Criminal marrygoraund

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 鈴夜は、結局一夜中泣いていた。辛くて辛くて、対処法が思いつかない。この気持ちから逃げたくて逃げたくて仕方が無いのに、どうしようもない。

 不図とある行為が脳に浮かんだ。だが、必要な道具が無い事に気付き直ぐに排除する。
 鈴夜は、不意に気になった岳の状態を確認するべく、重い体を持ち上げた。

 入室しようとした岳の部屋から、医師が出てきて鈴夜は驚き停止してしまった。

「…え…?」

 良からぬ想像を、膨らませる。

「お早う水無さん。早いね、大丈夫?」
「………あ、大丈夫です…」

 鈴夜は医師に赤い目を見られた事で、退院が先延ばしになる可能性を咄嗟に考慮してしまっていた。
 だが、それも直ぐに消え、医師が現れた瞬間浮かんだ疑問を声にする。

「……が、岳さん、どうかしたんですか?」

 医師は少々躊躇いながらも、鈴夜に報告をしてくれた。

「……また、点滴を抜いてしまったんだよ、何回やっても抜いちゃうから全然薬の投与が出来なくて…困ったな」

 してはいけないと分かりつつも、どこか安堵してしまった。岳が危険な状態に陥っているかと思ったからだ。

「…今は大丈夫なんですか?」
「今は漸く眠ってくれたよ。だから起こさないようにね」
「…は、はい…」

 だが困難な状況を改めて描き、安堵がゆっくりと消え去っていく。
 岳は完全に狂ってしまった。
 鈴夜は、また潤む瞳をぎゅっと瞑り、涙を堪えた。

 そっと扉を開くと、点滴を受けながら眠る岳の姿があった。以前にも増して辛そうだ。
 カーテンは開かれていて、薄暗い蒼色が見える。その明かりで見た岳の腕には、何枚もの止血シールが張られていた。
 弱くなる岳の姿から、感情がひしひしと伝わってくる。

 そうだ、今は自分は泣いている場合ではないんだ、悲しんでいる場合ではないんだ。今は彼を救うんだ、救わなければならないんだ。
 鈴夜はまだ泣く心を無視して、くすむ蒼を強く睨んだ。


 眠い目を擦り、書き殴ったメモから要点を箇条書きにしていると、真横から一枚の紙が視界へと滑り込んできた。写真つきの書類が、何についての書類か一発で悟った。

「…何かしら、泉さん?」

 だが、敢えてそんな事を尋ねてしまっていた。まさか泉から、こんな早々に渡されるなどと思ってもみなかったのだ。

「今回の事件についての概要を纏めてみました」

 まともな返事が返され、ねいは言葉を失ってしまった。

「私だってたまには仕事しますよー」

 思考を読み取られたかのように言い放たれた声色は妙に楽しげで、釣られて表情を伺うと声色そのものだった。

「…そう、頂くわ」

 書類を手に取り、冒頭から読み薦めてゆく。まだ読み始めだというのに、泉は早速声をかけてきた。

「にしてもエグいですよねー」
「……そうね」

 文章を読まずとも凄惨さは十分分かる。なぜならねいは、調査の一貫で直接現場に赴いていたからだ。

 向かった現場は、酷い物だった。遺体は第一発見者により病院に搬送されていて無かったが、一面を染めた血跡が当時の悲惨さを物語っていた。
 新人警官なんかは、気分を悪くする者も出るくらいだ。

「全身をめった刺しですからね。二人とも相当憎まれていたんじゃないですかね?」

 ねいは、医師達に聞いた話や、第一発見者に聞いた話を思い出す。
 因みに、第一発見者は空コンテナの回収業者らしく、偶然二人を見つけたとの事だ。

「そんな二人の共通点ですが、最近は殆ど連絡は取り合っていなかったみたいですね。高河さんの会社の方に軽く事情聴取してみたところ、鈴村さんの存在も知らなかったみたいですし」

 事実ねいも泉も、緑が勇之と関わっているとは知らなかった。いや、個人の事情など全て把握している訳ではなく、当然といえば当然だが。

「あ、そう言えばですね、先ほど詳しい話を医師に聞いたところ、本当に急所にならない所ばかり刺されていたらしいですよ。あーあー本当にえぐい。それと検察官から死因は失血死か薬物死だろうって、なんと血液中から毒薬が検出されたらしいです」

