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【2】
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◇
繋がらずに、諦めて切った携帯の画面を見ながら、志喜は違和感を抱いていた。
だが、気のせいかもしれないと、意識的に軽く流してみる。
最近岳が、自分を避けているように感じる。
朝も、電話しても出てくれないし、家にも訪ねてこない。
こちらから訪ねても、家に居ないのか反応すらない事が多く、最初の日以来メールも返って来ない。
音信不通状態にあると言っても過言ではないだろう。
志喜は状況を軽く整理し、とある日を顧みる。
¨岳に何度電話をしても繋がらない¨と、鈴夜から急に連絡が入った日の事だ。
岳と仲良くなった、きっかけにもなったあの日―――。
あの日を思い出すと、妙に心配になってしまう。流れや状況は違えど、似ている箇所が多数存在する。
だから、とても心配だ。
志喜は解決の為、一先ず鈴夜に連絡してみようと決めた。
一緒に広告を見ていた鈴夜は、淑瑠に指摘され着信に気付いた。どうやらマナーモードを解除し忘れていたらしい。
「榛原さんからだ、出てくるね」
鈴夜は淑瑠を避けるように、無意識に廊下へと足を踏み出していた。
≪もしもし、お久しぶりです、体調とかどう?≫
≪…久しぶり、大丈夫だよ≫
≪急に電話ごめん、少し話聞いてくれんか?≫
淡々と進められ出てきた¨話¨との単語に、鈴夜はついつい構えてしまう。
≪は、話?≫
≪ちょっとした事やから、身構えなくていいよ≫
だが、その構えは声色で伝わってしまっていたらしく、志喜は柔らかな声で落ち着かせてくれた。
≪あのね、最近岳くんと連絡が取れないんだよ≫
≪えっ?≫
鈴夜は岳の様子の可笑しさが、志喜との関係から来ているのだと確信してしまった。
だが、二人の間に何かが起こるなど考え難い。
≪水無さん連絡取ったりしてる?≫
志喜の問いかけに、思わずぎくりとしてしまった。
連絡を超越し家に来ているなんて言ったら、避けられていると確信し、志喜が傷ついてしまうかも知れないと一瞬にして考える。
≪してる、よ…?≫
故に、少し誤魔化した。
志喜は答えから浮かべた可能性に、思考を回し間を作る。
≪…そっか、私何かしたかな…≫
≪………ま、また会ったら何気なく聞いてみるよ…≫
鈴夜は二人の間の溝を見たくなくて、勢いで申告していた。
志喜はまた、少しの時を置く。
その後に聞こえてきたのは、とても優しく、静かな笑い声だった。
≪ありがとう。でも良いよ、ちゃんと連絡取れているならいいんだ、安心した≫
やはり、志喜は優しすぎる。そんな二人に何があったのかを、鈴夜は知りたくなってしまった。
そしてまた、溝を埋めたいと思った。
≪…話してくれてありがとう≫
≪いや、寧ろ聞いてくれて有り難う。急にごめんな、じゃあまた≫
≪うん≫
切れた電話を、じっと見詰める。
今宵来てくれた時、岳に今の気持ちを率直に尋ねてみよう。
鈴夜は目的を据えた。
電話を切った志喜は、出てきた可能性を考慮し、事を解決する為、すぐメールツールを開いた。
◇
結局、あまり長引かないまま話が終わり、樹野は部屋に戻ってきていた。
話している間、貸してくれていたコートによって、体はあまり冷えていない。
勇之の優しさに、樹野の中のイメージは揺らぐ。
いや、それよりも考えるべきは依仁の事だ。
樹野は必死に、目的に潜む依仁の深層を考えた。
そして、自分はどうするべきか――――。
勇之の配慮を受け取り依仁と距離を取るべきか、依仁の行動自体を阻止するべきか、今まで通り何も知らない振りをするか―――。
どの選択が最善なのか、樹野は一日中考え込んだ。
◇
その頃、自分が樹野を煩わせているとも知らない依仁は、とある人物と会っていた。
場所は、駅前の小さな喫茶店だ。
「じゃあ本当に何も心当たりがないんすね?」
