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【2】
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◇
美音は、恐る恐るやってきた緑の自宅の前に、警察官が群がっている事に驚きが隠せなかった。皆、険悪な雰囲気で忙しそうに駆け回っている。
因みに昨日は、徹夜で夜の街を、唯々緑との思い出を振り返りながら歩き続けた。
気付かれないようにそっとそっと近付くと、幾人もの警官達が自宅に入って行く姿が見えた。所謂、家宅捜索と言うやつだ。
美音は混乱していた。なぜ被害者であるはずの緑の家が捜索されなければならないのか分からない。それに、家の中を見られたら、良くない疑いがかけられるかもしれない。
困惑しながら見ていると、段々と不安と怒りが立ち上ってきて、美音はその足を動かしていた。
「何やってんの!?何で勝手に家に入ってんの!?信じられない!!」
肩を掴み引き寄せた人物は驚いた顔をしていた。だが、焦りも困惑もそこには無い。
「あ、もしや妹さんですか?」
「えっ?」
それは泉だった。嬉しそうな顔をしてにはーっと不敵な笑みで笑う。美音は得体の知れない恐怖に襲われ、即座に手を離してしまった。
「お話良いですか?」
◇
岳の部屋から、医師がいつもより和らいだ表情で出てきた。鈴夜は急な変化を目の当たりにして、不思議そうに首を傾げる。
「水無さんお早う。調子良さそうかな?」
鈴夜の顔色がよく見えたのか、その顔付きは更に柔らかくなった。鈴夜は本音を隠し相槌を打つ。
「…あ、はい、あの岳さんは」
「落ち着いているよ。今朝はどうしてか素直に診察にも点滴にも応じてくれたんだ、何があったんだろうね?」
鈴夜は明らかな心境の変化に違和感を抱いた。昨日の会話がきっかけになってくれたなら嬉しいが、それだけで前向きになれるとは思わない。
「…そうですか」
だが、改善に向かっているのだ、細かい事は取り合えず良しとしよう。
鈴夜は久しぶりに、無意識から零れる微笑で口元を装っていた。
◇
明灯は警官の事情聴取に、回答役として警察署にきていた。そして少しばかり会話を繰り返した所だ。
社長からの命で直々に指名されたのだが、本当はあまり警察署は好きではない。なぜなら嫌なイメージしか残っていないからだ。
目の前に居るのはねいだった。ボールペンをぎゅっと手に握り締め忙しく動かしながらも、メモを見ては顔を上げ、鋭い視線を明灯に向けてくる。
「…じゃあ誰かに恨まれても可笑しくないって事ですね?」
「……はい、高河くんは時々悪事に手を染めている事がありまして…会社でも問題になる事があったんですが、まさかこんな事になるとは…」
明灯は正直に暴露していた。警察もある程度の事情は掴んでいるだろう。故に、悪事について隠しても仕方が無いだろうと思ったのだ。
もちろん、一部隠蔽している部分もあるが。
「よく首にしなかったですね」
「…社長は考えていたみたいですが…」
「犯人の目星はありますか?」
「…うーん、高河くんが何をしてたかよく知らないところもあるので、断定までは…」
「ですよね」
想定済みの答えだったのか、ねいは酷くがっかりとしている。だが直ぐに顔を上げ、また凝視してきた。
「もう一度聞きますが鈴村さんとは?」
「…さぁ?分からないです、聞いた事も無かったので…」
明灯は平然と嘘を零したが、ねいは嘘を見破る事ができず、信じた様子を見せた。
それにねい自身、緑と勇之が一緒に襲われる確信的な理由を既に心に持っていた。
恐らく警察内部で気付いているのは、自分だけであろう内裏的な理由が。
一応、防犯カメラや録音機に聴取の様子や音声が記憶される事を考慮し、一連の事情聴取をしているに過ぎないのだ。
