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明るい時間に帰宅できた所為か、不思議といつもより緊張感は無かった。やはり、夜間に歩く時とは全然違う。
それでも感覚に刻まれた痛みが、恐怖を呼び起こすことに変わりは無いのだが。
白都は帰宅した足で、そのまま帝の家に直行していた。帝の家は五階にあるので、いつもより二つ分階段を多く上がればすぐに着く。
昼食後、授業に行くべく分かれる間際、帰宅予定時間を確かめておいた。だから在宅は確信済みだ。
玄関のチャイムを鳴らすと同時に、鍵の回る音も無しに扉が開いた。
「鍵開いてるぞ」
「あっ、あぁ、開けといてくれたんだ」
大体の時間を取り決め、事前に約束しているとき限定だが、以前から鍵を開けておいてくれる習慣があった。
久々すぎて、すっかり忘れていた。
「時間あるか?」
「えっ? あるけど」
野菜を受け取るだけだとばかり思っていた白都は、一瞬動揺してしまった。
窓ガラスの件か、様子の可笑しさか、もし何かを勘付かれていたらどうしよう、と胸が騒がしくなる。
「なら久しぶりに食事しよう」
だが、どの話題も掠っておらず、一時的に安堵する。しかし、答えには迷った。
帝は、大きく開いた扉に身を寄せ、招き入れる動作を見せる。そんな行為を示されては断れるはずがない。それに。
「……ありがとう」
帝の仄かな笑みが懐かしい日々を懐古させ、少しだけ心が穏やかになった。
***
久しぶりに入室したリビングは、模様替えにより物の配置が変わっていた。しかし色調自体は変化しておらず、雰囲気は何ら変わらない。
「食事するには少し早いだろうか?」
帝の見遣った掛け時計の針は、丁度四時をさしている。腹の空き具合としては、若干空腹になりつつある、と言ったところだろうか。
「うーん、時間的には早いけどお腹は空いたかな」
「そうか。じゃあ準備してくるな」
「ありがとう。手伝おうか?」
「いや、大体出来てるから大丈夫だ。適当に寛いでいてくれ」
そう残すと、帝はカーテン越しのキッチンへと消えた。直ぐに、食器の重なる音などが聞こえてくる。
白都は一人残された空間で、また無意識に御面のことを、正しくは命令のことを考えていた。
次はどうなるのか、どんな命令が来るのか。
暇さえあれば、そればかりが脳内を飽和する。
準備の音を聞きながら思いに耽っていると、突如携帯の受信音が鳴った。メールと電話は同じメロディだが、音が切れずに続いていることから電話だと判断する。
御面の姿が過ぎったため、白都は鞄ごと持ち物を抱え、急いで廊下に出ていた。
廊下の突き当たりまで来て相手先を確認する。画面には“相澤和月”と表示されていた。
御面では無かったことに安心し、受話する。
「もしもし、何でした?」
≪もしもし。すっごく急で悪いんだけど、明日ってバイト入れない? 十時頃まで≫
勤続年数が長い和月は、シフト調整や発注作業等、上の人間がする仕事も請け負っていて、こうして時々直接連絡が入ったりする。
「……明日ですか? うーん、良いですよ。十時ですね」
白都は終了時刻に不安を覚えたが、生憎用事も理由も思いつかず、普段通り請け負った。
≪本当ごめんね。急に欠勤者が出ちゃってさ。代わりの休みはちゃんと作るから待ってて≫
「分かりました。お疲れ様です」
和月は勤務中だったのか、用件だけを終えると直ぐ電話を切ってしまった。
白都は繋がりの絶たれた携帯の画面を見詰め、大きな大きな溜め息を吐いた。
部屋へ踵を返そうとして、急に懐かしい記憶が蘇ってきた。
ちょうど今、白都の背後に位置する部屋、ここには特別な印象がある。この部屋に関することで、たった一度きりの短い出来事だったが、随分強く残っている一件があった。
簡単に言えば、帝はこの部屋に人を近づけたがらないのだ。前、扉が薄く開いていた時があったのだが、その時も気付いた途端何気なく閉めてしまった。
唯の錯覚かもしれないが、違和感として未だに残っている。親友としての権限で他の部屋への入室経験はあるが、この部屋だけは一度もなかった。
「白都、電話か?」
リビングの扉から帝が現れ、白都は急ぎ足でその元へ駆け寄っていた。
「何でもないよ」
「そうか」
帝のことだ。多分自分の考えすぎだろう、と内心気掛かりではあったが詮索はしないことにした。
