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夜が明けた。乾いた瞳で窓向こうを見ると、また雪がちらついていた。漸くアスファルトが見え出したばかりだというのに、また積もってしまいそうだ。
今日は日曜だ。
携帯で時刻を確認したが、淑瑠がやって来るまでに暫く時間がありそうだ。
結局、分からない事が数多く残ったままで、問題は増え、時間は刻々と過ぎてゆく。
何故、自分が撃たれなければならなかったのか。
勇之はどうして、自分に危害を加えたのか。
飛翔が生きる道は無かったのか。
大智と飛翔は、どうして対立してしまったのか。
大智はどんな気持ちで死んでいったのか。
凜を殺したのは誰か。
依仁は今も復讐に燃えているのか。
樹野の言っていた事は、どういう事なのか。
誰が加害者で誰が被害者なのか、誰が悪いのか。
岳はどうしたのだろうか、志喜と上手くやっているのだろうか。
CHS事件とは結局、どんな事件だったのだろうか。
この先、平凡な未来は訪れてくれるのだろうか―――。
この他にもまだまだ存在する様々な疑問や問題が、一気に脳内を飽和して鈴夜を追い詰める。
考えていると、また息苦しくなってきて、無意識に胸を押さえつけた。
◇
樹野はゴミだしをしていた。
家から少し出て直ぐに帰るから、あまり防寒はしなくてもいいだろうと比較的軽装で階段を降りる。
「やぁ、樹野」
「ゆ、勇之君…ど、どうしたの?」
階段を出て直ぐ右側の壁に背を預けた状態で、勇之は右手を上げていた。今日は珍しく、暖かそうな私服だ。
「樹野にちょっと教えてあげたい事があって待ってたよ。今日仕事は?」
「…えっと、お休み…だけど…」
樹野は勇之がどうしてか怖くて、怯えを隠す事が出来なかった。
「…じゃあ依仁は来ないね」
「えっ?」
樹野はゆっくりとした足並みで近付いてくる勇之から、気付かれないように浅く身を引いた。
◇
淑瑠が部屋にやってきた時、鈴夜は横向きで、掛け布団を頭まで被った状態にあった。
静かな呼吸音から眠っているのだと考え、淑瑠は静かに椅子へと腰掛ける。
そしてから、持って来た広告を広げ、見始めた。
◇
「緑、良い事教えてあげる」
警察署の入り口を潜って早々、横から口を出され、緑は呆然とし立ち止まってしまっていた。
「吃驚するので、突然現れるのやめてもらえますか?」
陰から出てきたねいは、控え目な、けれど嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「早く伝えたかったのよ」
緑は、ねいが逸っているのを見て、小さく分からない程度の溜め息を吐いた。
「また新たにCHS関係者の居場所が分かったわ、動向を知りたいからまた探ってもらえる?」
真っ直ぐ自分だけを見て話すねいの変わりに、軽く辺りを見回す。
少々遠目に人は見えるものの、どうやら自分達の話を聞いている者は居なさそうだ。
「……こんなに堂々とやめませんか」
小声で忠告すると、ねいも流石に不味いと思ったのか声を顰めた。
「…皆に勘付かれる前に、早くお終いにしてしまいたいの。緑だってそうでしょ?それに泉さんにはもう勘付かれているみたいだしね」
緑は凍る背筋をねいから背け、滲み出す気持ちを隠した。
「…これらの事件にCHSが関わってるなんて知られたら、私達大変な事になるものね」
◇
ふわりと樹野の肩にかかったのは、勇之の着ていたコートだった。比較的軽めの、だけど温もりを残したコート。
「寒そうだったから」
「…え、えっと、ありがとう」
折角の温度を逃さないようにと、樹野は両手で素材を密着させる。
「…依仁の話なんだけどさ」
「…うん」
巻き戻され、緊張が走った。良い話では無いと聞かなくとも分かる。
「……その前に樹野は、一連の事件がCHS事件に関わってるって事は知ってる?」
樹野は断言に驚きつつも、予想通りだった事実を素直に受け止めていた。