明灯には申し訳ないと思いつつも、その他にも幾多の質問を繰り返した。
◇
部屋に入ると岳は目覚めていた。ベッドに身を預けたまま天井を眺めている。ただ、やはり呆としているのか、鈴夜が入って来た事に気付いていなかった。
「…岳さん、お早う」
「…す、鈴夜さん」
漸く気付き、鈴夜の方を向く。顔色は相変わらずだったが、雰囲気は落ち着いている。
「………良かった」
岳は笑う気力までは起きないのか、鈴夜の微笑を見ても表情を変えなかった。
だがそれでも、感情に飲まれてひたすらに悲しみを堪えようとする姿よりは大分と良い、と安心感を抱く。
ただ、感情の起伏により状況がまた戻ってしまわないかの心配もあったが、今は考えることをやめた。
◇
「お兄さんについて質問ですが、お兄さんは何か恨まれているなどありましたか?」
通行人に話を聞かれないようにと、話は泉の乗ってきた車の中で行う事にした。後部座席に並んで腰掛ける。
「…知らない。緑は優しい人だもん、そんなの無い」
泉は体ごと美音へと傾けているのだが、美音は靴を脱ぎ体操座りして、泉から目をそらしてしまった。
「じゃあ妹さんは緑さんの部屋にあるものの存在を知っていましたか?銃とか色々」
美音は不安要素に直接触れられ、一瞬黙り込んだ。だが、
「…知ってたよ。でもあれは緑のものじゃない」
「どういうことですか?」
知られてしまった以上、抵抗など無意味だと悟り、自分だから知っている事実を口にした。
それに、緑がCHSの加害者であると、絶対に誰にも知られてはならないと思ったのだ。何人もの人間を殺めることになった¨銃¨の出所、だなんて。
警察には既に知られている事実かもしれないが、せめて世間に流れる事だけは避けたいと思ったのだ。
「あれはお父さんのだよ、引っ越す前に幾つか置いていったの。だから緑のじゃないよ」
「どういう事ですか?」
「…全部話さなきゃ駄目なの?」
「はい、協力して下さい。お兄さんの為ですよ」
泉は柔らかな笑みを湛えた。普段ねいの前では絶対に見せることのない一見純粋な微笑み。
美音はその顔を見て、嫌気を共に添えながらも答えた。
「…この家今は緑一人で使ってるけど、数年前まではお父さんも居たんだよ。あ、うちの親随分前に離婚して緑はお父さんと二人で住んでたの。お父さんは銃マニアで、今は主張中だから置いていったんだと思う」
出来れば家庭事情を他人に話したくは無かったが、緑のためだと言い聞かせて振り絞った。
「なるほど、お兄さんがその銃を触っていた覚えは?」
「ないよ、緑はいっつもパソコンばっかりだったもん!」
美音の叫びに、泉はなるほどと首を何度か縦に振る。パソコンの記述については理由を既に知っていた為、割愛する事にした。
「そうでしたか、ありがとうございました。一応電話番号いいですか?」
「…え、うん…」
美音は圧力に負け携帯の赤外線機能を操作する。
「…それより、なんで家捜索した訳?もしかしてお母さんが探してとか言ったの?」
「いやいや、そんな事は無いですよ。気分を悪くされるかもしれませんが、実はとある事件の容疑者として有力な人物になってしまっているんです」
「緑が!?」
美音は衝撃に体を揺らし、同時に携帯を大きく揺らした事で通信が切れてしまった。そのためもう一度試す。
「はい、実は根拠も出てきてしまっているんですよ。後は証拠だけって段階で」
「緑はそんな事しない!」
今度は携帯をがっしり持ったまま、動かなかった。だが声だけは緑の潔白を確りと訴えた。
◇
結局鈴夜は、翌日退院できる事に決まった。だが通院は絶対におこなう事、と念を押された。
その後何度も岳の部屋へ向かい様子を伺ったが、食事を取ろうとしていたり、医師に素直に応じたりと前向きな態度を見せていた。
