Criminal marrygoraund

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 今日は土曜日だ。
 鈴夜は、ゆっくりと明けてゆく空を窓越しに見ていた。

「あっ、起きてたの。お早う鈴夜」 

 やってきた淑瑠は、布団に体を埋め、仰向けで寝転がる鈴夜の前に来て屈むと、にっこりと微笑んできた。
 その為、鈴夜も直ぐに微笑み返す。
 近くから、レジ袋のカサカサという音が聞こえた。

「…おはよう淑兄」

 結局あの後、泣き止むまで車内にいた。
 淑瑠には電話で¨歩に送ってもらい、帰って直ぐに仮眠を取るつもりだ¨と嘘を吐き、対面を避ける事で泣き顔を見られないよう図った。
 だから淑瑠は、昨日の涙を知らない。

「…眠れた?」
「…うん、少しは」

 本当は全く眠れていないが、淑瑠にまで心配をかけたくなくて、鈴夜は反射的に繕っていた。

「…昨日はお疲れ様、大丈夫だった?」
「…大丈夫だよ、仕事も減らしてもらったし」
「そっか、なら良かった」

 淑瑠は微笑む。
 心配を残した笑顔だと気付きつつ、鈴夜は敢えて何も言わなかった。
 大智と飛翔の繋がりを、悲劇のどこかに存在するであろう事件の可能性を、淑瑠には絶対に知られていはいけない。
 CHS事件の直接的な関係者である、淑瑠には絶対に。

「今日は簡単な朝食でも作ってみようか」

 淑瑠はレジ袋を持ち上げ、また笑って見せた。中には、レタスや玉子等が入っている。
 きっとまた、ハンバーグを作った日と同じ思惑を持って提案をしてきたのだろう。
 出来るだけ、考え事から遠ざけようとの思いの元で。

「…うん、分かった」

 鈴夜はその優しさを受け取り、ゆっくりと上体を起こした。


 勇之は早朝より、とある場所へと来ていた。まだ誰もいない空間で、目的の位置へと歩いてゆく。
 勇之の前に広がるのは、一面が同じ形の石の造形物で埋め尽くされた―――墓場だった。
 小さな花束を持って歩いてゆき、端の方の、見るからにみすぼらしい墓に辿り着く。

 墓には他に誰も来ていないのか、新しい花は供えられておらず、前に勇之が持って来た物が枯れた状態で放置されていた。
 勇之は持っていた花束を手前に置くと、枯れた花を排除し、新しく生ける。
 そして、静かに手を合わせた。

 短い祈りを捧げ目を開くと、墓石に向かって笑って見せる。
 不気味な笑顔ではなく、少し固い笑顔で。


 岳と志喜は、鈴夜の家へと向かっていた。
 仕事が休みの日に、もう一度訪問しようと考えていたのだ。

 鈴夜の家のチャイムが鳴った。
 鈴夜は淑瑠の違和感を買わないよう、思考を止め直ぐ対応する。

『はい』
『…おはようございます…岳です』
『おはよう、来てくれたの?』
『…はい、篠原さんも一緒です』
『ありがとう、出るね』

 鈴夜は、変わらない態度で応答し続けた。岳にも志喜にも、淑瑠同様悩みの種を曝す事は出来ない。
 扉が開くと、岳はふわりと微笑み、志喜も笑った。
 いつも通りの雰囲気から、二人がまだ飛翔の件を耳にしていないのだと悟る。
 ただ、飛翔が同じ小学校にいた事を忘れているだけかもしれないが。

「入って」
「失礼します」

 この前と同じく、部屋の中まで招く。内面で渦巻く暗闇は、必死に隠した。

 4人はまた、他愛ない会話を繰り返していた。
 本日は岳が、様々な種類の飲み物を、志喜がお菓子を持ってきてくれて、それらを囲んで会話していた。
 お代わりを入れたタイミングで、ポットの中のお湯が少なくなった事に気付いた淑瑠が、ゆっくりと立ち上がる。

「お湯沸かすね、コップも一回洗おうか」
「手伝おっか」

 呆とする鈴夜が反応する前に、志喜が反応し立ち上がろうとしたのを岳が止めた。

「わ、私がやりますよ、榛原さんは座ってて下さい」

 言いながら、せっせとコップを手に集め始める。様々な種類の飲み物を入れるのに何個も使っていた為、重ねたコップはたくさんになった。

「ん?ならお願いしようかな」
「あっ、いいよ、やるよ」

 鈴夜ははっとなり、即座に動こうと努めた。放心していたのは事実だが、時間的には短かった為、岳は気付いていない模様だ。

「いいですよ運びます、鈴夜さんは座っていてください」

 にっこりと微笑みそう言われ、唖然としながらも受け入れた。
 岳は連なるコップを軽々持ち、キッチンへと向かった。

「…水無さん、大丈夫?」
「えっ?」

 どうやら志喜の方は、放心に気付いていたらしい。
 小声で尋ねられ少し戸惑う。

「…なんか思い詰めとるみたいだったから…来た時声も沈んどったし、上がって大丈夫だったかな?」

 志喜はインターホンで対応した時、既に声色の変化に気付いていたというのだ。

「…うん…大丈夫、ごめん…」
「無理しんようにな」

 志喜は内容を訊ねる事も、それ以上何か言う事も無く、強く笑ってみせた。

「…ありがとう」

 少しだけ、俯いていた気持ちが楽になるのを感じた。

 キッチンの方では、隣でコップを洗う岳の答えを、淑瑠がじっと待っているところだった。
 先程、志喜について尋ねられたのだが、淑瑠がどんな気持ちを抱いて尋ねてきたか何と無く理解出来てしまった岳は、回答に躊躇いを感じていたのだ。

「……素直に答えてくれてもいいよ、別に榛原さんを疑ってるわけじゃないから」

 補足に、深く安堵する。
 そう、淑瑠が少なからず、志喜に対し警戒心を抱いているのは岳も知っていた。
 その上で鈴夜の家に行く志喜を止めなかったのは、性格上、言えなかっただけの話だ。

「…良い人、だよ…勿論始めは私も疑ったけど…どうでもよくなってくるんだ…」
「…どうでも?」

 疑いを放棄しようと思う気持ちに理解が示せず、淑瑠は首を傾げる。

「…寧ろ疑う事が申し訳なくなってくるくらい優しいんだ、人の為に生きているというか…」

 志喜の優しさを理解してもらおうと、岳は不器用なりに必死に単語を並べたてる。厳しい批判をされる覚悟で。
 だが、心配は無用だった。

「…そっか、うん、直接聞けて良かったよ」

 淑瑠が微笑んだのだ。しかも作り笑いではなさそうな心からの笑顔で。

「信じようって思いながらも、どこか信じられなくて…でも岳が言うなら信じてもいいかな」
「…本当…?」

 岳は嬉しかった。自分の言葉が信じてもらえた事も、志喜を信じようとしてくれていた事も、大丈夫だと確信してくれた事も。
 お湯の沸いた音がキューと鳴り出して、淑瑠は火を止める。

「コップありがとう、もう一回持ってくの頼める?」
「…うん」

 岳は、綺麗になったコップを、少し照れ笑いながら手に持った。

「…友達は大事にしなよ」
「………うん」

 淑瑠は、薬缶を持った手とは反対の手で扉を開いた。岳は、開かれた扉を潜った。
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