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【2】
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◇
鈴夜は家に帰る前に、淑瑠の家へと寄っていた。謝罪の為だ。
一人で道を歩いた事から襲い来た緊張感から、乱れた呼吸と心拍を整える為、何度か深呼吸を繰り返し、ゆっくりと指先でチャイムを鳴らす。
『はい、どなたですか?』
「…す、鈴夜です…」
『鈴夜!?待ってて直ぐ出る!』
本当に高速で向かってくれたのか、玄関の扉は直ぐに開いた。淑瑠は語気から想像していた通り、かなり焦った顔をしている。
「鈴夜、帰ってこれたの!?退院してたの!?」
「……うん…」
鈴夜の表情の強張りに、淑瑠は我に帰り冷や汗を静めた。
「……入って」
鈴夜は長い話になる事を予想していた為、淑瑠の薦めに進んで応じた。
だがカーペットに腰掛けても、直ぐに発声ができない。やはりまだ心の準備が出来ていなかったらしい。
それは淑瑠の方も同じで、読めない鈴夜の心情を見詰めながら、どんな言葉として切り出せばよいか迷ってしまっていた。
「……とりあえず、暖かい物入れようか…」
空気を切り裂くように立ち上がった淑瑠の右手を、鈴夜は反射的に掴んでいた。
淑瑠は目を開き、鈴夜を見詰める。視線はあからさまに逸らしていると分かるくらい、真直ぐ床を見ている。
「…あ…あ…あの、淑兄…」
「…どうしたの?」
「………ごめん、あんなこと言って…、傷つけてごめん」
鈴夜から先に打ち明けられた謝罪に、淑瑠は溢れ出しそうな気持ちを抑える為、一瞬強く唇を噛んだ。
そしてから淑瑠は、再度同じ場所へ腰掛けた。
「…淑兄…優しく…してくれてたのに…ごめん…」
瞼を一切の隙間無く瞑り謝罪を羅列する鈴夜を見ながら、淑瑠も伝えたかった気持ちを吐いた。
「…私もごめん、鈴夜の気持ち考えていなかった」
「…淑兄…」
鈴夜はぎゅっと閉じていた目を開き、小さく安堵感を見せた。心からの声だろう、変化したトーンで言葉が落ちた。
「…僕の事、嫌わないで」
あらぬ心配を浮かべた鈴夜の体を、淑瑠は強く抱いていた。そんな心配をさせてしまっていたとは、欠片も思っていなかった。
「嫌わないよ、大好きだよ、一回も嫌いになった事なんかないしこれからも嫌いになんかならない」
「…淑兄…ありがとう…」
背中に、鈴夜の腕が回った。指の先に少しだけ強い力を込めて抱いてくる。
「……それで、あともう一つ考えた事聞いて?」
「…うん、何?」
「仕事、復帰して」
「…えっ?」
淑瑠は流れの読めない勧めに戸惑った。動揺から上手い返答が組めない。
「……もう淑兄を縛り付けたくないんだ」
「縛り付けるなんて、そんな事」
「お願い何も言わないで。事件が起こる前に戻りたいんだ、僕の為にお願いだよ」
淑瑠は後者につけられた言葉の所為で、否定を示せなくなっていた。
自分の事を考え、発言してくれていると分かるのに。
「…行き帰りだってちゃんと頑張れる、だからお願い」
¨放っておいて¨と叫んだ、鈴夜の声が蘇ってきた。
不安定な状態の続く鈴夜を放って、日常生活に戻るなんて心配で心配で、本当はしたくはないけれど。
「……それが、鈴夜の望みなんだね?」
「…うん…」
「……風邪の時くらいは仕事休むよ?」
「…うん…そうしてくれると嬉しい…」
「鈴夜の部屋には行くからね」
「…うん、また暖かくなったら泊まりに来てよ」
「…流石にベッド狭かったからね」