「…え、あ…やっぱりそうだったんだ…」
「依仁からそういう話聞かなかったの?」
「…うん…」
「酷いなぁ、教えてあげればいいのに…」
依仁が隠していたのは自分の為なのだと、樹野自身分かっていた。だから、勇之の皮肉が痛かった。
「依仁ね、犯人探してるんだって」
「えっ…!?」
流れからは可笑しくない。けれど唐突な台詞に、樹野は丸い目を更に丸くする。
様子が可笑しいと感じた事は幾度とあったが、まさかそんな危険に首を突っ込んでいたなんて、思ってもみなかった。
「大智を殺したやつと、俊也を殺したやつに復讐するつもりらしいよ」
しかも、その理由がこれだ。
樹野は、反応が出来なかった。複雑な心境が絡み合い、何を言ったらいいか分からないのだ。
「…だから、樹野も依仁から離れた方がいいよ。もしかしたら樹野まで危険な目に合うかもしれないから」
樹野は勇之の心理が、今一理解できなかった。表面上の理解なら、容易なのだが。
勇之は、きょとんとする樹野の為、わざと詳しい補足を足した。
「…例えば、探されてるって分かった奴が、依仁と仲良しの樹野を脅しに使ったりとかね」
純粋な樹野には思いつく筈も無かった可能性を、勇之はオブラートも無しに、さらりと言い放って見せた。
樹野は悲惨な状況を想像し、一人青褪める。
「だから離れなよ、依仁には僕から言っておくからさ」
「…で、でも…」
依仁の気持ちを考え、つい否定の感情が先を行く。
勿論、関わりを持ち続ける事で危険に晒される結果になるのなら、距離を取り去りたいと思うのは本音だ。
「…これも依仁の為だよ?だって依仁樹野の事が好きみたいだから」
「…えっ」
勇之の発言に、状況にそぐわないと分かりながら樹野は頬を染めてしまった。
唯の勇之の見解なのか、依仁から聞いたのか、詳しいところが知りたい。
なんて思ってしまう。勿論聞けないが。
「だからさ」
「…ゆ、勇之君は、言わなくても良いよ…私ちゃんと依仁君に自分で言うから…」
頬を紅潮させたまま、その顔を隠すよう深く俯く樹野の言葉に、勇之はにやりと口角を吊り上げた。
今日は日曜だ。
携帯で時刻を確認したが、淑瑠がやって来るまでに暫く時間がありそうだ。
結局、分からない事が数多く残ったままで、問題は増え、時間は刻々と過ぎてゆく。
何故、自分が撃たれなければならなかったのか。
勇之はどうして、自分に危害を加えたのか。
飛翔が生きる道は無かったのか。
大智と飛翔は、どうして対立してしまったのか。
大智はどんな気持ちで死んでいったのか。
凜を殺したのは誰か。
依仁は今も復讐に燃えているのか。
樹野の言っていた事は、どういう事なのか。
誰が加害者で誰が被害者なのか、誰が悪いのか。
岳はどうしたのだろうか、志喜と上手くやっているのだろうか。
CHS事件とは結局、どんな事件だったのだろうか。
この先、平凡な未来は訪れてくれるのだろうか―――。
この他にもまだまだ存在する様々な疑問や問題が、一気に脳内を飽和して鈴夜を追い詰める。
考えていると、また息苦しくなってきて、無意識に胸を押さえつけた。
◇
樹野はゴミだしをしていた。
家から少し出て直ぐに帰るから、あまり防寒はしなくてもいいだろうと比較的軽装で階段を降りる。
「やぁ、樹野」
「ゆ、勇之君…ど、どうしたの?」
階段を出て直ぐ右側の壁に背を預けた状態で、勇之は右手を上げていた。今日は珍しく、暖かそうな私服だ。
「樹野にちょっと教えてあげたい事があって待ってたよ。今日仕事は?」
「…えっと、お休み…だけど…」
樹野は勇之がどうしてか怖くて、怯えを隠す事が出来なかった。
「…じゃあ依仁は来ないね」
「えっ?」
樹野はゆっくりとした足並みで近付いてくる勇之から、気付かれないように浅く身を引いた。
◇
淑瑠が部屋にやってきた時、鈴夜は横向きで、掛け布団を頭まで被った状態にあった。
静かな呼吸音から眠っているのだと考え、淑瑠は静かに椅子へと腰掛ける。
そしてから、持って来た広告を広げ、見始めた。
◇
