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【2】
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◇
鈴夜は12時前に一旦パソコンをスリープし、休憩室にて食事を取っていた。
先程、歩に頭を撫でられた―――いや、一瞬触れられた事を思い出し、鈴夜は空いた左手で自分の頭頂部を軽く触ってみる。
歩は触れながら、去り際に言葉も残していった。
その言葉から、無理が見破られていたのだと気付いた。自分では、上手く繕えていたと思ったのだが。
一瞬過ぎて確証には至らないが、この行為は慰めだったのだろうと思う。
鈴夜は優しさに癒されると同時に、また煩わせてしまっていたのだと申し訳なさも覚えた。
空になった弁当と使い終わった箸を、元々弁当箱を括っていた輪ゴムで一纏めにする。
「鈴夜くーん」
鈴夜は聞こえた声に肩を窄め、震わせた。
視線を箸と共に絡げた弁当から上へと移動すると、休憩室に入室する勇之の姿が目に入った。
「やぁ、頑張ってるね」
鈴夜は緊張感と、とある可能性に、高鳴る鼓動を聞きながら黙りこんでしまった。
昨夜の話から、勇之も加害者なのではないかと考えてしまったのだ。
「……随分疲れているみたいだけど、大丈夫?」
勇之が、どさりと鈴夜の横に腰掛ける。反射的に、体を縮こまらせてしまった。
勇之は明らかに怯える鈴夜を見て、不気味に笑う。
「……良い物あげよっか」
必死に目を逸らす鈴夜の目の前に、小さめの袋を掲げた。その袋の中には、錠剤が二粒入っている。
「楽になるよ」
鈴夜は恐れしか抱けなかった。どう考えても、まともな薬品では無い。
「…い、良いです…!」
鈴夜は逃げる積もりで空の容器を持ち、勢いよく立ち上がった。
そして、ゴミ箱に押し付ける形で放り込むと、そのまま休憩室を抜けた。
勇之はその姿を見つつ溜め息を吐くも、追いかけはしなかった。
「…はぁ、あんなにも分かりやすく意識してくれちゃって…楽しいなぁ…」
持っていた袋をもう一つ取り出し、二つ重ね一緒に開けると、合計四粒の錠剤を水も無しに一気に飲み込んだ。
◇
依仁は休日を利用し、とある場所に来ていた。不図、そこが今どうなっているか見たくなったのだ。
本来なら騒がしく賑わっているべきその場所を、悲しげな瞳で見つめる。
――依仁の前には、今やもう廃墟となった小学校があった。
昔、通っていた時よりも、随分と小さくなった気がする。
入り口に張り巡らされていたイエローテープは知らない内に外され、廃れた金網は子ども達が悪戯で開けた穴を残したままだ。
鍵が壊れ、開いたままの入り口から、依仁は不穏な雰囲気を放つ小学校へと忍び込んだ。
向かったのは体育館だった。
ここにはまだ色褪せたイエローテープが残っていて、未だに事件の雰囲気を残していた。
ただ、随分と過去になってしまった空気もある。
中を見る為、依仁がテープに手をかけると、テープは脆く粉を舞わせ千切れた。
土足で踏み込むと、そこには悲惨な事件跡が当時のまま残されていた。
こびり付いていて染みになっている血痕も、銃弾が壁を貫いた穴も、そのまま残されている。
依仁はその場で屈みこみ、乾ききった血痕を撫でた。
「………もう許してくれても良かったのになぁ、何で皆忘れさせてくれないんだろう…なぁ大智…」
◇
二人きりの部屋の中は、妙な静けさに包まれていた。岳と志喜は、笑顔のないまま真剣に互いを見合う。
「……じゃあそれでいいね?」
「……はい、それで…」
志喜の問いかけに、岳は消え入りそうな声で答えた。
