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穂積の慄いている顔がよく見える。
それもそのはずだ。今、彼に向かって大きな包丁の先を向けているのだから。
「…………白……くん……?」
悲しみと失望と困惑と、多彩な感情を織り交ぜた複雑な表情が浮かんでいる。
白都は自らの表情を知られたくなくて、少し俯きわざと影を作った。
「…………ごめんなさい穂積さん……。ずっと気遣って下さって、たくさん心配して下さって……優しくして下さってありがとうございました……」
包丁の柄を強く握り締め、腹部に集中する。そうして走り出し、腹目掛けて刃を突き出した。
――――目の前で、穂積が横向きに倒れている。
血の溢れ出す腹部を押さえつけ、息をか細くしながら。
「……白くん……なんで……なんで……」
睨むように向けられた横目は、涙で滲んでいる。
白都は顔を歪め、目を逸らし、条件として出されていた首へと視線を動かした。
血が付いた包丁を、握ったままの手が震えている。
早く殺さなきゃ。誰かに見つかる前に、遣り切って乗り越えなきゃ。
そっと近付き、襟へと手を伸ばした。
穂積は次なる行動に怯え、酷く震えている。触れていなくても分かるぐらい大きく戦慄いている。
「…………お願い……白くん……やめ……」
勢いを付け大きく襟を開けたが、見えた違和感に包丁を振るおうとしていた手が止まった。
そこには、見覚えのある切り傷が多数あったのだ。今、体中に付いている、あの忌まわしい傷と同じ切創が。
その瞬間、穂積の持っていたカッターナイフの利用法を知った。念のため手首も捲ると、新古様々な傷跡が残されていた。新しいものの方が多いが。
「……これ、穂積さんが……?」
穂積は目撃され気まずいのか、視線を地に落とした。
彼は、命令されても出来なかった自傷行為を、日常的に繰り返していたのだ。それは、悩みが増えるごとに多くなっていったに違いない。
穂積は震えている。触れた手首や首筋から、緊張感がひしひし伝わってくる。
「…………お願い……殺さないで……白くん……ねぇ……話聞きに来たんだよ……まだ、だよ……」
必死に死を逃れようと言葉を重ねる穂積は、涙目で苦しげで、苦悩に満ちていて悲惨だ。
本当は、こんな穂積見たくなかった。
今までの笑顔と優しさを思い出した時、白都は突然我に返った。勢い良く立ち上がる。
急に全身が震えだし、包丁をその場に落としていた。
目の前の光景を、自分が作り出したのだと自覚する。瞬間、白都は逃走していた。
手を伸ばす穂積に気付かないまま。背後に潜み、二人を見詰める陰に気付かないまま。
***
一心不乱で自宅に駆け込み、鍵とチェーンをかける。
明かりの無い玄関にて、服に飛び散った黒い返り血が目に付いた。手に付いた血も夜目が捕らえる。
この手が穂積を刺した。この手が大切な友人を痛めつけた。怖がらせ、苦しませた。
白都は壁に、強く頭を撃ちつけた。絶叫が喉元まで来ていたが、やはり警察が怖く叫べない。
しかし、このまま行けば警察が来るのも時間の問題だ。そうなれば、家族の身が危険に晒される。
そんな事態、味わいたくは無い。
白都は靴を脱ぎ捨て、キッチンに来ていた。今朝方開いた調理棚を開き、もう一本あった包丁を取り出す。
両手で柄を握り締め、腹部へ目掛けて振り被った。
――しかし、白都にそんな勇気は無かった。寸止めし、その場に落とす。
先を見送る覚悟も、死を受け容れる勇気も、こんな状態になってまで手に入れられないなんて。
立ち尽くしていると、ポケットに入れておいた携帯が音を鳴らした。驚いて一瞬声が漏れる。
多分、和月からだ。御面を被った和月から――。
「えっ……?」
“お疲れ様でした。では最後の命令です。
相澤和月を殺害して下さい。
明日の朝には貴方の元に警察が行くでしょう。その前に殺してください。
出来なかった場合はもうお分かりでしょう。貴方の変わりに、私が手を下します”
