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鈴夜は睡眠薬を含み眠っていた。疲れの所為か目覚めた時には明るくなっていて、直ぐに朝の訪れを悟った。
体が異常にだるく、起き上がる事ができない。携帯で時刻を確認するのも億劫で、呆然としてしまう。
だが、時間は止まってはくれないのだ。
鈴夜は心の内に強く、客観視した一日の自分の姿を思い描き、ゆっくりと起き上がった。
◇
依仁は早朝より、柚李の事を考えていた。
柚李はどこから情報を得たというのだろう。
依仁が幾ら事件について検索をかけても、関係者の名は一切出なかったというのに。
それなのに柚李は、関係者を通り越し加害者だと断定してみせた。
もしかしたら、樹野の事も割り出しているのだろうか。
いや、樹野は関係者である物の、被害者でも加害者でもないのだ。追究は困難を極めるはずだ。
なんにせよ、CHS事件を嗅ぎ回っている人間が要注意人物である事に変わりはない。これまでの事件に何らかの形で関わっていてもおかしく無いのだ。危険人物の可能性だって有り得るだろう。
◇
その頃柚李はというと、また警察署内部でねいと対話していた。美音の相談を受けた談話室である。
事件を受けて一応カメラの設置はしてある物の、プライバシーと言う点を考慮し、録音機は設置されていない。
話が長引くと思い、淹れて来た暖かい緑茶を柚李の置く。
「緑さんの件、ご愁傷様です」
「…どうも」
僅かな雰囲気の変化に気付いた柚李は、生まれた疑問を率直に投げた。
「寂しいですか?」
ねいは即座に、内容を推測した。恐らく緑が居なくなって、といった所だろう。
「……どうかしら?」
嘲笑にも似た静かな笑みに、柚李は微かに眉を顰めた。ねいの感情は時々読み辛い所があるから、暴きたくなってしまう。
「…もしや嬉しいですか」
「邪道な質問ね。嬉しい訳ないじゃない、不快よ。幾ら緑がCHSの加害者側だからって」
伏せ目が語る真実を読み解こうと瞳を凝視してみたが、その目は何も語らなかった。まるでシャットダウンしているかのように読ませてはくれない。
「…でも、それ知ってるのって、ねいさんと私とCHS加害者の人たちだけでしょう?一般的には知られていない訳ですし」
ねいは考えているのか、目を伏せたまま浅く頷く。
ねいと柚李は、CHS事件にて、緑が直接人を殺すポジションに居なかった事を知っていた。間接的に携わっただけであり、事件当時も現場に居なかった為、被害者でも知らない立場にある筈なのだ。
柚李は事件資料から得た、現場の様子を想像し軽く首を傾げた。
「…不思議ですねー。高河さんと一緒に誰が緑さんを殺したんでしょうか?」
◇
店内の数箇所に置かれている、大き目の花瓶に花を飾るのは好きな仕事である。いつもより早い時間の出勤が求められるが、辛さ以上の楽しさがある。
だが、今日はたくさんの煌びやかな花を見ても気分が上がらず、中々手が進まなかった。
「八坂さん、色足りなかった?」
樹野とは別の花瓶を飾っていた同僚が、ハサミを取りに来たらしく声をかけてきた。樹野は反射的に困り笑う。
「えっ、いいえ、今日はどんなテーマにしようかなって…」
「いつも付き合わせちゃってごめんね~、八坂さんセンスいいからついつい」
ハサミを手に取ると、同僚は与えられたポジションへと帰ってゆく。その背中に遅れて謝礼を落とす。
「…あ、ありがとうございます」
脳内は依仁でいっぱいだった。今朝も口数の少ない依仁を見ながら樹野も黙り込んでしまい、抱いていた疑問を投げ掛けられなかった。無言を利用し切り出せばよいのだろうが、静寂には勝てなかった。
また何か起こってからでは遅いのに。
分かっていながらも、どうしても気後れしてしまうのだ。
樹野は飾りつけた花瓶を、少し離れた場所に立ち見てみたが、納得がいかず作り直すことにした。
◇
「お早う鈴夜くん」
数瞬遅れて返って来た返事は、仄かな重みを帯びていた。だが表情は、相変わらず淑やかな笑顔である。
「お早うございます」
「…調子はもう大丈夫か?」
昨日は体調不良により仕事を中断して帰宅してしまったから、歩は酷く心配しているだろう。
「雨も上がりましたし大丈夫ですよ」
「なら良いけれど、無理はするなよ。辛くなったら休む事、分かった?」
「はい」
優しさを受け容れた振りをして、隣の同僚にも声をかけえてから普段通り椅子に腰掛けた。
歩が仕事に取り掛かり始めたのを見送ると、次に扉を見詰め、明灯は今日はやってくるだろうかと無意識に考える。
昨日、一つ聞きたい事が出来た。その後明灯にもらった薬を眺めていて、気になっていた疑問だ。
