Criminal marrygoraund

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 次の日、普段より少し遅く起きて身なりを整え、携帯と財布をポケットに突っ込んで外出する。
 持ち物が携帯と財布だけなのは、これから見舞いに行く友人が「来てくれるだけで嬉しいし、何もいらないから」と毎度の事言うものだから、こうなるに至った。
 勿論、始めは行く度に見舞い品を持っていっていたのだが。

 通い続け、体が覚えた道順を辿り、部屋に辿り着き軽くノックする。すると、直ぐに返事が返って来た。

「鈴夜かな、どうぞ」
「おはよう大智、調子はどう?」
「良好だよ」

 光を受けると灰色に輝く、色素の薄い髪を揺らして、綾崎大智は笑う。
 左顔面を殆ど隠してしまう位、長くした前髪の向こうの瞳も、笑みを浮かべているのが見えた。

 大智とも、あの団地で知り合った幼馴染みである。幼い頃は、鈴夜と淑瑠と大智の三人でよく遊んでいた。
 因みに大智も鈴夜より4つ年上で、鈴夜がこの町に戻ってきた時には既に入院生活をしていた。

「今週仕事の方はどう?」
「うーん、今週は落ち着いてたかな。先週はかなりハードだったけど今週は定時にあがれてるし」
「そっか、それは良かったね、鈴夜がんばってるね」
「大智はずっと調子いい感じ?」
「まぁ。でも外に出たりすると、やっぱ体調崩しちゃうなぁ」
「そっか、大変そうだね」

 こうして毎週顔を見せあい、互いの状況を話し合い、聞きあうのが日課になっていた。
 そんな大智の病状は、見た目に反しているようにも思えるが、あまり良いとは言えないらしい。本人が直接そう言っていたから、間違いは無い。
 時々、呼吸器を身につけて過ごしている姿も見かけていて、素直に納得は出来た。

 詳しく聞いた事は無いが、発作を起こせば死に直結してしまうような病気を抱えているらしく、長くは生きられないだろうとも言っていた。
 だが、本人はそれを冷静に受け入れているらしく、嘆いている姿は見た事がない。

 もしかすると、大智本人よりも鈴夜の方が、その運命を恐れているのかもしれない。
 もう何度も別れを体験してきた鈴夜だが、慣れなんて存在しないと気付いた。
 愛する人がいなくなってしまうのは、いつだって悲しい。その度、心を病んでしまいそうになるほどには。

 だから、本当はもっと生に執着して欲しいと思っていたが、言える筈も無く、ただ出来るだけ大智との日常が長く続いて欲しいと、心の中で密かに願った。

 ゆっくりと他愛の無い会話を重ねていると、扉をノックする音が聞こえた。

「はい」

 無意識に時刻を確認したが、検温の時刻でも食事の時間でも無い為、一般の来客だろうと予想する。
 そして、恐らくは。

「あの、岳です」
「どうぞ」

 予想通りの人物が、ゆっくりと扉を開き、おどおどしながら入室した。おどおどしているのは臆病な性格ゆえで、何か隠し事をしている訳ではない。

 真っ黒な髪を散らばせた、眼鏡で長身の青年は、赤月岳という。鈴夜同様、よく大智の見舞いに来る人物だ。
 大智と岳は、小学校からの付き合いらしい。ただ、年は岳の方が2つ年下らしいが。

 鈴夜と岳はここでよく出会っていたため、今では仲の良い友人になっている。ただ、岳が来るのは不定期で、毎週会う事は無かったが。
 聞くところ、岳は週に何度も来ているらしく、その所為か会わない日の方が少なかった。

 岳が加わっても、会話に変化は殆ど無い。
 というのも岳は無口なので、殆ど会話に加わってくることが無いからだ。
 それでも大智は『ただそこに居てくれるだけで嬉しいんだ』と言っていた事があった。
 岳もきっと何度も来るという行動から、一緒にいるだけで安らげる仲なのだろうと思う。

 三度目のノックが聞こえて、昼食を持ったナースが入室してきた。
そこで、正午になったと気付く。
 立ち上がり、ナースの邪魔にならないよう椅子を移動させる。岳も反射的に、同じ行動をとっていた。

「売店行って来る、なんか欲しいものある?」
「ううん無いよ、ありがとう」
「岳さんも行かない?」
「…えっと、私は…もう少し…後で…」
「分かった」

 売店に向かう途中、院内に少し違和感を覚えた。いつもより少しだけ賑わっている気がする。
 院内で行事が催される日は、今日みたいに少し人が多いのだが、今日は確か何の行事も無かった筈だ。
 きっと見舞い客が集ったのだろうと流し、売店に並ぶメニューに視点をあわせた。

 玉子サンドイッチとシャケおにぎりと、缶珈琲の入ったレジ袋を提げながら部屋へと戻る。
 歩いていると、遠くから忙しそうな男性の声が聞こえた。

「泉戸君!泉戸君!待ちなさい、泉戸くん!!」

 無意識に声のする方向を見ると、走ってくる青年と医師の姿が見えた。青年は前が見えていないのか、そのまま真っ直ぐぶつかってくる。
 鈴夜は一瞬よろめいたが、尻餅を付く事は無かった。尻餅をついたのは、向こうからやって来た青年だった。

 青年は状況に対応し切れていないのか、空ろな目で呆としている。
 その為直ぐに、医師に追いつかれていた。その医師の胸元についているバッチには、¨精神科¨の文字があった。

「泉戸君、勝手に出て行っちゃ駄目だろう。戻るよ」

 そう言い聞かせて、医師は鈴夜を見、一礼する。

「ごめんなさいね、大丈夫でしたか?」
「あ、大丈夫です」

 きっとこの青年は精神科の患者で、部屋から逃げ出したのだろう。
 この病院は様々な科が多く存在している病院で、内科や外科、精神科や整形などがあると、玄関の案内にもあった。

 医師は、背丈はあるものの細身である青年を軽々と抱えて、元来た道を帰っていった。青年は逃げてきていた割に抵抗せず、大人しく抱え上げられていた。

「戻ったよー」
「おかえり」

 食事を開始していた大智は、その手を止め、微笑み迎える。

「岳、いって来たら?」
「…じゃあ、いって来ます」

 そして、送り出す。
 そう言えば、大智の言葉に岳が反論した場面を見た事がない。そもそも、嫌がるような発言を大智がしないから、当たり前といえばそうなるが。

「今日は何買って来たの?」
「えっとねー…」

 袋から買ってきたものを出しながら説明すると、大智はただ楽しそうに説明に耳を傾ける。
 そして聞き終わると、欲しいとは言わずに、自分に用意された料理をまた食べ始めた。

「そうそう、そう言えば今日って」

 鈴夜の声を遮るかのように、扉が急に開いた。ノックも無しに開いたものだから、驚いて声を飲み込んでしまう。
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