その目には、また新たな涙が滲んでいる。
「…じゃあ暫く会わんって事で決定な」
「…はい」
志喜の少しぎこちなさそうな笑顔を見て、岳も力無い笑顔を見せる。
二人はあの後、ずっと話し合っていた。そして、出た結論がこうだ。
暫くは会わない。会う時は岳から会いに行く。
岳は結局、詳細までは話せず、サイトの存在を知らせる事すら出来なかった。
だが志喜は、やはり何も求めずに、告げた言葉だけを受け入れ真剣に悩んでくれた。
その結果、岳が大丈夫だと判断したその時、会いに来て欲しい、と志喜は告げてきた。
「勿論電話はするからな」
「…はい、私もメールとかいっぱいします」
岳は寂しい気持ちと安堵感とを、一挙に顔色に浮かべる。
これが自分達の、未来の為の結論だ。
◇
何も知らない鈴夜は、今宵もまたベッドの中で思考を掻き回していた。
勇之の笑顔が頭から離れない。どうして自分にばかり構ってくるのかと考えてしまう。気の所為ならば良いのだが、そうとも思えない。
もしかして自分は、関係者だと思われているのだろうか。
確かに、全校生徒の顔や名前を、全員分把握するのは難しいだろう。年齢的には事件に関わっていても可笑しくはないし、誤解を招いている可能性は否めない。
銃で撃たれた理由だって、加害者が被害者の報復を恐れ、単に生き残りを攻撃しただけの事かもしれない。
自分も、生き残りだと間違われて。
鈴夜は納得出来てしまいそうな見解に、大きな恐怖感を抱く。
この騒ぎの終わりは何処だろう。どこまで行けば、恐れず町を歩けるようになるのだろう。
―――事件の生存者が、皆死んだら…?
そう結論付いた瞬間に、大智の顔や凜の顔、飛翔の顔が浮かんだ。
依仁の顔も、岳の顔も、志喜の顔も、樹野の顔も。
鈴夜は、想像により恐怖と悲しみに震える心を、必死に掻き消そうと力を込めぎゅっと目を瞑った。
鈴夜は12時前に一旦パソコンをスリープし、休憩室にて食事を取っていた。
先程、歩に頭を撫でられた―――いや、一瞬触れられた事を思い出し、鈴夜は空いた左手で自分の頭頂部を軽く触ってみる。
歩は触れながら、去り際に言葉も残していった。
その言葉から、無理が見破られていたのだと気付いた。自分では、上手く繕えていたと思ったのだが。
一瞬過ぎて確証には至らないが、この行為は慰めだったのだろうと思う。
鈴夜は優しさに癒されると同時に、また煩わせてしまっていたのだと申し訳なさも覚えた。
空になった弁当と使い終わった箸を、元々弁当箱を括っていた輪ゴムで一纏めにする。
「鈴夜くーん」
鈴夜は聞こえた声に肩を窄め、震わせた。
視線を箸と共に絡げた弁当から上へと移動すると、休憩室に入室する勇之の姿が目に入った。
「やぁ、頑張ってるね」
鈴夜は緊張感と、とある可能性に、高鳴る鼓動を聞きながら黙りこんでしまった。
昨夜の話から、勇之も加害者なのではないかと考えてしまったのだ。
「……随分疲れているみたいだけど、大丈夫?」
勇之が、どさりと鈴夜の横に腰掛ける。反射的に、体を縮こまらせてしまった。
勇之は明らかに怯える鈴夜を見て、不気味に笑う。
「……良い物あげよっか」
必死に目を逸らす鈴夜の目の前に、小さめの袋を掲げた。その袋の中には、錠剤が二粒入っている。
「楽になるよ」
鈴夜は恐れしか抱けなかった。どう考えても、まともな薬品では無い。
「…い、良いです…!」
鈴夜は逃げる積もりで空の容器を持ち、勢いよく立ち上がった。
そして、ゴミ箱に押し付ける形で放り込むと、そのまま休憩室を抜けた。
勇之はその姿を見つつ溜め息を吐くも、追いかけはしなかった。