二人きりになる時間があるとは到底思えないが、聞く機会があれば尋ねてみたいと思った。
体が異常にだるく、起き上がる事ができない。携帯で時刻を確認するのも億劫で、呆然としてしまう。
だが、時間は止まってはくれないのだ。
鈴夜は心の内に強く、客観視した一日の自分の姿を思い描き、ゆっくりと起き上がった。
◇
依仁は早朝より、柚李の事を考えていた。
柚李はどこから情報を得たというのだろう。
依仁が幾ら事件について検索をかけても、関係者の名は一切出なかったというのに。
それなのに柚李は、関係者を通り越し加害者だと断定してみせた。
もしかしたら、樹野の事も割り出しているのだろうか。
いや、樹野は関係者である物の、被害者でも加害者でもないのだ。追究は困難を極めるはずだ。
なんにせよ、CHS事件を嗅ぎ回っている人間が要注意人物である事に変わりはない。これまでの事件に何らかの形で関わっていてもおかしく無いのだ。危険人物の可能性だって有り得るだろう。
◇
その頃柚李はというと、また警察署内部でねいと対話していた。美音の相談を受けた談話室である。
事件を受けて一応カメラの設置はしてある物の、プライバシーと言う点を考慮し、録音機は設置されていない。
話が長引くと思い、淹れて来た暖かい緑茶を柚李の置く。
「緑さんの件、ご愁傷様です」
「…どうも」
僅かな雰囲気の変化に気付いた柚李は、生まれた疑問を率直に投げた。
「寂しいですか?」
ねいは即座に、内容を推測した。恐らく緑が居なくなって、といった所だろう。
「……どうかしら?」
嘲笑にも似た静かな笑みに、柚李は微かに眉を顰めた。ねいの感情は時々読み辛い所があるから、暴きたくなってしまう。
「…もしや嬉しいですか」
「邪道な質問ね。嬉しい訳ないじゃない、不快よ。幾ら緑がCHSの加害者側だからって」
伏せ目が語る真実を読み解こうと瞳を凝視してみたが、その目は何も語らなかった。まるでシャットダウンしているかのように読ませてはくれない。
「…でも、それ知ってるのって、ねいさんと私とCHS加害者の人たちだけでしょう?一般的には知られていない訳ですし」
ねいは考えているのか、目を伏せたまま浅く頷く。
ねいと柚李は、CHS事件にて、緑が直接人を殺すポジションに居なかった事を知っていた。間接的に携わっただけであり、事件当時も現場に居なかった為、被害者でも知らない立場にある筈なのだ。
柚李は事件資料から得た、現場の様子を想像し軽く首を傾げた。
「…不思議ですねー。高河さんと一緒に誰が緑さんを殺したんでしょうか?」
◇
店内の数箇所に置かれている、大き目の花瓶に花を飾るのは好きな仕事である。いつもより早い時間の出勤が求められるが、辛さ以上の楽しさがある。
だが、今日はたくさんの煌びやかな花を見ても気分が上がらず、中々手が進まなかった。
「八坂さん、色足りなかった?」
樹野とは別の花瓶を飾っていた同僚が、ハサミを取りに来たらしく声をかけてきた。樹野は反射的に困り笑う。
「えっ、いいえ、今日はどんなテーマにしようかなって…」
「いつも付き合わせちゃってごめんね~、八坂さんセンスいいからついつい」
ハサミを手に取ると、同僚は与えられたポジションへと帰ってゆく。その背中に遅れて謝礼を落とす。
「…あ、ありがとうございます」
脳内は依仁でいっぱいだった。今朝も口数の少ない依仁を見ながら樹野も黙り込んでしまい、抱いていた疑問を投げ掛けられなかった。無言を利用し切り出せばよいのだろうが、静寂には勝てなかった。
また何か起こってからでは遅いのに。
分かっていながらも、どうしても気後れしてしまうのだ。
樹野は飾りつけた花瓶を、少し離れた場所に立ち見てみたが、納得がいかず作り直すことにした。
◇
「お早う鈴夜くん」
数瞬遅れて返って来た返事は、仄かな重みを帯びていた。だが表情は、相変わらず淑やかな笑顔である。
「お早うございます」
「…調子はもう大丈夫か?」
昨日は体調不良により仕事を中断して帰宅してしまったから、歩は酷く心配しているだろう。
「雨も上がりましたし大丈夫ですよ」
「なら良いけれど、無理はするなよ。辛くなったら休む事、分かった?」
「はい」
優しさを受け容れた振りをして、隣の同僚にも声をかけえてから普段通り椅子に腰掛けた。
歩が仕事に取り掛かり始めたのを見送ると、次に扉を見詰め、明灯は今日はやってくるだろうかと無意識に考える。
昨日、一つ聞きたい事が出来た。その後明灯にもらった薬を眺めていて、気になっていた疑問だ。
二人きりになる時間があるとは到底思えないが、聞く機会があれば尋ねてみたいと思った。
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