「全く無いな、鈴夜くんはいい子だから。それよりどうしてそんな事聞きたがるんだい?」
「……歩さんには関係ないっす」
そう、依仁は歩と会っていた。
目の前で暖かいカフェオレを飲む歩は、深刻そうな顔付きだ。
「…ところで、もしかして会ってくれるって言ったのはそれ聞く為っすか?」
「まぁ、そんなところだな。ただ単に依仁君の事が心配だったから顔が見たくなったってのもあるかな」
「…まぁ、呼び出したの俺っすけど、本当に何も知らないなんて話にならないっすね」
依仁は、注文した冷たいコーラを口に含む。
「…復讐とか考えるのはやめなよ、大智君もそんなの喜ばないし、第一」
「五月蝿いな」
依仁は、お節介を突きつける歩の声を遮った。
鈴夜の近くに居る人物で、関係者とも繋がり、顔の広い人間だという事で、歩から情報を引き出そうと企んでいたのだが結果は失敗である。
知っていて何も言わないのか、本当に知らないのかさえ読めないが、答えてもらえないのなら一緒だ。
「…もうこれ以上何かが起こるのは私も嫌なんだ、だから変な事は考えないでくれ」
依仁は何時かに見た憂いを帯びた瞳から、思わず目を逸らす。
左目を隠すように大きく手を広げ、頬杖を付いた。
「…大丈夫です、何もしないっす」
「信じるよ、依仁君」
「……はい」
◇
夕暮れ時、いつもより少し早めに岳がやってきた。
車の話は「結局乗ってみないと分からないよね」という結論が出て終了した。
「…こ、こんばんは」
「岳さんこんばんは、来てくれて有り難う。体調どう?」
まだ辛そうな空気を見せる岳に、今日は鈴夜から気遣いの声をかけた。
岳は躊躇いながらも、
「…大丈夫です」
と言った。
鈴夜は、志喜の話を繰り出すタイミングを見計いながら、ポツリポツリと話をする。
だが、探していても埒があかないと気付き、覚悟を決めて切り出した。
「…岳さん、榛原さんと何かあった?」
「えっ?」
岳は驚き、黙り込む。
唐突に聞きすぎたかと焦ったが、引き下がるのは耐えた。
岳は今日、自分の元に届いた一通のメールを思い出していた。
勿論、志喜からのメールだ。また、件名も無く用件のみが綴られていた。
[もし、嫌な事言ったり、させていたら御免ね]
たったそれだけのメールだったが、一方的に志喜を避けてしまっている岳にとっては、強く心に刺さる内容だった。痛くて痛くて、その時も我慢できなかった。
「…え」
目の前で落ちる雫に、鈴夜は驚きが隠せない。
「ごめん、泣かせるつもりは…!」
鈴夜も、涙を目にし、溢れ出す気持ちが止められなくなってしまった。
その為岳も、鈴夜の涙に驚かされる事になった。
「す、鈴夜さん…?」
泣きながら困惑する岳を落ち着かせようと、鈴夜は無理矢理声を出す。
「…ごめん、何もだよ…」
淑瑠は大声に何事かと一度扉を開いたが、なにやら介入してはならなさそうな雰囲気がそこにあった為、静かに扉を閉めた。
岳は泣いてしまう程に大きな心配をかけていたのだと誤解し、心に決めた。
「……榛原さんとは何もないんです、ただやっぱり私と榛原さんは会ってはいけないんです…」
鈴夜は、唐突に零された回答に驚き、涙を止める。
「どういう事…?」
「……………私はCHSの加害者に当たる人間です……」
はじめて聞かされる事実に、鈴夜は目を見張った。
◇
美音は、部屋の引き出しに置きっぱなしの拳銃を、頬杖を付きながら見詰めていた。
見詰めていると、怖い顔の依仁が浮かぶ。
「…この拳銃で本当に人って殺せるのかな…」
本当は、傷つけて脅すだけの殺傷能力の低い道具なのではないだろうか、と美音は考えた。
想像の世界で、自分が拳銃の引き金を引いているシーンを思い描く。
顔の見えない人間の心臓部に弾が当たり、血を流し倒れ込むという一場面を思い描いた。
いつかに洋画で見た、格好良いワンシーンに近い。
「…やっぱ撃つとこって大事かぁ…」
美音は引き金には手をかけず、手持ち部分に両手を重ね握り締めた。
