Criminal marrygoraund

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 長い長い夜が明け、次の朝がやってきた。まだ淡い朝日が、カーテンの隙間から鈴夜の目元を照らす。
 結局思考は止まってくれずに、鈴夜はまた殆ど眠れなかった。
 頭が重い、体もだるい。けれど朝日が昇ったなら、するべき行動は一つしかない。
 まだ暫く淑瑠は来ないだろうと考え、書置き無しに部屋を出た。

 廊下はまだ、殆ど人がいなかった。ちらほらと見かける程度だ。
 ナースステーションからは時間に関わらず、早朝から忙しい声が聞こえてきている。
 鈴夜はナースステーションを早歩きで通り過ぎ、通信可能エリアに向かった。

 途中また、あの人物に出会った。空ろな瞳が鈴夜にも気付かず、ただ目前を見詰めている。
 今朝は珍しく、廊下にあるソファーに座り込んだ状態だった。
 今は岳と連絡を取るのが最優先だと考え、申し訳なさもあったが、飛翔の前を通り過ぎようと試みた。
 だが、阻止されてしまった。指先がまた裾を掴んだのだ。

「…ごめん飛翔君、今急いでるんだ」

 静かな声で切実に気持ちを伝える。
 この間も分かってくれたのだから、きっと分かってくれるだろうと考えたのだ。

「…………怒ってるの…?」

 だが、返ってきた答えが鈴夜にとっては意外で、驚いて若干うろたえてしまった。
 自覚は無かったが、声色に怒気でも含んでしまっていただろうか。

「…お…怒ってないよ…?」

 もし怖がらせていたらいけないと思い、先程よりもゆっくりと、且つ小さな声で否定した。
 だが返答は、またも意外なものだった。

「…………許してくれるの…?」

 最早会話が噛み合っておらず、鈴夜は返答に困ってしまう。
 だが今は一秒でも早く目的地に辿り着きたくて、意味も分からないまま肯定した。

「…………ありがとう」

 飛翔は動かない表情のままで囁き、裾を離した。
 鈴夜は、それこそ感謝される理由が分からず困惑したが、解放に意識が向き、理由の追求は無しにした。

 通信可能エリアにも、人は居なかった。
 固定電話が幾つか壁に並ぶ姿が、異様な光景に見える。誰もいなくなった町のような静けさが、そう錯覚させるのだろうか。
 鈴夜は携帯履歴を表示し目の前に掲げると、大きく息を吸って吐いてからリダイヤルした。

 繋がりますように、繋がりますように…!
 心の中で、何度も何度も叫ぶ。
 岳まで救えなかったら、自分が壊れてしまう気がしている。自分の為にも、岳を救わせて欲しい。
 鈴夜は必死に願いながら、何秒も何分もコールし続けた。

 だが願いは空しく、電話は繋がらなかった。
 …涙が出そうだ。
 早朝だから、まだ起きられないだけかもしれない。マナーモードにしていて気付かないだけかもしれない。
 線は薄いが、もしかしたらどこかへ外出しているのかもしれない。
 様々な可能性を考え、自分を落ち着かせようとする。
 だが、やはり難しいようで、岳の不幸ばかり思い描いてしまった。

 気持ちが治まらず、その後何度かコールしたものの、結局最後まで繋がる事は無かった。

 後ろから気配を感じ振り向くと、鼻が高めで目付きの鋭い女性が立っていた。
 鈴夜は病院服を纏い頭に包帯を巻いたこの女性を、どこかで見ている気がして記憶の中を漁る。
 そうだ、この人は大智の事件の情報を訪ねてきた女性警官だ。確か、名詞を貰ったはずだったが。
 名前と職業を思い出すと同時に、姿と役職から無意識の中想定した。
 彼女は、もしかして凛と共に襲われたという…

「傷はもう大丈夫なの?」

 考えている中、急に訪ねられて鈴夜は対応に追われた。

「え、ええっとまぁ…」
「動揺してどうしたの?」

 さすが警官だ、鋭い。目付きは表情を捉えるためか、真っ直ぐに鈴夜の顔を捉えている。

「いいえ、あの…大塚さん…は…」

 尋ねていいものか迷い、曖昧な切り出しになってしまった。
 凜の事件について考えると、鼓動が激しく脈打つ。

「気を張らなくてもいいわ」
「あっ、はい…」

 緊張を見抜いたねいは、言葉だけでそう言った。表情は硬く、極端な話怒っているようにも見える。それに加えて、警官だと思うとやはり気を張ってしまうものだ。

「無様でしょう」

 放たれた、自己を侮辱するかの発言に、鈴夜は戸惑う。
 ねいは服と額に交互に視線を移動させると、分かりやすい溜め息を吐いた。

「…大丈夫ですか…?」
「大丈夫よ、動けるし痛みもあまりないから、ただ…」

 ねいは、事件のもう一人の被害者であると確信されている部分には目もくれず、現状をぽつりと零した。

「幾らか記憶が抜けちゃって、もどかしいの」

 鈴夜は改めて、額に巻かれた包帯を見た。
 …確か凶器は拳銃だと言っていた気がしたが。
 青い顔で包帯を見詰めていると、ねいが視線を汲み取ったのか唐突に放つ。

「頭の方は倒れた時に打ち付けただけよ、銃で撃たれたのはこっち」

 指差したのは腹部だった。鈴夜とは反対側で、位置としては少し上くらいだ。

「一緒ね」

 顔を上げたねいの、鋭い視線かぶつかり背筋が凍る。

「そう言えば、事件の日の事聞いてもいいかしら?」

 静かな声であるにも関わらず、鈴夜にはとても重圧的に感じた。
 事件当時の光景を一気に思い出し、息苦しくなる。

「……まだ無理そうね、早々に思い出させて悪かったわ」

 ねいは謝罪すると、鈴夜を通り越し固定電話の前に立った。
そして、ダイヤルを押しだした。
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