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「お早う鈴夜、迎えに来たよ」
既に起き上がり窓向こうを見ていた鈴夜は、淑瑠の挨拶にゆっくりと振り向いた。因みに既に時刻は11時を回っている。
「ごめ…えっとありがとう、仕事ごめんね」
「ううん大丈夫鈴夜を送ったら行くから、て言う事だから帰ろうか?」
帰宅時に合わせて、時間を調整してくれたらしい。自宅療法も可能、という事だったので進んでそちらを選択した。
申し訳なさを前面に押し出してしまわないように、鈴夜は後に別の同僚が持って来てくれた仕事鞄に手を当てる。
「うん、準備できてるよ。薬ももらったし」
鞄の中に、治療に必要となる薬が何日分か入っている。
薬は2種類あるのだが、その一つが今時々服用していた抗不安剤である事に驚いてしまった。それは極端な不安に駆られた時服用するといいらしい。
もう一つは抗鬱剤というもので、治す為、長期的に服用して行くものらしい。
薬の名前からも、自分が重い精神異常を来たしているのだと、突きつけられた気になって心苦しかった。
望む平凡な生活から一段と遠い場所に追い遣られてしまい、鈴夜は澱む思いを無理矢理追い返した。
◇
依仁は、携帯画面を見ながら焦燥していた。正しくはニュースを見ていたのだが、進展の無さに苛立ってしまう。
歩が命をかけてまで警察署に行き、話をしたというのに事は何一つ経過を見せておらず、CHS事件はさておき、サイトの事さえも一般公開されていない。
事件について公開されるのは、依仁自身気が乗らなかった為それで良いと思う。しかしサイトに関しては、無くなって欲しいと願っていた為、やはり動かないのはもどかしく思う。随分恣意的だとは思うが。
この際、事件が明るみにされても、樹野一人守る事が出来れば良いと思ってしまうのだ。
自分は捕まっても、不幸になっても、殺されるのは嫌だが樹野の代わりになれるならそれでも――いや、折角だからデートはしたいな。
ふわふわと浮かびだす、纏まらない思いを嘲笑しつつも、依仁は電源を切った。
◇
明灯は、悪夢に魘され目覚めていた。額から汗が伝うほど、酷い悪夢だった。
15年前の10月中旬からの、一年間にも及ぶ記憶から生成された夢である。
辺りを見回すと、直ぐに現実だと理解できた。仕事場の仮眠室は殺風景で、少ないベッドと時計、連絡用の固定電話のみが置かれている。
しかし、夢だと分かりながらも余韻が抜けない。
包帯だらけの無残な姿で死んでいる、娘の姿が焼きついていて離れない。愛しい人が、目の前で死んでいた時の景色が忘れられない。その後繰り返された罵倒と、非難の嵐が心から離れてくれない。
明灯は鳴りだしたコールを呆然としながら見詰め、切れるのを見守ると、ベッドの脇の鞄から薬を取り出し服用した。
◇
ねいは、渡されたCHS事件の資料を、何度も何度も読み込んでいた。
知りたかった部分は解決した。
幼き日には気付けなかった新事実を期待し、その後もページを捲り続けたが、ねいの知らない事情は記されていなかった。
「ねいさん、事件解決の糸口見えそうです?」
後方の気配に振り向くと、左耳にイヤフォンを装着した泉の姿があった。
「…まだね」
「そうですかー、何かあれば教えて下さい」
どうやら泉は自分で捜す気は無いらしく、右耳にもイヤフォンを装着すると去っていく。ねいは、とあるページを見詰めながら、泉の背を一瞥した。
そのページとは、詳しい被害者名簿だった。亡くなった生徒や教師の、名や年齢が詰め込まれている。
これからの捜査に役立ちそうなのは、ここくらいだろうか。
そこから家族も割り出し、犯行に及びそうな人物を割り出せば、解決の糸口は見えるだろう。
ねいはとある真実を知りながら、ページを先送った。
◇
歩は医師から聞いた病名や症状、そして鈴夜の左手の状態に付いて脳内に浮かべていた。