そうして、壁に向かって格好をとってみた。
繋がらずに、諦めて切った携帯の画面を見ながら、志喜は違和感を抱いていた。
だが、気のせいかもしれないと、意識的に軽く流してみる。
最近岳が、自分を避けているように感じる。
朝も、電話しても出てくれないし、家にも訪ねてこない。
こちらから訪ねても、家に居ないのか反応すらない事が多く、最初の日以来メールも返って来ない。
音信不通状態にあると言っても過言ではないだろう。
志喜は状況を軽く整理し、とある日を顧みる。
¨岳に何度電話をしても繋がらない¨と、鈴夜から急に連絡が入った日の事だ。
岳と仲良くなった、きっかけにもなったあの日―――。
あの日を思い出すと、妙に心配になってしまう。流れや状況は違えど、似ている箇所が多数存在する。
だから、とても心配だ。
志喜は解決の為、一先ず鈴夜に連絡してみようと決めた。
一緒に広告を見ていた鈴夜は、淑瑠に指摘され着信に気付いた。どうやらマナーモードを解除し忘れていたらしい。
「榛原さんからだ、出てくるね」
鈴夜は淑瑠を避けるように、無意識に廊下へと足を踏み出していた。
≪もしもし、お久しぶりです、体調とかどう?≫
≪…久しぶり、大丈夫だよ≫
≪急に電話ごめん、少し話聞いてくれんか?≫
淡々と進められ出てきた¨話¨との単語に、鈴夜はついつい構えてしまう。
≪は、話?≫
≪ちょっとした事やから、身構えなくていいよ≫
だが、その構えは声色で伝わってしまっていたらしく、志喜は柔らかな声で落ち着かせてくれた。
≪あのね、最近岳くんと連絡が取れないんだよ≫
≪えっ?≫
鈴夜は岳の様子の可笑しさが、志喜との関係から来ているのだと確信してしまった。
だが、二人の間に何かが起こるなど考え難い。
≪水無さん連絡取ったりしてる?≫
志喜の問いかけに、思わずぎくりとしてしまった。
連絡を超越し家に来ているなんて言ったら、避けられていると確信し、志喜が傷ついてしまうかも知れないと一瞬にして考える。
≪してる、よ…?≫
故に、少し誤魔化した。
志喜は答えから浮かべた可能性に、思考を回し間を作る。
≪…そっか、私何かしたかな…≫
≪………ま、また会ったら何気なく聞いてみるよ…≫
鈴夜は二人の間の溝を見たくなくて、勢いで申告していた。
志喜はまた、少しの時を置く。
その後に聞こえてきたのは、とても優しく、静かな笑い声だった。
≪ありがとう。でも良いよ、ちゃんと連絡取れているならいいんだ、安心した≫
やはり、志喜は優しすぎる。そんな二人に何があったのかを、鈴夜は知りたくなってしまった。
そしてまた、溝を埋めたいと思った。
≪…話してくれてありがとう≫
≪いや、寧ろ聞いてくれて有り難う。急にごめんな、じゃあまた≫
≪うん≫
切れた電話を、じっと見詰める。
今宵来てくれた時、岳に今の気持ちを率直に尋ねてみよう。
鈴夜は目的を据えた。
電話を切った志喜は、出てきた可能性を考慮し、事を解決する為、すぐメールツールを開いた。
◇
結局、あまり長引かないまま話が終わり、樹野は部屋に戻ってきていた。
話している間、貸してくれていたコートによって、体はあまり冷えていない。
勇之の優しさに、樹野の中のイメージは揺らぐ。
いや、それよりも考えるべきは依仁の事だ。
樹野は必死に、目的に潜む依仁の深層を考えた。
そして、自分はどうするべきか――――。
勇之の配慮を受け取り依仁と距離を取るべきか、依仁の行動自体を阻止するべきか、今まで通り何も知らない振りをするか―――。
どの選択が最善なのか、樹野は一日中考え込んだ。
◇
その頃、自分が樹野を煩わせているとも知らない依仁は、とある人物と会っていた。
場所は、駅前の小さな喫茶店だ。
「じゃあ本当に何も心当たりがないんすね?」
「全く無いな、鈴夜くんはいい子だから。それよりどうしてそんな事聞きたがるんだい?」
「……歩さんには関係ないっす」
そう、依仁は歩と会っていた。