それでも感覚に刻まれた痛みが、恐怖を呼び起こすことに変わりは無いのだが。
白都は帰宅した足で、そのまま帝の家に直行していた。帝の家は五階にあるので、いつもより二つ分階段を多く上がればすぐに着く。
昼食後、授業に行くべく分かれる間際、帰宅予定時間を確かめておいた。だから在宅は確信済みだ。
玄関のチャイムを鳴らすと同時に、鍵の回る音も無しに扉が開いた。
「鍵開いてるぞ」
「あっ、あぁ、開けといてくれたんだ」
大体の時間を取り決め、事前に約束しているとき限定だが、以前から鍵を開けておいてくれる習慣があった。
久々すぎて、すっかり忘れていた。
「時間あるか?」
「えっ? あるけど」
野菜を受け取るだけだとばかり思っていた白都は、一瞬動揺してしまった。
窓ガラスの件か、様子の可笑しさか、もし何かを勘付かれていたらどうしよう、と胸が騒がしくなる。
「なら久しぶりに食事しよう」
だが、どの話題も掠っておらず、一時的に安堵する。しかし、答えには迷った。
帝は、大きく開いた扉に身を寄せ、招き入れる動作を見せる。そんな行為を示されては断れるはずがない。それに。
「……ありがとう」
帝の仄かな笑みが懐かしい日々を懐古させ、少しだけ心が穏やかになった。
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久しぶりに入室したリビングは、模様替えにより物の配置が変わっていた。しかし色調自体は変化しておらず、雰囲気は何ら変わらない。
「食事するには少し早いだろうか?」
帝の見遣った掛け時計の針は、丁度四時をさしている。腹の空き具合としては、若干空腹になりつつある、と言ったところだろうか。
「うーん、時間的には早いけどお腹は空いたかな」
「そうか。じゃあ準備してくるな」
「ありがとう。手伝おうか?」
「いや、大体出来てるから大丈夫だ。適当に寛いでいてくれ」
そう残すと、帝はカーテン越しのキッチンへと消えた。直ぐに、食器の重なる音などが聞こえてくる。
白都は一人残された空間で、また無意識に御面のことを、正しくは命令のことを考えていた。
次はどうなるのか、どんな命令が来るのか。
暇さえあれば、そればかりが脳内を飽和する。
準備の音を聞きながら思いに耽っていると、突如携帯の受信音が鳴った。メールと電話は同じメロディだが、音が切れずに続いていることから電話だと判断する。
御面の姿が過ぎったため、白都は鞄ごと持ち物を抱え、急いで廊下に出ていた。
廊下の突き当たりまで来て相手先を確認する。画面には“相澤和月”と表示されていた。
御面では無かったことに安心し、受話する。
「もしもし、何でした?」
≪もしもし。すっごく急で悪いんだけど、明日ってバイト入れない? 十時頃まで≫
勤続年数が長い和月は、シフト調整や発注作業等、上の人間がする仕事も請け負っていて、こうして時々直接連絡が入ったりする。
「……明日ですか? うーん、良いですよ。十時ですね」
白都は終了時刻に不安を覚えたが、生憎用事も理由も思いつかず、普段通り請け負った。
≪本当ごめんね。急に欠勤者が出ちゃってさ。代わりの休みはちゃんと作るから待ってて≫
「分かりました。お疲れ様です」
和月は勤務中だったのか、用件だけを終えると直ぐ電話を切ってしまった。
白都は繋がりの絶たれた携帯の画面を見詰め、大きな大きな溜め息を吐いた。
部屋へ踵を返そうとして、急に懐かしい記憶が蘇ってきた。
ちょうど今、白都の背後に位置する部屋、ここには特別な印象がある。この部屋に関することで、たった一度きりの短い出来事だったが、随分強く残っている一件があった。
簡単に言えば、帝はこの部屋に人を近づけたがらないのだ。前、扉が薄く開いていた時があったのだが、その時も気付いた途端何気なく閉めてしまった。
唯の錯覚かもしれないが、違和感として未だに残っている。親友としての権限で他の部屋への入室経験はあるが、この部屋だけは一度もなかった。
「白都、電話か?」
リビングの扉から帝が現れ、白都は急ぎ足でその元へ駆け寄っていた。
「何でもないよ」
「そうか」
帝のことだ。多分自分の考えすぎだろう、と内心気掛かりではあったが詮索はしないことにした。
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