因みに同僚には、まだ詳しい事情は話せない、といっておいた。鈴夜の許可を取り次第、告げるつもりだ。
ずっと悩んでおり、自分を追い詰めているのは色濃く感じていたが、体に異常を来たすほど深刻な状態にあるとは考えていなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。
長い間、急な発作に恐怖しながら仕事させていたと思うと辛くなってくる。
歩は空っぽになったままの、鈴夜の席を見詰めた。
――これからの事を、一度話し合わなければならないな。
歩は幾つかの選択肢を、頭の中に箇条置きした。
◇
静寂に満ちた部屋でありながらも、薬が効いているのか鈴夜の心は落ち着いていた。暖房の優しい風が、何もせず椅子に座ったままの鈴夜の髪を揺らす。
自分の体について考えると、不安が過ぎる。
この先、また発作が起こったら。仕事場で、また同僚に見られたら。
鈴夜は場面を想像し、陰を乗せた。
◇
柚李は、ねいから聞いた話から目を背けたくて、無心でCHS事件について纏めていた。実際はよく知らない真実を、これまで集めた情報から自分なりに解釈してみる。
まず、銃の件。それは緑で間違いないだろう。親のコレクションである銃を持ち出して、武器にしたと思われる。
そして、鍵の件。実際目の当たりにして確信した。鍵は岳が知識を生かし、細工していたと思われる。多分誰かの命令で。
次に主犯少年だ。ネット上では相当酷い虐めを受けていた、とある。傷が残っている人間で、主犯に成り得る人間と言えば勇之だろうか。
ねいに聞いた話とネットの情報から、多くの傷が残っていたとの根拠もある。
そしてその仲間は――。
誤報も含む、情報と証言から導き出した結果を並べてゆく。その中に含まれた名に、柚李は悲しみを重ねた。
最後に被害者の纏めに取り掛かろうとしたが、書き出す事で涙が溢れてしまいそうだった為、割愛した。
既に起き上がり窓向こうを見ていた鈴夜は、淑瑠の挨拶にゆっくりと振り向いた。因みに既に時刻は11時を回っている。
「ごめ…えっとありがとう、仕事ごめんね」
「ううん大丈夫鈴夜を送ったら行くから、て言う事だから帰ろうか?」
帰宅時に合わせて、時間を調整してくれたらしい。自宅療法も可能、という事だったので進んでそちらを選択した。
申し訳なさを前面に押し出してしまわないように、鈴夜は後に別の同僚が持って来てくれた仕事鞄に手を当てる。
「うん、準備できてるよ。薬ももらったし」
鞄の中に、治療に必要となる薬が何日分か入っている。
薬は2種類あるのだが、その一つが今時々服用していた抗不安剤である事に驚いてしまった。それは極端な不安に駆られた時服用するといいらしい。
もう一つは抗鬱剤というもので、治す為、長期的に服用して行くものらしい。
薬の名前からも、自分が重い精神異常を来たしているのだと、突きつけられた気になって心苦しかった。
望む平凡な生活から一段と遠い場所に追い遣られてしまい、鈴夜は澱む思いを無理矢理追い返した。
◇
依仁は、携帯画面を見ながら焦燥していた。正しくはニュースを見ていたのだが、進展の無さに苛立ってしまう。
歩が命をかけてまで警察署に行き、話をしたというのに事は何一つ経過を見せておらず、CHS事件はさておき、サイトの事さえも一般公開されていない。
事件について公開されるのは、依仁自身気が乗らなかった為それで良いと思う。しかしサイトに関しては、無くなって欲しいと願っていた為、やはり動かないのはもどかしく思う。随分恣意的だとは思うが。
この際、事件が明るみにされても、樹野一人守る事が出来れば良いと思ってしまうのだ。
自分は捕まっても、不幸になっても、殺されるのは嫌だが樹野の代わりになれるならそれでも――いや、折角だからデートはしたいな。
ふわふわと浮かびだす、纏まらない思いを嘲笑しつつも、依仁は電源を切った。
