Criminal marrygoraund

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 次の日、考えを振り切るようにして、通常通り淑瑠の家に向かった。
 出来るだけ¨外¨に居たくなくて、急いでチャイムを押すも淑瑠は中々出てこない。
 暫くして出てきた淑瑠の顔は、淡く赤みを帯びていて、表情もどこかぼんやりとしていた。

「…え…淑兄、大丈夫?」
「…ごめん、出るの遅くなったね…」

 近付く淑瑠の額に触れると、一発で熱があるのだと分かった。額が汗で滲んでいる。

「淑兄!熱あるよ!」
「…大丈夫だよ。支度するから、ちょっと待ってて」
「駄目だよ、休まないと!」

 にっこり笑う淑瑠に、鈴夜は必死になって叫ぶ。
 明らかに無理をするべきではない高熱だと、はっきりしているのだ。止めずにはいられない。

「…でも」

 淑瑠がなぜ無理をしようとしているのか、考えずとも分かっていた。本当は無理を言いたいのも本心だ。
 それでも、無理をさせる訳には行かない。

「……一日ぐらい大丈夫だよ、早歩きしていくから。…だから無理は止めて…」
「…ごめん…」

 淑瑠の瞳が憂いていて、内側にある心配が形を成さないままで伝わってくる。

「…何で謝るの、行って来ます!」
「かっ、帰る時は連絡してね…!」

 鈴夜は淑瑠に弱い自分を見せてしまう前にと、背を向け玄関を飛び出す。
 背中に、声を浴びながら。

「…うん!」

 勢いで出てきてしまったのは良いが、思うよりも通勤は困難を極めた。まだ早朝の明るさがあるから良いものの、これが深夜なら一歩も動けず断念しているだろう。
 それで無くとも、昨日辿り着いた結論も加わり、現段階で警戒心が一瞬も緩ませられないと言うのに。

 平凡への道は遠いな。と絶望感を抱きながらも、鈴夜は人目の無い陰へ、陰へと、駆け足で移動した。

 きょろきょろと辺りを見回しながら曲がり角を曲がると、丁度死角から人が出てきて、鈴夜はその人物と思いっきりぶつかってしまった。
 鞄から、書類が散ばる。
 警戒しすぎた末の、注意力の散漫が引き起こした無礼に、鈴夜は酷く困惑し、目を瞑ったまま只管に頭を下げた。

