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疲れて眠ってしまった後の、目覚めは最悪だ。
はっきりとは覚えていないが、夢の中まで大智の訃報を聞いていた気がする。
「…あれ…?淑兄…?」
数分後、やっと意識がはっきりとしてきた頃、横にいたはずの淑瑠がいない事に気がついた。
泣き疲れた体を起こし、淑瑠の姿を探す。と、淑瑠の気配が洗面所からした。
だが別の気配に、鈴夜は入室をやめた。
多分、淑瑠は嘔吐している。
部屋の外で待機するのも辛くなり、結局元の部屋に戻ってベッドに座り暫く待っていたが、淑瑠は長々戻ってこなかった。
大智のことが、余程衝撃だったのだろうか。
でも、分かる気がする。
淑瑠と大智は自分が引っ越してこの町の外にいた時も、ずっと付き合いを共にしてきた親しい友人なのだから。その友人が、殺されたのだから。
思い出すと、また涙が出そうになった。だが、まだ現実味を感じられないのも事実だ。
鈴夜は少し躊躇ったが、事件の全貌を把握しようと携帯を手にした。
現代と言うのは、恐れさえ抱く程情報の回りが早い。昨日の出来事だと言っていた筈なのに、既にたくさんの情報が並べられていた。
――――事件の概要は、こうだ。
大智は昨日、病院の裏庭で腹部から血を流している状態で発見されたらしい。発見当時大智は、胸元に手を当てていた、ということだ。
その状況からの、推理もされていた。
殺害時刻は一昨日未明で、大智は消灯時間後、何者かに呼び出され、小型刃物で腹部を刺された。
だが、直接の死因は腹部への攻撃からではなく、その衝撃で起こした発作によるものだと書かれていた。
鈴夜は、書かれた文字から思い描いた状況に寒気を覚えた。恐らく淑瑠も、この状況を知ったのだろう。
大智の味わった苦しみを考えると、また涙が溢れてきて胸が苦しくなった。涙で瞳が潤んで、画面が見えなくなる。
「鈴夜、大丈夫…?」
携帯をベッドに置き、項垂れて涙を落とす鈴夜の上に、淑瑠の慰めが降る。
ゆっくりと顔を上げてその表情を見ると、まだ蒼褪めていたものの確りとしていた。
「私は、少し出かけてくるよ」
「えっ…?」
そう言って鈴夜の横を過ぎ去った淑瑠の瞳は、冷酷で冷たい、だけど何かを見据えているような鋭い目をしていた。
きっと、大智に関わる何かをしに行くに違いない。
「…待って!」
振り向いた淑瑠は、何時もの優しい顔をしていた。
「僕も、行く…!」
「鈴夜は、体大丈夫なの?」
昨日、フラフラとしていた姿を見ているからだろう。心配されるのも可笑しくない。
けれど、ここで何もしないのは嫌だった。
「…少し病院に行ってみるだけだよ」
「僕も…行く…」
大智の部屋に行って、安堵できる何かがある訳ではないだろう。寧ろ待っているのは、先程目にしたここに存在しているだけの現実だとしても、確かめずにはいられないのだ。
「分かった」
***
今日は久しぶりに暖かい日差しが差していて、春にも似た陽気を作り出していた。
いつもは有り難い光も、今日はとても痛く感じる。
病院に着き外観を見ると、いつも通りの雰囲気がそこにあった。そのため、鈴夜と淑瑠は茫然としてしまった。
いつも通り見舞いに来る見舞い客も、少なくは思えたが変わらず居る。
もしかしたら、なんて期待が膨らんでしまった。
鈴夜は淑瑠と共に院内に入り、部屋へと向かう。
けれど気がついてしまった、その道中に何人もの警官らしき人間がいることに。
部屋に向かう一本道に差し掛かると、部屋のある方向から怒鳴り声が聞こえた。
「だから早く犯人捜せってんだよ!!何でそう冷静にしてられんだ!!」
「君!やめなさい!!」
声の方に走ってゆくと、依仁がそこにいた警官に殴りかかろうとしていた。もう一人の警官に、押さえつけられていたが。
