フレンドテロリスト

有箱

文字の大きさ
79 / 83

78

しおりを挟む
 穂積の慄いている顔がよく見える。
 それもそのはずだ。今、彼に向かって大きな包丁の先を向けているのだから。

「…………白……くん……?」

 悲しみと失望と困惑と、多彩な感情を織り交ぜた複雑な表情が浮かんでいる。
 白都は自らの表情を知られたくなくて、少し俯きわざと影を作った。

「…………ごめんなさい穂積さん……。ずっと気遣って下さって、たくさん心配して下さって……優しくして下さってありがとうございました……」

 包丁の柄を強く握り締め、腹部に集中する。そうして走り出し、腹目掛けて刃を突き出した。

 ――――目の前で、穂積が横向きに倒れている。
 血の溢れ出す腹部を押さえつけ、息をか細くしながら。

「……白くん……なんで……なんで……」

 睨むように向けられた横目は、涙で滲んでいる。
 白都は顔を歪め、目を逸らし、条件として出されていた首へと視線を動かした。
 血が付いた包丁を、握ったままの手が震えている。

 早く殺さなきゃ。誰かに見つかる前に、遣り切って乗り越えなきゃ。

 そっと近付き、襟へと手を伸ばした。
 穂積は次なる行動に怯え、酷く震えている。触れていなくても分かるぐらい大きく戦慄いている。

「…………お願い……白くん……やめ……」

 勢いを付け大きく襟を開けたが、見えた違和感に包丁を振るおうとしていた手が止まった。
 そこには、見覚えのある切り傷が多数あったのだ。今、体中に付いている、あの忌まわしい傷と同じ切創が。

 その瞬間、穂積の持っていたカッターナイフの利用法を知った。念のため手首も捲ると、新古様々な傷跡が残されていた。新しいものの方が多いが。

「……これ、穂積さんが……?」

 穂積は目撃され気まずいのか、視線を地に落とした。
 彼は、命令されても出来なかった自傷行為を、日常的に繰り返していたのだ。それは、悩みが増えるごとに多くなっていったに違いない。

 穂積は震えている。触れた手首や首筋から、緊張感がひしひし伝わってくる。

「…………お願い……殺さないで……白くん……ねぇ……話聞きに来たんだよ……まだ、だよ……」

 必死に死を逃れようと言葉を重ねる穂積は、涙目で苦しげで、苦悩に満ちていて悲惨だ。
 本当は、こんな穂積見たくなかった。

 今までの笑顔と優しさを思い出した時、白都は突然我に返った。勢い良く立ち上がる。
 急に全身が震えだし、包丁をその場に落としていた。
 目の前の光景を、自分が作り出したのだと自覚する。瞬間、白都は逃走していた。

 手を伸ばす穂積に気付かないまま。背後に潜み、二人を見詰める陰に気付かないまま。

***

 一心不乱で自宅に駆け込み、鍵とチェーンをかける。
 明かりの無い玄関にて、服に飛び散った黒い返り血が目に付いた。手に付いた血も夜目が捕らえる。
 この手が穂積を刺した。この手が大切な友人を痛めつけた。怖がらせ、苦しませた。

 白都は壁に、強く頭を撃ちつけた。絶叫が喉元まで来ていたが、やはり警察が怖く叫べない。
 しかし、このまま行けば警察が来るのも時間の問題だ。そうなれば、家族の身が危険に晒される。
 そんな事態、味わいたくは無い。

 白都は靴を脱ぎ捨て、キッチンに来ていた。今朝方開いた調理棚を開き、もう一本あった包丁を取り出す。
 両手で柄を握り締め、腹部へ目掛けて振り被った。

 ――しかし、白都にそんな勇気は無かった。寸止めし、その場に落とす。
 先を見送る覚悟も、死を受け容れる勇気も、こんな状態になってまで手に入れられないなんて。

 立ち尽くしていると、ポケットに入れておいた携帯が音を鳴らした。驚いて一瞬声が漏れる。
 多分、和月からだ。御面を被った和月から――。

「えっ……?」

“お疲れ様でした。では最後の命令です。
相澤和月を殺害して下さい。
明日の朝には貴方の元に警察が行くでしょう。その前に殺してください。
出来なかった場合はもうお分かりでしょう。貴方の変わりに、私が手を下します”
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...