「えっ、えっと、すみません、すみません…!」
「こちらこそすみません」

 どこかで聞いた台詞にゆっくり目を開けると、目の前には、屈み込み書類を無気力に拾う緑がいた。
 依仁に警告された、もう一人の要注意人物だ。

「す、すみません、散らかってしまいましたね…」

 鈴夜は、距離を置きたい気持ちを押し殺し、まず礼儀を優先する。

「大丈夫なのですか」

 同じ目線で屈み、書類を拾う緑の、力ない声に鈴夜は一瞬手を止めた。唐突過ぎて何に配慮を示されているかが分からず、絶句してしまう。

「それ、心当たりとか無いのですか」

 指された先は腹部だった。しかも、傷の残る方だ。
 鈴夜は直ぐに理解した。彼が、事件について話していたのだと。

「…えっと、なぜ…」
「少し調査をしていまして、聞きたいと思っていたのですが直接お会いするのは事件後はじめてですよね」

 緑の眼鏡越しの真剣な瞳は、じっと鈴夜を見詰めている。その視線の雰囲気が、誰かに似ている気がする。
 そうだ。事情聴取を求めてきた、ねいの鋭さに似ている。

「警察の方…だったのですか?」
「…まぁ…そうです」

 だったら依仁は、何故この人物に危険を定めたのだろう。二人は、何か関係でもあるのだろうか。

「犯人の手掛かりがあれば、教えて頂きたいのです」

 この時、緑の中でも、鈴夜の中でも、同じキーワードが浮かんでいたが態と口にしなかった。

「…すみません…、何も…」

 鈴夜は、掘り起こされた記憶に青褪めていた。心なしか息苦しさも感じる。

「……嫌な事、思い出させましたね…」

 緑は書類をファイルに纏め、鞄にしまいこみ、気分が悪そうに見えたのか鈴夜の背を優しく撫でた。

「……す、すみません…」

 緑のイメージが定まらない。怖い人間だと思っていたが、違うのかもしれない。

「…事件、怖いですもんね。巻き込まれたら特に」

 鈴夜は、落ち着かされる自分の姿が段々情けなくなってきて、誤魔化す為、業とらしく冗談を口にしてみた。

「……警察の方でも思うんですね…」
「思いますよ、自分だったらと考えると怖くなります」

 だが、冗談は交わされ、まともな答えが返ってきて鈴夜は絶句してしまった。
 言葉は続かない。とても気分が悪く、吐き気まで催して来た。
 早く平気だと伝えて緑を立ち去らせなければ、との思いと対照的に、鈴夜は立ち上がれなくなってしまった。
 会社は、もう直ぐだというのに。

「鈴夜くんと緑君じゃん、どうしたの?」

 鈴夜がはっとなり顔を上げると、そこには勇之がいた。隣に明灯もいる。
 一瞬横目に見た緑が、少し冷や汗を浮かべている、気がした。

「…大丈夫?」

 明灯が、酷く心配そうな顔で鈴夜に駆け寄ってきた。

「…だ、大丈夫です」

 顔に影を浮かべ、失いそうな表情を作りながら立ち上がる。その体を、明灯が支えた。

「勇之、先行ってて」
「はーい」

 緑は去ってゆく鈴夜と明灯の背を、そして勇之の背を細い目で見詰めていた。


 岳は貧血だけだった為、直ぐに帰宅できた。
 実はもっと病院にいたかった、なんて、志喜の笑顔を思い出し苦笑する。
 結局、生まれた気掛かりは何一つ聞けずに別れてしまった。けれど、それはまたいづれ訊ねてみよう。
 自宅に戻り何の気もなく携帯を見ると、早速通知が残されていた。

[そう言えば仕事始めたら教えてね。]

 昨日の出来事が嘘みたいに、作らない志喜の文章に岳は一人微笑む。
 一時は仕事を始める気力も失せかけていたが、再度湧いてきた気力に誘われて、岳はハローワークにて何枚か手に入れた求人広告に目を通し始めた。


 その数時間後の、警察署の倉庫に緑は居た。

「…どうやらスケジュールは不規則なようです。完全に分かる事は勤務先が土日休日という事位でしょうか…」

 来署して早々、なぜか泉に倉庫に眠る書類の分別を頼まれて、処分品と必要物とを分ける作業を行っていた。自分一人では判断できない書類もある為、ねいと共にだ。
 頼んだ本人は、どこへ消えたのか同じ部屋にはいない。

「…当てにならないわね、もう一人は?」
「…もう一人も不規則な生活を送っているみたいで、中々隙は無い様に思います」
「…そう…進歩無いわね…」

 ねいの溜め息が、緑に突き刺さる。

「…貴方のように強引にいけないんですよ」
「…言い訳出来る立場だと思ってるの?はぁ…、私が調べた方が早そうね…」

 最近自由度が加速してきた泉に余程鬱憤が溜まっているのか、それとも早く欲を満たしたくて仕方が無いのか、ねいは見るからに急いている。

「……す、すみません…」

 緑は立場上、ねいに逆らえないポジションにあった。
 この状態を、早く抜け出したい。
 それにはやはり、ねいの依頼を完璧にこなすしかないのだ。

「とりあえずこれ、捨ててくるわ」

 ねいが箱いっぱいになった紙束を抱え、肘で器用に扉を開ける。
 その姿が消えた瞬間、緑は深呼吸した。
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