「緑、良い事教えてあげる」
警察署の入り口を潜って早々、横から口を出され、緑は呆然とし立ち止まってしまっていた。
「吃驚するので、突然現れるのやめてもらえますか?」
陰から出てきたねいは、控え目な、けれど嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「早く伝えたかったのよ」
緑は、ねいが逸っているのを見て、小さく分からない程度の溜め息を吐いた。
「また新たにCHS関係者の居場所が分かったわ、動向を知りたいからまた探ってもらえる?」
真っ直ぐ自分だけを見て話すねいの変わりに、軽く辺りを見回す。
少々遠目に人は見えるものの、どうやら自分達の話を聞いている者は居なさそうだ。
「……こんなに堂々とやめませんか」
小声で忠告すると、ねいも流石に不味いと思ったのか声を顰めた。
「…皆に勘付かれる前に、早くお終いにしてしまいたいの。緑だってそうでしょ?それに泉さんにはもう勘付かれているみたいだしね」
緑は凍る背筋をねいから背け、滲み出す気持ちを隠した。
「…これらの事件にCHSが関わってるなんて知られたら、私達大変な事になるものね」
◇
ふわりと樹野の肩にかかったのは、勇之の着ていたコートだった。比較的軽めの、だけど温もりを残したコート。
「寒そうだったから」
「…え、えっと、ありがとう」
折角の温度を逃さないようにと、樹野は両手で素材を密着させる。
「…依仁の話なんだけどさ」
「…うん」
巻き戻され、緊張が走った。良い話では無いと聞かなくとも分かる。
「……その前に樹野は、一連の事件がCHS事件に関わってるって事は知ってる?」
樹野は断言に驚きつつも、予想通りだった事実を素直に受け止めていた。
「…え、あ…やっぱりそうだったんだ…」
「依仁からそういう話聞かなかったの?」
「…うん…」
「酷いなぁ、教えてあげればいいのに…」
依仁が隠していたのは自分の為なのだと、樹野自身分かっていた。だから、勇之の皮肉が痛かった。
「依仁ね、犯人探してるんだって」
「えっ…!?」
流れからは可笑しくない。けれど唐突な台詞に、樹野は丸い目を更に丸くする。
様子が可笑しいと感じた事は幾度とあったが、まさかそんな危険に首を突っ込んでいたなんて、思ってもみなかった。
「大智を殺したやつと、俊也を殺したやつに復讐するつもりらしいよ」
しかも、その理由がこれだ。
樹野は、反応が出来なかった。複雑な心境が絡み合い、何を言ったらいいか分からないのだ。
「…だから、樹野も依仁から離れた方がいいよ。もしかしたら樹野まで危険な目に合うかもしれないから」
樹野は勇之の心理が、今一理解できなかった。表面上の理解なら、容易なのだが。
勇之は、きょとんとする樹野の為、わざと詳しい補足を足した。
「…例えば、探されてるって分かった奴が、依仁と仲良しの樹野を脅しに使ったりとかね」
純粋な樹野には思いつく筈も無かった可能性を、勇之はオブラートも無しに、さらりと言い放って見せた。
樹野は悲惨な状況を想像し、一人青褪める。
「だから離れなよ、依仁には僕から言っておくからさ」
「…で、でも…」
依仁の気持ちを考え、つい否定の感情が先を行く。
勿論、関わりを持ち続ける事で危険に晒される結果になるのなら、距離を取り去りたいと思うのは本音だ。
「…これも依仁の為だよ?だって依仁樹野の事が好きみたいだから」
「…えっ」
勇之の発言に、状況にそぐわないと分かりながら樹野は頬を染めてしまった。
唯の勇之の見解なのか、依仁から聞いたのか、詳しいところが知りたい。
なんて思ってしまう。勿論聞けないが。
「だからさ」
「…ゆ、勇之君は、言わなくても良いよ…私ちゃんと依仁君に自分で言うから…」
頬を紅潮させたまま、その顔を隠すよう深く俯く樹野の言葉に、勇之はにやりと口角を吊り上げた。
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