◇
明灯は、悪夢に魘され目覚めていた。額から汗が伝うほど、酷い悪夢だった。
15年前の10月中旬からの、一年間にも及ぶ記憶から生成された夢である。
辺りを見回すと、直ぐに現実だと理解できた。仕事場の仮眠室は殺風景で、少ないベッドと時計、連絡用の固定電話のみが置かれている。
しかし、夢だと分かりながらも余韻が抜けない。
包帯だらけの無残な姿で死んでいる、娘の姿が焼きついていて離れない。愛しい人が、目の前で死んでいた時の景色が忘れられない。その後繰り返された罵倒と、非難の嵐が心から離れてくれない。
明灯は鳴りだしたコールを呆然としながら見詰め、切れるのを見守ると、ベッドの脇の鞄から薬を取り出し服用した。
◇
ねいは、渡されたCHS事件の資料を、何度も何度も読み込んでいた。
知りたかった部分は解決した。
幼き日には気付けなかった新事実を期待し、その後もページを捲り続けたが、ねいの知らない事情は記されていなかった。
「ねいさん、事件解決の糸口見えそうです?」
後方の気配に振り向くと、左耳にイヤフォンを装着した泉の姿があった。
「…まだね」
「そうですかー、何かあれば教えて下さい」
どうやら泉は自分で捜す気は無いらしく、右耳にもイヤフォンを装着すると去っていく。ねいは、とあるページを見詰めながら、泉の背を一瞥した。
そのページとは、詳しい被害者名簿だった。亡くなった生徒や教師の、名や年齢が詰め込まれている。
これからの捜査に役立ちそうなのは、ここくらいだろうか。
そこから家族も割り出し、犯行に及びそうな人物を割り出せば、解決の糸口は見えるだろう。
ねいはとある真実を知りながら、ページを先送った。
◇
歩は医師から聞いた病名や症状、そして鈴夜の左手の状態に付いて脳内に浮かべていた。
因みに同僚には、まだ詳しい事情は話せない、といっておいた。鈴夜の許可を取り次第、告げるつもりだ。
ずっと悩んでおり、自分を追い詰めているのは色濃く感じていたが、体に異常を来たすほど深刻な状態にあるとは考えていなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。
長い間、急な発作に恐怖しながら仕事させていたと思うと辛くなってくる。
歩は空っぽになったままの、鈴夜の席を見詰めた。
――これからの事を、一度話し合わなければならないな。
歩は幾つかの選択肢を、頭の中に箇条置きした。
◇
静寂に満ちた部屋でありながらも、薬が効いているのか鈴夜の心は落ち着いていた。暖房の優しい風が、何もせず椅子に座ったままの鈴夜の髪を揺らす。
自分の体について考えると、不安が過ぎる。
この先、また発作が起こったら。仕事場で、また同僚に見られたら。
鈴夜は場面を想像し、陰を乗せた。
◇
柚李は、ねいから聞いた話から目を背けたくて、無心でCHS事件について纏めていた。実際はよく知らない真実を、これまで集めた情報から自分なりに解釈してみる。
まず、銃の件。それは緑で間違いないだろう。親のコレクションである銃を持ち出して、武器にしたと思われる。
そして、鍵の件。実際目の当たりにして確信した。鍵は岳が知識を生かし、細工していたと思われる。多分誰かの命令で。
次に主犯少年だ。ネット上では相当酷い虐めを受けていた、とある。傷が残っている人間で、主犯に成り得る人間と言えば勇之だろうか。
ねいに聞いた話とネットの情報から、多くの傷が残っていたとの根拠もある。
そしてその仲間は――。
誤報も含む、情報と証言から導き出した結果を並べてゆく。その中に含まれた名に、柚李は悲しみを重ねた。
最後に被害者の纏めに取り掛かろうとしたが、書き出す事で涙が溢れてしまいそうだった為、割愛した。
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