それもそのはずだ。今、彼に向かって大きな包丁の先を向けているのだから。
「…………白……くん……?」
悲しみと失望と困惑と、多彩な感情を織り交ぜた複雑な表情が浮かんでいる。
白都は自らの表情を知られたくなくて、少し俯きわざと影を作った。
「…………ごめんなさい穂積さん……。ずっと気遣って下さって、たくさん心配して下さって……優しくして下さってありがとうございました……」
包丁の柄を強く握り締め、腹部に集中する。そうして走り出し、腹目掛けて刃を突き出した。
――――目の前で、穂積が横向きに倒れている。
血の溢れ出す腹部を押さえつけ、息をか細くしながら。
「……白くん……なんで……なんで……」
睨むように向けられた横目は、涙で滲んでいる。
白都は顔を歪め、目を逸らし、条件として出されていた首へと視線を動かした。
血が付いた包丁を、握ったままの手が震えている。
早く殺さなきゃ。誰かに見つかる前に、遣り切って乗り越えなきゃ。
そっと近付き、襟へと手を伸ばした。
穂積は次なる行動に怯え、酷く震えている。触れていなくても分かるぐらい大きく戦慄いている。
「…………お願い……白くん……やめ……」
勢いを付け大きく襟を開けたが、見えた違和感に包丁を振るおうとしていた手が止まった。
そこには、見覚えのある切り傷が多数あったのだ。今、体中に付いている、あの忌まわしい傷と同じ切創が。
その瞬間、穂積の持っていたカッターナイフの利用法を知った。念のため手首も捲ると、新古様々な傷跡が残されていた。新しいものの方が多いが。
「……これ、穂積さんが……?」
穂積は目撃され気まずいのか、視線を地に落とした。
彼は、命令されても出来なかった自傷行為を、日常的に繰り返していたのだ。それは、悩みが増えるごとに多くなっていったに違いない。
穂積は震えている。触れた手首や首筋から、緊張感がひしひし伝わってくる。
「…………お願い……殺さないで……白くん……ねぇ……話聞きに来たんだよ……まだ、だよ……」
必死に死を逃れようと言葉を重ねる穂積は、涙目で苦しげで、苦悩に満ちていて悲惨だ。
本当は、こんな穂積見たくなかった。
今までの笑顔と優しさを思い出した時、白都は突然我に返った。勢い良く立ち上がる。
急に全身が震えだし、包丁をその場に落としていた。
目の前の光景を、自分が作り出したのだと自覚する。瞬間、白都は逃走していた。
手を伸ばす穂積に気付かないまま。背後に潜み、二人を見詰める陰に気付かないまま。
***
一心不乱で自宅に駆け込み、鍵とチェーンをかける。
明かりの無い玄関にて、服に飛び散った黒い返り血が目に付いた。手に付いた血も夜目が捕らえる。
この手が穂積を刺した。この手が大切な友人を痛めつけた。怖がらせ、苦しませた。
白都は壁に、強く頭を撃ちつけた。絶叫が喉元まで来ていたが、やはり警察が怖く叫べない。
しかし、このまま行けば警察が来るのも時間の問題だ。そうなれば、家族の身が危険に晒される。
そんな事態、味わいたくは無い。
白都は靴を脱ぎ捨て、キッチンに来ていた。今朝方開いた調理棚を開き、もう一本あった包丁を取り出す。
両手で柄を握り締め、腹部へ目掛けて振り被った。
――しかし、白都にそんな勇気は無かった。寸止めし、その場に落とす。
先を見送る覚悟も、死を受け容れる勇気も、こんな状態になってまで手に入れられないなんて。
立ち尽くしていると、ポケットに入れておいた携帯が音を鳴らした。驚いて一瞬声が漏れる。
多分、和月からだ。御面を被った和月から――。
「えっ……?」
“お疲れ様でした。では最後の命令です。
相澤和月を殺害して下さい。
明日の朝には貴方の元に警察が行くでしょう。その前に殺してください。
出来なかった場合はもうお分かりでしょう。貴方の変わりに、私が手を下します”
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