「…はぁ、あんなにも分かりやすく意識してくれちゃって…楽しいなぁ…」
持っていた袋をもう一つ取り出し、二つ重ね一緒に開けると、合計四粒の錠剤を水も無しに一気に飲み込んだ。
◇
依仁は休日を利用し、とある場所に来ていた。不図、そこが今どうなっているか見たくなったのだ。
本来なら騒がしく賑わっているべきその場所を、悲しげな瞳で見つめる。
――依仁の前には、今やもう廃墟となった小学校があった。
昔、通っていた時よりも、随分と小さくなった気がする。
入り口に張り巡らされていたイエローテープは知らない内に外され、廃れた金網は子ども達が悪戯で開けた穴を残したままだ。
鍵が壊れ、開いたままの入り口から、依仁は不穏な雰囲気を放つ小学校へと忍び込んだ。
向かったのは体育館だった。
ここにはまだ色褪せたイエローテープが残っていて、未だに事件の雰囲気を残していた。
ただ、随分と過去になってしまった空気もある。
中を見る為、依仁がテープに手をかけると、テープは脆く粉を舞わせ千切れた。
土足で踏み込むと、そこには悲惨な事件跡が当時のまま残されていた。
こびり付いていて染みになっている血痕も、銃弾が壁を貫いた穴も、そのまま残されている。
依仁はその場で屈みこみ、乾ききった血痕を撫でた。
「………もう許してくれても良かったのになぁ、何で皆忘れさせてくれないんだろう…なぁ大智…」
◇
二人きりの部屋の中は、妙な静けさに包まれていた。岳と志喜は、笑顔のないまま真剣に互いを見合う。
「……じゃあそれでいいね?」
「……はい、それで…」
志喜の問いかけに、岳は消え入りそうな声で答えた。
その目には、また新たな涙が滲んでいる。
「…じゃあ暫く会わんって事で決定な」
「…はい」
志喜の少しぎこちなさそうな笑顔を見て、岳も力無い笑顔を見せる。
二人はあの後、ずっと話し合っていた。そして、出た結論がこうだ。
暫くは会わない。会う時は岳から会いに行く。
岳は結局、詳細までは話せず、サイトの存在を知らせる事すら出来なかった。
だが志喜は、やはり何も求めずに、告げた言葉だけを受け入れ真剣に悩んでくれた。
その結果、岳が大丈夫だと判断したその時、会いに来て欲しい、と志喜は告げてきた。
「勿論電話はするからな」
「…はい、私もメールとかいっぱいします」
岳は寂しい気持ちと安堵感とを、一挙に顔色に浮かべる。
これが自分達の、未来の為の結論だ。
◇
何も知らない鈴夜は、今宵もまたベッドの中で思考を掻き回していた。
勇之の笑顔が頭から離れない。どうして自分にばかり構ってくるのかと考えてしまう。気の所為ならば良いのだが、そうとも思えない。
もしかして自分は、関係者だと思われているのだろうか。
確かに、全校生徒の顔や名前を、全員分把握するのは難しいだろう。年齢的には事件に関わっていても可笑しくはないし、誤解を招いている可能性は否めない。
銃で撃たれた理由だって、加害者が被害者の報復を恐れ、単に生き残りを攻撃しただけの事かもしれない。
自分も、生き残りだと間違われて。
鈴夜は納得出来てしまいそうな見解に、大きな恐怖感を抱く。
この騒ぎの終わりは何処だろう。どこまで行けば、恐れず町を歩けるようになるのだろう。
―――事件の生存者が、皆死んだら…?
そう結論付いた瞬間に、大智の顔や凜の顔、飛翔の顔が浮かんだ。
依仁の顔も、岳の顔も、志喜の顔も、樹野の顔も。
鈴夜は、想像により恐怖と悲しみに震える心を、必死に掻き消そうと力を込めぎゅっと目を瞑った。
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