その姿を見る度、急な変化に不安感も抱いたが、言葉が受け容れてもらえたと考え、素直に喜ぼうと努めた。
美音は、恐る恐るやってきた緑の自宅の前に、警察官が群がっている事に驚きが隠せなかった。皆、険悪な雰囲気で忙しそうに駆け回っている。
因みに昨日は、徹夜で夜の街を、唯々緑との思い出を振り返りながら歩き続けた。
気付かれないようにそっとそっと近付くと、幾人もの警官達が自宅に入って行く姿が見えた。所謂、家宅捜索と言うやつだ。
美音は混乱していた。なぜ被害者であるはずの緑の家が捜索されなければならないのか分からない。それに、家の中を見られたら、良くない疑いがかけられるかもしれない。
困惑しながら見ていると、段々と不安と怒りが立ち上ってきて、美音はその足を動かしていた。
「何やってんの!?何で勝手に家に入ってんの!?信じられない!!」
肩を掴み引き寄せた人物は驚いた顔をしていた。だが、焦りも困惑もそこには無い。
「あ、もしや妹さんですか?」
「えっ?」
それは泉だった。嬉しそうな顔をしてにはーっと不敵な笑みで笑う。美音は得体の知れない恐怖に襲われ、即座に手を離してしまった。
「お話良いですか?」
◇
岳の部屋から、医師がいつもより和らいだ表情で出てきた。鈴夜は急な変化を目の当たりにして、不思議そうに首を傾げる。
「水無さんお早う。調子良さそうかな?」
鈴夜の顔色がよく見えたのか、その顔付きは更に柔らかくなった。鈴夜は本音を隠し相槌を打つ。
「…あ、はい、あの岳さんは」
「落ち着いているよ。今朝はどうしてか素直に診察にも点滴にも応じてくれたんだ、何があったんだろうね?」
鈴夜は明らかな心境の変化に違和感を抱いた。昨日の会話がきっかけになってくれたなら嬉しいが、それだけで前向きになれるとは思わない。
「…そうですか」
だが、改善に向かっているのだ、細かい事は取り合えず良しとしよう。
鈴夜は久しぶりに、無意識から零れる微笑で口元を装っていた。
◇
明灯は警官の事情聴取に、回答役として警察署にきていた。そして少しばかり会話を繰り返した所だ。
社長からの命で直々に指名されたのだが、本当はあまり警察署は好きではない。なぜなら嫌なイメージしか残っていないからだ。
目の前に居るのはねいだった。ボールペンをぎゅっと手に握り締め忙しく動かしながらも、メモを見ては顔を上げ、鋭い視線を明灯に向けてくる。
「…じゃあ誰かに恨まれても可笑しくないって事ですね?」
「……はい、高河くんは時々悪事に手を染めている事がありまして…会社でも問題になる事があったんですが、まさかこんな事になるとは…」
明灯は正直に暴露していた。警察もある程度の事情は掴んでいるだろう。故に、悪事について隠しても仕方が無いだろうと思ったのだ。
もちろん、一部隠蔽している部分もあるが。
「よく首にしなかったですね」
「…社長は考えていたみたいですが…」
「犯人の目星はありますか?」
「…うーん、高河くんが何をしてたかよく知らないところもあるので、断定までは…」
「ですよね」
想定済みの答えだったのか、ねいは酷くがっかりとしている。だが直ぐに顔を上げ、また凝視してきた。
「もう一度聞きますが鈴村さんとは?」
「…さぁ?分からないです、聞いた事も無かったので…」
明灯は平然と嘘を零したが、ねいは嘘を見破る事ができず、信じた様子を見せた。
それにねい自身、緑と勇之が一緒に襲われる確信的な理由を既に心に持っていた。
恐らく警察内部で気付いているのは、自分だけであろう内裏的な理由が。
一応、防犯カメラや録音機に聴取の様子や音声が記憶される事を考慮し、一連の事情聴取をしているに過ぎないのだ。
明灯には申し訳ないと思いつつも、その他にも幾多の質問を繰り返した。
◇
部屋に入ると岳は目覚めていた。ベッドに身を預けたまま天井を眺めている。ただ、やはり呆としているのか、鈴夜が入って来た事に気付いていなかった。