互いに顔は見ないまま、静かに落ちる声だけを拾い上げ絡めて行く。後半にかけて笑声の混じってゆく声を、鈴夜は泣きながら聞いていた。
自分に縛り付ける事で、淑瑠の自由を奪うのはもうやめだ。自分が叶わなくても、淑瑠だけは普通の、大智が消える前の生活へと返すんだ。
自分の近くにいさせる事で、不幸にするのは嫌なんだ。例え一秒でも、その人生を無駄にさせるのは嫌なんだよ。
淑瑠が騒ぎに巻き込まれる危険性への考慮も含み、鈴夜は仕事の復帰を薦めていた。
少なくとも遠くに行っている間は何かをされる事はないだろうから。人と関われば関わるほど見守る目も増えるし。
だから、これでいいんだ。
――――暫くそのまま、それぞれが思いに身を委ねたままで抱き合っていたが、完全に涙が乾き、鈴夜の腹が鳴ったところで我に返り離れた。
「お腹空いちゃったね、何か適当に作るよ」
頬を淡く赤らめる鈴夜を、本物の困り笑いで見詰めた淑瑠が先に立ち上がった。それを鈴夜が追いかける形で腰を上げる。
「手伝うよ」
「いいよ、座ってて」
手振りも含め行動を止めた淑瑠の、大きな手の平を見ながらゆっくり首肯する。
淑瑠は納得してもらえて一瞬の輝きを放つと、キッチンへと駆けていった。
◇
依仁は結果に落胆していた。折角辿り着いたと思ったのに振り出しに――いやそこまでいってはいないだろうが、抱いた可能性が消えた事に落ち込む。
俊也と共に襲われた警察官は、ねいだった。ねいも際どい部分を撃たれていたらしく、自作の線も消えた。
どこもかも女性警官としか表記がなく、必死に調べこみやっと見つけたと思ったらこれだ。
大智の件も、鈴夜の件と自分の件もとりあえず解決した。後は凜の件と、勇之と緑の件を起こした犯人を見つければ目標は達成だ。
依仁は気を取り直し、続いて勇之と緑の事件について調べ始めた。
鈴夜は家に帰る前に、淑瑠の家へと寄っていた。謝罪の為だ。
一人で道を歩いた事から襲い来た緊張感から、乱れた呼吸と心拍を整える為、何度か深呼吸を繰り返し、ゆっくりと指先でチャイムを鳴らす。
『はい、どなたですか?』
「…す、鈴夜です…」
『鈴夜!?待ってて直ぐ出る!』
本当に高速で向かってくれたのか、玄関の扉は直ぐに開いた。淑瑠は語気から想像していた通り、かなり焦った顔をしている。
「鈴夜、帰ってこれたの!?退院してたの!?」
「……うん…」
鈴夜の表情の強張りに、淑瑠は我に帰り冷や汗を静めた。
「……入って」
鈴夜は長い話になる事を予想していた為、淑瑠の薦めに進んで応じた。
だがカーペットに腰掛けても、直ぐに発声ができない。やはりまだ心の準備が出来ていなかったらしい。
それは淑瑠の方も同じで、読めない鈴夜の心情を見詰めながら、どんな言葉として切り出せばよいか迷ってしまっていた。
「……とりあえず、暖かい物入れようか…」
空気を切り裂くように立ち上がった淑瑠の右手を、鈴夜は反射的に掴んでいた。
淑瑠は目を開き、鈴夜を見詰める。視線はあからさまに逸らしていると分かるくらい、真直ぐ床を見ている。
「…あ…あ…あの、淑兄…」
「…どうしたの?」
「………ごめん、あんなこと言って…、傷つけてごめん」
鈴夜から先に打ち明けられた謝罪に、淑瑠は溢れ出しそうな気持ちを抑える為、一瞬強く唇を噛んだ。
そしてから淑瑠は、再度同じ場所へ腰掛けた。
「…淑兄…優しく…してくれてたのに…ごめん…」
瞼を一切の隙間無く瞑り謝罪を羅列する鈴夜を見ながら、淑瑠も伝えたかった気持ちを吐いた。
「…私もごめん、鈴夜の気持ち考えていなかった」