目の前で暖かいカフェオレを飲む歩は、深刻そうな顔付きだ。
「…ところで、もしかして会ってくれるって言ったのはそれ聞く為っすか?」
「まぁ、そんなところだな。ただ単に依仁君の事が心配だったから顔が見たくなったってのもあるかな」
「…まぁ、呼び出したの俺っすけど、本当に何も知らないなんて話にならないっすね」
依仁は、注文した冷たいコーラを口に含む。
「…復讐とか考えるのはやめなよ、大智君もそんなの喜ばないし、第一」
「五月蝿いな」
依仁は、お節介を突きつける歩の声を遮った。
鈴夜の近くに居る人物で、関係者とも繋がり、顔の広い人間だという事で、歩から情報を引き出そうと企んでいたのだが結果は失敗である。
知っていて何も言わないのか、本当に知らないのかさえ読めないが、答えてもらえないのなら一緒だ。
「…もうこれ以上何かが起こるのは私も嫌なんだ、だから変な事は考えないでくれ」
依仁は何時かに見た憂いを帯びた瞳から、思わず目を逸らす。
左目を隠すように大きく手を広げ、頬杖を付いた。
「…大丈夫です、何もしないっす」
「信じるよ、依仁君」
「……はい」
◇
夕暮れ時、いつもより少し早めに岳がやってきた。
車の話は「結局乗ってみないと分からないよね」という結論が出て終了した。
「…こ、こんばんは」
「岳さんこんばんは、来てくれて有り難う。体調どう?」
まだ辛そうな空気を見せる岳に、今日は鈴夜から気遣いの声をかけた。
岳は躊躇いながらも、
「…大丈夫です」
と言った。
鈴夜は、志喜の話を繰り出すタイミングを見計いながら、ポツリポツリと話をする。
だが、探していても埒があかないと気付き、覚悟を決めて切り出した。
「…岳さん、榛原さんと何かあった?」
「えっ?」
岳は驚き、黙り込む。
唐突に聞きすぎたかと焦ったが、引き下がるのは耐えた。
岳は今日、自分の元に届いた一通のメールを思い出していた。
勿論、志喜からのメールだ。また、件名も無く用件のみが綴られていた。
[もし、嫌な事言ったり、させていたら御免ね]
たったそれだけのメールだったが、一方的に志喜を避けてしまっている岳にとっては、強く心に刺さる内容だった。痛くて痛くて、その時も我慢できなかった。
「…え」
目の前で落ちる雫に、鈴夜は驚きが隠せない。
「ごめん、泣かせるつもりは…!」
鈴夜も、涙を目にし、溢れ出す気持ちが止められなくなってしまった。
その為岳も、鈴夜の涙に驚かされる事になった。
「す、鈴夜さん…?」
泣きながら困惑する岳を落ち着かせようと、鈴夜は無理矢理声を出す。
「…ごめん、何もだよ…」
淑瑠は大声に何事かと一度扉を開いたが、なにやら介入してはならなさそうな雰囲気がそこにあった為、静かに扉を閉めた。
岳は泣いてしまう程に大きな心配をかけていたのだと誤解し、心に決めた。
「……榛原さんとは何もないんです、ただやっぱり私と榛原さんは会ってはいけないんです…」
鈴夜は、唐突に零された回答に驚き、涙を止める。
「どういう事…?」
「……………私はCHSの加害者に当たる人間です……」
はじめて聞かされる事実に、鈴夜は目を見張った。
◇
美音は、部屋の引き出しに置きっぱなしの拳銃を、頬杖を付きながら見詰めていた。
見詰めていると、怖い顔の依仁が浮かぶ。
「…この拳銃で本当に人って殺せるのかな…」
本当は、傷つけて脅すだけの殺傷能力の低い道具なのではないだろうか、と美音は考えた。
想像の世界で、自分が拳銃の引き金を引いているシーンを思い描く。
顔の見えない人間の心臓部に弾が当たり、血を流し倒れ込むという一場面を思い描いた。
いつかに洋画で見た、格好良いワンシーンに近い。
「…やっぱ撃つとこって大事かぁ…」
美音は引き金には手をかけず、手持ち部分に両手を重ね握り締めた。
そうして、壁に向かって格好をとってみた。
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