「依仁!?」
淑瑠の声に気付いた依仁が、反射的で二人を見た。
「淑瑠…」
表情は殺気立っていて、でも酷く疲れきっていた。
どうやら、依仁と淑瑠も親しい仲であるらしい。
同じ小学校に通っていたんだろうと予想はしていたものの、下の名で呼び合うほど付き合いが深いとは知らなかった。
「貴方たちはあの方の、そして綾崎さんのお知り合いの方ですか?」
後ろから新たに現われた刑事が、依仁を見遣り鈴夜達に尋ねてきた。
その問い掛けに、冷静にだが冷たい目で、淑瑠が回答する。
「はい、そうですが」
「綾崎さんと最後に会われたのは何時ですか?」
「えっ…?」
これは世に言う、事情聴衆という奴だろう。まるで、自分が疑われているみたいで気分が悪い。
だが、嘘をつく理由も答えない理由もなく、聞かれた事は全て答えた。
「ご協力ありがとうございました」
「…あの、何か分かれば教えて頂いてもいいですか?」
「話せることでしたら」
刑事の意味深な答えに一瞬眉を顰めそうになったが、気持ちを抑えてお辞儀をした。
「…あの、大智とは…会えませんか?」
「…それについては、ご家族の方が何方にも合わせたくないと仰っていましたので、申し訳ありませんが」
「……そうですか…」
淑瑠は受け取った言葉を素直に受け入れ、素早く踵を返した。鈴夜も、続いて踵を返す。
暫く廊下を歩いたところで、後ろから依仁の声がした。
「ちょっと待てよ!」
呼び止められ振り返り見る淑瑠の瞳は、先程出かけると言った時の冷たい瞳に似ていた。
「依仁、君は目立ちすぎだよ、もう少し大人しくした方が良い」
「なんだと?」
「…鈴夜、少し先に行っていてくれるかな?」
「あ、うん…」
鈴夜は二人が持つオーラに吃驚してしまって、ただ従う事しか選べなかった。
こんなに冷たい空気を他人に向ける淑瑠を、今まで見た事はなかった物だから恐怖すら感じた。
鈴夜は一人、病院の外に出た。このまま帰ってしまう事も出来ただろう、だがなぜかそうする事が出来なかった。
確か、事件現場は病院裏だと言っていたな。
ふらふらと、鈴夜は現場の裏庭に向かった。
だが、そこに近付くことは、勿論出来なかった。多数の刑事がそこらを見張る姿と、規制線が遠目でも確認できる。
こんなに近くで、大智は殺されたんだ。誰かに呼び出されて、ナイフで刺されて。
鈴夜は情報に、途轍もない違和を感じた。
大智は誰かに恨まれていたのだろうか。呼び出されて、殺されるなんて。
大智も大智だ、付いてゆくなんて危ないとは思わなかったのだろうか。
「あれっ?水無さんじゃないですか!」
声に振り向くと、先ほど歩いてきた方向から美音が走ってきた。
「こんなところで何してるんですか?…あっ…」
美音は鈴夜が見ていた景色を視界に入れると、何かを悟ったのか口を噤む。
「ごめんなさい…あの、大丈夫ですか…?」
どうやら美音は、大智に遭った出来事を知っているらしい。
「……ちょっと大丈夫じゃないかも…しれないです…」
鈴夜は受け入れたくない現実を、受け入れなければならない事に疲れきっていた。
風邪がぶり返したのか、体調も思わしくない。
「ですよね。大智さん優しかったのに…なんでだろ…」
「…本当…ですよ…」
美音はとても悲しそうな顔をして、現場を見据える。
「鈴夜さん、気を確かに持ってくださいね!」
鈴夜が頷いたのを確認すると、美音は去っていった。
どうやら、姿を見かけて、わざわざ声をかけに来てくれていたらしい。
鈴夜は、ただただ無念に駆られて黒くざわつく心を静める術を考えることも出来ず、仕方なく帰宅を決めた。
帰り際、病院の入り口に立っている凜を見かけたが、声を掛ける気にもなれずそのまま家へと向かった。
凜は真剣な眼差しで、院内のどこかを見据えていた。
