の前を気に留めていないのが伺える。
数秒後、謝罪して終わらせようと考えた月裏の思考を遮るようにして、譲葉の囁きが届いた。
「…………もし辛くなったら逃げれば良い……だから苦しい事考えなくても大丈夫だ……難しい事だけどな」
「……そう、だね……ありがとう譲葉くん……」
譲葉の持つ本の青を基調とした表紙は、なんだか気持ちを穏やかにしてくれる。
譲葉も逃げずに頑張っている。自分より遥かに辛い現実と対峙して格闘している。
「俺も、また明日から頑張る」
「うん、一緒に頑張ろう」
月裏は心強さを感じながら、堂々と向き合うと誓った。
深夜、月裏はまた思案していた。自宅に帰った所までは良かったのだが、現実に戻ってきた感覚を否定出来ず深く眠れなかったのだ。
悪夢を見て目覚めた日とはまた違う、得体の知れないざわつきが胸を満たしている。
ソファに横たわって考えていても一向に落ち着けない。結局、気持ちを切り替えようとリビングへ向かう事にした。
リビングに辿り着くなり、窓の外に見えた或る物に惹きつけられる。
ちらちらふわふわと揺れ落ちる物体、雪だ。
窓に張り付き地面を見下ろすと、既に薄っすらと積もり始めていた。雪だるまを作った日を思い出す。
雪を見た所為か、急に寒さを自覚して肩を抱く。足が自然と暖房機器の前に移動して、スイッチを押した。
はっと目覚めると、目の前に譲葉が座っていた。
物思いに耽っている内、眠りに落ちてしまったようだ。
「月裏さんお早う、……眠り足りなかったか?」
「まぁね」
机に伏せていた体を伸ばす。
一日中家を離れていたのは久々だ。普段と違う行動をした所為で疲れているのかもしれない。
もちろん、楽しかったのが本音だ。
「……譲葉くん、昨日楽しかったね」
「……あぁ、楽しかった」
「またおばあちゃんの所行きたいね」
「……そうだな」
祖母の詳しい年齢は知らないが、久々にあった祖母は随分な年を感じさせる姿だった。
考えたくは無いが10年20年先、祖母が健在しているとは思えない。
だから今、元気な内に思い出をたくさん作って、感謝をたくさん伝えて、譲葉との付き合い方を伝授してもらいたい。大好きな祖母と顔を合わせたい。
昨夜の短い時間で、そんな事まで考えてしまっていた。
「ばあちゃん好きだ」
「うん、僕も」
家族って良いね。
喉にまで上り詰めた言葉は、声にされずに消えた。
明日から仕事が始まる。最初は長いと思っていた休暇も、過ぎてみれば短く感じる。
明日から新たな上司が遣ってくる訳だが、上手く付き合ってゆけるだろうか。優しい人、いやせめて常識人だろうか。
怒られないだろうか、失望されないだろうか。前の上司より、もっと非道な人間だったらどうしよう。
次々と杞憂が溢れ出して、頭の中を埋めてゆく。不意に己を侵す不安定さが、逃げる暇も無く包み込んでくる。
しかし、死にたいとは思わなかった。思考回路として勝手に向かった部分はあるが、心の底から死んでしまおうとは思わなかった。
「……譲葉くん、今更な話してもいいかな?」
譲葉は本に向けていた視線を上げ、首肯する。ちなみに本は、新しく購入したものだ。
「……僕の仕事場にね、とっても怖い上の人がいて、よく怒られてたんだ。その人が転勤になって、明日から新しい人が来るんだ」
「……そうだったのか」
譲葉に驚いた様子は無く、寧ろ納得しているような語調だ。
「……可笑しいかもしれないけど、怖くて……上手くやっていけるかなって不安になっちゃって……」
「…………そうだな……」
適切な励ましの言葉を探しているのか、譲葉の視線は本へと下がる。しかし視点は動かず、目の前を気に留めていないのが伺える。
数秒後、謝罪して終わらせようと考えた月裏の思考を遮るようにして、譲葉の囁きが届いた。
「…………もし辛くなったら逃げれば良い……だから苦しい事考えなくても大丈夫だ……難しい事だけどな」
「……そう、だね……ありがとう譲葉くん……」
譲葉の持つ本の青を基調とした表紙は、なんだか気持ちを穏やかにしてくれる。
譲葉も逃げずに頑張っている。自分より遥かに辛い現実と対峙して格闘している。
「俺も、また明日から頑張る」
「うん、一緒に頑張ろう」
月裏は心強さを感じながら、堂々と向き合うと誓った。
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