 ねいは読書を邪魔するかのような泉に対し、嫌悪の表情を浮かべる。もちろん別の意味も含めて。

「………楽しそうね」

 どんな感情を持って緑と付き合っていたかは別として、知人が無残に殺された事実に、泉は胸を痛めないというのだろうか。

「いやいや、そんな事は。真剣そのものですよ」

 明らかに矛盾する物言いを、ねいは素っ気無く流した。

「そう」 


 依仁は早朝より、美音を叩き起こしていた。美音は呻りながらも薄く目を開き、まだ眠いのか捲くられたシーツを手繰り寄せる。 

「…お早う、何?」
「寝るだけだって昨日言っておいただろ」

 依仁は寝巻きから着替え、既に出かけられる格好になっている。

「えーまだ寝れていないよー」
「用事があるから、もう帰ってくれ」

 樹野は提供する料理の仕込みをするとかで、今朝も早朝より仕事があり、その時間に合わせて迎えに行く約束をしていた。

「え-、こんなに可愛い女の子を追い出すって言うの?」
「自分で何言ってんだ」

 昨日は夜の危険や精神混乱を考え、仕方がなく家へと招いたが、面倒を見るつもりは更々無い。

「どこ行くの?」
「どこでも良いじゃん」

 美音は僅かに頬を膨らませて、漸く布団から出てきた。来ていた私服を纏ったままだった為、着替える様子は無かった。

 美音は渡したパンの一つを手に持ちながら、扉の外に踏み出していた。お腹がすいていたのか直ぐに大口で齧り出す。
 鍵を回していると、後方から思い声が聞こえてくる。

「…緑を殺した犯人って、どうしたら分かると思う?」

 寝姿や熟睡度から、実はあまり死に傷ついてはいないのではと一時は疑念を持ったが、そうでははなかったらしい。

「…警察に聞けよ」
「…私絶対赦さないから、絶対殺してやるから、協力して」
「はぁ?何言ってんの?自分の言ってること分かってる?」

 嘗ての自分の姿と重ねて、複雑な心境になった。
 気持ちは痛いほど分かるが、罪を犯すには彼女はまだ若すぎる。

「殺される方が悪い事もあるんだって、だから仇うつの」

 美音の概念がよく分からない。緑にも殺される理由があるかもしれない、と言っている事になると自覚しているのだろうか。いや、していないだろうな。

「やめとけ、殺してもいいことねぇぞ」

 何の気なく放った言葉に対し、美音は直ぐに返事をせず、丸い目をじっと向けてきた。その行動の意味が分からないまま、疑問符を浮かべ美音を見返す。

「……まるで殺した事があるみたいに言うね」

 指摘され、なるほどと納得してしまったが、直ぐに適当な理論を立たせる。

「…普通に考えたら分かるだろ」
「…とにかく私止めないから!」

 美音は別れの言葉も無しに、階段を降りて行った。急激な表情の変化に依仁は驚いたが、思春期特有の物だろうと軽く流した。


「でもまさか、鈴村さんが犯人だったとは意外ですね」

 急な切り替えに、ねいは一瞬戸惑うが、内容が理解できない訳ではなかった為、冷静になって切り返す。

「…そうね、まぁ疑ってはいたけれど」

 泉は、鈴夜を襲った犯人が、と言っているのだ。

「多分浅羽さんの件もそうでしょうね。凶器である銃の型も似ていましたし、方法も一緒だし、悩んだ割りにあっさり解決しましたね」

 ねいは内容に思う事がありながらも、推測を否定しようとは思わなかった。

「…動機は何一つ聞けなかったけれどね」
「そうですねー、何ででしょうか?」

 泉には、この事件にもCHSの加害者と被害者関係が絡まっているだろう、なんて言える筈が無かった。勘付かれている可能性も否めないが。
 だが、鈴夜を襲った理由が被害者と間違えてならば、依仁を襲った理由に辻褄が合わなくなる。
 ねいは、依仁が加害者である事を確りと覚えていた。憎むべき相手であるとも確り刻まれている。

「…複雑」
「何がです?」

 ねいは態と、内容とは別の答えを返した。

「この殺人の動機が。緑と高河さんの二人を憎む相手が誰か分からなくて…、まぁ警察に関わる時点で誰かに目をつけられても可笑しくはないんだけど」
「…うーん、そうですね。それについて鈴村さんのお母様にも聞いてみたのですが、最近緑とは関わってなかったから知らない、って言われましたよ、お父様は今どこにいるかすら分からないそうです」
「…そう」

 緑からは一切家族の話を聞いた事はなかったが、その時点で家族間が希薄な関係にあると何と無く想像はしていた。だが実際そうであると分かると、少し可哀想にも思える。

「後、話を聞けそうなのは妹さんだけですね。昨日家を出たきりで、暫く帰らないといっていたらしいですよ」
「……そう」
「それと高河さんについては、ご両親共々過去に逮捕歴がある事も分かりました。麻薬や暴行等結構やらかしていたみたいですね。今更な感じはしますが、子どもを狙った復讐の線もあるかもしれないですね」
「…なるほどね、難しいわね」

 膨らんでゆく大まかな容疑者候補に、ねいは焦りから溜め息を吐いた。
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