はっきりとは覚えていないが、夢の中まで大智の訃報を聞いていた気がする。
「…あれ…?淑兄…?」
数分後、やっと意識がはっきりとしてきた頃、横にいたはずの淑瑠がいない事に気がついた。
泣き疲れた体を起こし、淑瑠の姿を探す。と、淑瑠の気配が洗面所からした。
だが別の気配に、鈴夜は入室をやめた。
多分、淑瑠は嘔吐している。
部屋の外で待機するのも辛くなり、結局元の部屋に戻ってベッドに座り暫く待っていたが、淑瑠は長々戻ってこなかった。
大智のことが、余程衝撃だったのだろうか。
でも、分かる気がする。
淑瑠と大智は自分が引っ越してこの町の外にいた時も、ずっと付き合いを共にしてきた親しい友人なのだから。その友人が、殺されたのだから。
思い出すと、また涙が出そうになった。だが、まだ現実味を感じられないのも事実だ。
鈴夜は少し躊躇ったが、事件の全貌を把握しようと携帯を手にした。
現代と言うのは、恐れさえ抱く程情報の回りが早い。昨日の出来事だと言っていた筈なのに、既にたくさんの情報が並べられていた。
――――事件の概要は、こうだ。
大智は昨日、病院の裏庭で腹部から血を流している状態で発見されたらしい。発見当時大智は、胸元に手を当てていた、ということだ。
その状況からの、推理もされていた。
殺害時刻は一昨日未明で、大智は消灯時間後、何者かに呼び出され、小型刃物で腹部を刺された。
だが、直接の死因は腹部への攻撃からではなく、その衝撃で起こした発作によるものだと書かれていた。
鈴夜は、書かれた文字から思い描いた状況に寒気を覚えた。恐らく淑瑠も、この状況を知ったのだろう。
大智の味わった苦しみを考えると、また涙が溢れてきて胸が苦しくなった。涙で瞳が潤んで、画面が見えなくなる。
「鈴夜、大丈夫…?」
携帯をベッドに置き、項垂れて涙を落とす鈴夜の上に、淑瑠の慰めが降る。
ゆっくりと顔を上げてその表情を見ると、まだ蒼褪めていたものの確りとしていた。
「私は、少し出かけてくるよ」
「えっ…?」
そう言って鈴夜の横を過ぎ去った淑瑠の瞳は、冷酷で冷たい、だけど何かを見据えているような鋭い目をしていた。
きっと、大智に関わる何かをしに行くに違いない。
「…待って!」
振り向いた淑瑠は、何時もの優しい顔をしていた。
「僕も、行く…!」
「鈴夜は、体大丈夫なの?」
昨日、フラフラとしていた姿を見ているからだろう。心配されるのも可笑しくない。
けれど、ここで何もしないのは嫌だった。
「…少し病院に行ってみるだけだよ」
「僕も…行く…」
大智の部屋に行って、安堵できる何かがある訳ではないだろう。寧ろ待っているのは、先程目にしたここに存在しているだけの現実だとしても、確かめずにはいられないのだ。
「分かった」
***
今日は久しぶりに暖かい日差しが差していて、春にも似た陽気を作り出していた。
いつもは有り難い光も、今日はとても痛く感じる。
病院に着き外観を見ると、いつも通りの雰囲気がそこにあった。そのため、鈴夜と淑瑠は茫然としてしまった。
いつも通り見舞いに来る見舞い客も、少なくは思えたが変わらず居る。
もしかしたら、なんて期待が膨らんでしまった。
鈴夜は淑瑠と共に院内に入り、部屋へと向かう。
けれど気がついてしまった、その道中に何人もの警官らしき人間がいることに。
部屋に向かう一本道に差し掛かると、部屋のある方向から怒鳴り声が聞こえた。
「だから早く犯人捜せってんだよ!!何でそう冷静にしてられんだ!!」
「君!やめなさい!!」
声の方に走ってゆくと、依仁がそこにいた警官に殴りかかろうとしていた。もう一人の警官に、押さえつけられていたが。
「依仁!?」
淑瑠の声に気付いた依仁が、反射的で二人を見た。
「淑瑠…」