「…淑兄…」
鈴夜はぎゅっと閉じていた目を開き、小さく安堵感を見せた。心からの声だろう、変化したトーンで言葉が落ちた。
「…僕の事、嫌わないで」
あらぬ心配を浮かべた鈴夜の体を、淑瑠は強く抱いていた。そんな心配をさせてしまっていたとは、欠片も思っていなかった。
「嫌わないよ、大好きだよ、一回も嫌いになった事なんかないしこれからも嫌いになんかならない」
「…淑兄…ありがとう…」
背中に、鈴夜の腕が回った。指の先に少しだけ強い力を込めて抱いてくる。
「……それで、あともう一つ考えた事聞いて?」
「…うん、何?」
「仕事、復帰して」
「…えっ?」
淑瑠は流れの読めない勧めに戸惑った。動揺から上手い返答が組めない。
「……もう淑兄を縛り付けたくないんだ」
「縛り付けるなんて、そんな事」
「お願い何も言わないで。事件が起こる前に戻りたいんだ、僕の為にお願いだよ」
淑瑠は後者につけられた言葉の所為で、否定を示せなくなっていた。
自分の事を考え、発言してくれていると分かるのに。
「…行き帰りだってちゃんと頑張れる、だからお願い」
¨放っておいて¨と叫んだ、鈴夜の声が蘇ってきた。
不安定な状態の続く鈴夜を放って、日常生活に戻るなんて心配で心配で、本当はしたくはないけれど。
「……それが、鈴夜の望みなんだね?」
「…うん…」
「……風邪の時くらいは仕事休むよ?」
「…うん…そうしてくれると嬉しい…」
「鈴夜の部屋には行くからね」
「…うん、また暖かくなったら泊まりに来てよ」
「…流石にベッド狭かったからね」
互いに顔は見ないまま、静かに落ちる声だけを拾い上げ絡めて行く。後半にかけて笑声の混じってゆく声を、鈴夜は泣きながら聞いていた。
自分に縛り付ける事で、淑瑠の自由を奪うのはもうやめだ。自分が叶わなくても、淑瑠だけは普通の、大智が消える前の生活へと返すんだ。
自分の近くにいさせる事で、不幸にするのは嫌なんだ。例え一秒でも、その人生を無駄にさせるのは嫌なんだよ。
淑瑠が騒ぎに巻き込まれる危険性への考慮も含み、鈴夜は仕事の復帰を薦めていた。
少なくとも遠くに行っている間は何かをされる事はないだろうから。人と関われば関わるほど見守る目も増えるし。
だから、これでいいんだ。
――――暫くそのまま、それぞれが思いに身を委ねたままで抱き合っていたが、完全に涙が乾き、鈴夜の腹が鳴ったところで我に返り離れた。
「お腹空いちゃったね、何か適当に作るよ」
頬を淡く赤らめる鈴夜を、本物の困り笑いで見詰めた淑瑠が先に立ち上がった。それを鈴夜が追いかける形で腰を上げる。
「手伝うよ」
「いいよ、座ってて」
手振りも含め行動を止めた淑瑠の、大きな手の平を見ながらゆっくり首肯する。
淑瑠は納得してもらえて一瞬の輝きを放つと、キッチンへと駆けていった。
◇
依仁は結果に落胆していた。折角辿り着いたと思ったのに振り出しに――いやそこまでいってはいないだろうが、抱いた可能性が消えた事に落ち込む。
俊也と共に襲われた警察官は、ねいだった。ねいも際どい部分を撃たれていたらしく、自作の線も消えた。
どこもかも女性警官としか表記がなく、必死に調べこみやっと見つけたと思ったらこれだ。
大智の件も、鈴夜の件と自分の件もとりあえず解決した。後は凜の件と、勇之と緑の件を起こした犯人を見つければ目標は達成だ。
依仁は気を取り直し、続いて勇之と緑の事件について調べ始めた。
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