「…岳さん、お早う」
「…す、鈴夜さん」
漸く気付き、鈴夜の方を向く。顔色は相変わらずだったが、雰囲気は落ち着いている。
「………良かった」
岳は笑う気力までは起きないのか、鈴夜の微笑を見ても表情を変えなかった。
だがそれでも、感情に飲まれてひたすらに悲しみを堪えようとする姿よりは大分と良い、と安心感を抱く。
ただ、感情の起伏により状況がまた戻ってしまわないかの心配もあったが、今は考えることをやめた。
◇
「お兄さんについて質問ですが、お兄さんは何か恨まれているなどありましたか?」
通行人に話を聞かれないようにと、話は泉の乗ってきた車の中で行う事にした。後部座席に並んで腰掛ける。
「…知らない。緑は優しい人だもん、そんなの無い」
泉は体ごと美音へと傾けているのだが、美音は靴を脱ぎ体操座りして、泉から目をそらしてしまった。
「じゃあ妹さんは緑さんの部屋にあるものの存在を知っていましたか?銃とか色々」
美音は不安要素に直接触れられ、一瞬黙り込んだ。だが、
「…知ってたよ。でもあれは緑のものじゃない」
「どういうことですか?」
知られてしまった以上、抵抗など無意味だと悟り、自分だから知っている事実を口にした。
それに、緑がCHSの加害者であると、絶対に誰にも知られてはならないと思ったのだ。何人もの人間を殺めることになった¨銃¨の出所、だなんて。
警察には既に知られている事実かもしれないが、せめて世間に流れる事だけは避けたいと思ったのだ。
「あれはお父さんのだよ、引っ越す前に幾つか置いていったの。だから緑のじゃないよ」
「どういう事ですか?」
「…全部話さなきゃ駄目なの?」
「はい、協力して下さい。お兄さんの為ですよ」
泉は柔らかな笑みを湛えた。普段ねいの前では絶対に見せることのない一見純粋な微笑み。
美音はその顔を見て、嫌気を共に添えながらも答えた。
「…この家今は緑一人で使ってるけど、数年前まではお父さんも居たんだよ。あ、うちの親随分前に離婚して緑はお父さんと二人で住んでたの。お父さんは銃マニアで、今は主張中だから置いていったんだと思う」
出来れば家庭事情を他人に話したくは無かったが、緑のためだと言い聞かせて振り絞った。
「なるほど、お兄さんがその銃を触っていた覚えは?」
「ないよ、緑はいっつもパソコンばっかりだったもん!」
美音の叫びに、泉はなるほどと首を何度か縦に振る。パソコンの記述については理由を既に知っていた為、割愛する事にした。
「そうでしたか、ありがとうございました。一応電話番号いいですか?」
「…え、うん…」
美音は圧力に負け携帯の赤外線機能を操作する。
「…それより、なんで家捜索した訳?もしかしてお母さんが探してとか言ったの?」
「いやいや、そんな事は無いですよ。気分を悪くされるかもしれませんが、実はとある事件の容疑者として有力な人物になってしまっているんです」
「緑が!?」
美音は衝撃に体を揺らし、同時に携帯を大きく揺らした事で通信が切れてしまった。そのためもう一度試す。
「はい、実は根拠も出てきてしまっているんですよ。後は証拠だけって段階で」
「緑はそんな事しない!」
今度は携帯をがっしり持ったまま、動かなかった。だが声だけは緑の潔白を確りと訴えた。
◇
結局鈴夜は、翌日退院できる事に決まった。だが通院は絶対におこなう事、と念を押された。
その後何度も岳の部屋へ向かい様子を伺ったが、食事を取ろうとしていたり、医師に素直に応じたりと前向きな態度を見せていた。
その姿を見る度、急な変化に不安感も抱いたが、言葉が受け容れてもらえたと考え、素直に喜ぼうと努めた。
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