表情は殺気立っていて、でも酷く疲れきっていた。
どうやら、依仁と淑瑠も親しい仲であるらしい。
同じ小学校に通っていたんだろうと予想はしていたものの、下の名で呼び合うほど付き合いが深いとは知らなかった。
「貴方たちはあの方の、そして綾崎さんのお知り合いの方ですか?」
後ろから新たに現われた刑事が、依仁を見遣り鈴夜達に尋ねてきた。
その問い掛けに、冷静にだが冷たい目で、淑瑠が回答する。
「はい、そうですが」
「綾崎さんと最後に会われたのは何時ですか?」
「えっ…?」
これは世に言う、事情聴衆という奴だろう。まるで、自分が疑われているみたいで気分が悪い。
だが、嘘をつく理由も答えない理由もなく、聞かれた事は全て答えた。
「ご協力ありがとうございました」
「…あの、何か分かれば教えて頂いてもいいですか?」
「話せることでしたら」
刑事の意味深な答えに一瞬眉を顰めそうになったが、気持ちを抑えてお辞儀をした。
「…あの、大智とは…会えませんか?」
「…それについては、ご家族の方が何方にも合わせたくないと仰っていましたので、申し訳ありませんが」
「……そうですか…」
淑瑠は受け取った言葉を素直に受け入れ、素早く踵を返した。鈴夜も、続いて踵を返す。
暫く廊下を歩いたところで、後ろから依仁の声がした。
「ちょっと待てよ!」
呼び止められ振り返り見る淑瑠の瞳は、先程出かけると言った時の冷たい瞳に似ていた。
「依仁、君は目立ちすぎだよ、もう少し大人しくした方が良い」
「なんだと?」
「…鈴夜、少し先に行っていてくれるかな?」
「あ、うん…」
鈴夜は二人が持つオーラに吃驚してしまって、ただ従う事しか選べなかった。
こんなに冷たい空気を他人に向ける淑瑠を、今まで見た事はなかった物だから恐怖すら感じた。
鈴夜は一人、病院の外に出た。このまま帰ってしまう事も出来ただろう、だがなぜかそうする事が出来なかった。
確か、事件現場は病院裏だと言っていたな。
ふらふらと、鈴夜は現場の裏庭に向かった。
だが、そこに近付くことは、勿論出来なかった。多数の刑事がそこらを見張る姿と、規制線が遠目でも確認できる。
こんなに近くで、大智は殺されたんだ。誰かに呼び出されて、ナイフで刺されて。
鈴夜は情報に、途轍もない違和を感じた。
大智は誰かに恨まれていたのだろうか。呼び出されて、殺されるなんて。
大智も大智だ、付いてゆくなんて危ないとは思わなかったのだろうか。
「あれっ?水無さんじゃないですか!」
声に振り向くと、先ほど歩いてきた方向から美音が走ってきた。
「こんなところで何してるんですか?…あっ…」
美音は鈴夜が見ていた景色を視界に入れると、何かを悟ったのか口を噤む。
「ごめんなさい…あの、大丈夫ですか…?」
どうやら美音は、大智に遭った出来事を知っているらしい。
「……ちょっと大丈夫じゃないかも…しれないです…」
鈴夜は受け入れたくない現実を、受け入れなければならない事に疲れきっていた。
風邪がぶり返したのか、体調も思わしくない。
「ですよね。大智さん優しかったのに…なんでだろ…」
「…本当…ですよ…」
美音はとても悲しそうな顔をして、現場を見据える。
「鈴夜さん、気を確かに持ってくださいね!」
鈴夜が頷いたのを確認すると、美音は去っていった。
どうやら、姿を見かけて、わざわざ声をかけに来てくれていたらしい。
鈴夜は、ただただ無念に駆られて黒くざわつく心を静める術を考えることも出来ず、仕方なく帰宅を決めた。
帰り際、病院の入り口に立っている凜を見かけたが、声を掛ける気にもなれずそのまま家へと向かった。
凜は真剣な眼差しで、院内のどこかを見据えていた。
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