Criminal marrygoraund

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 柚李は明灯の家を訪問していた。本当は平日にでも尋ねたかったのだが、仕事や何やらいつも忙しそうにしていた為、土曜日まで待っていたのだ。
 扉を開いた明灯の目の下には、一目で分かる隈が張っていた。また更に疲れを溜めたのだと悟る。きっとそれが精神的なものであるとも、柚李は気付いていた。

「……大丈夫ですか?」
「……うん、どうぞあがって、お茶入れるよ」
「ありがとうございます、失礼致します」

 明灯の家に踏み込むと、仏壇の戸が確りと閉められている事に気付いた。

「……あれ、閉めちゃったんですか?」
「……うん、顔向けできなくて…」

 柚李は明灯の心模様を読み取り、視線を仏壇から逸らした。
 同じ境遇にあるものとして共に過ごして来たが、気持ちの揺れは人それぞれだ。同じだけ耐えられる訳ではないのだと改めて知る。

「…そ、そうですか…御免なさい…」
「柚李ちゃんのせいじゃないよ、自分を責めないで」
「…でも私が明灯さんに…」

 とある出来事を明灯に告げた日を思い出し、柚李は顔に陰を落とした。今更後悔が滲み出てくる。

「もう済んだ事だよ。明音寂しいかもしれないから柚李さん声かけてあげてよ…」

 言い残し、明灯が紅茶を用意しにキッチンへと姿を消したのを見送り、立ち上がると仏壇をそっとあけた。


 美音は、疑われているとは露知らず、病院へと姿を現していた。もちろん淑瑠の元へと顔を出す為である。
 美音がしたノックに、反応したのは鈴夜だった。迎えの声を受け取り、恐る恐る美音が入室する。

「…お早うございます…」
「…お早う、美音さん」

 淑瑠を見ると、前よりも痛みは緩和されたらしく、苦痛は見えなかった。
 しかし今日は、倦怠感や疲労感に苛まれているのか、活力が見えなかった。それに加え、目の下に不眠を象徴する色が見える。
 そんな、目を閉じ笑顔を見せない淑瑠の、さらりと落ちる綺麗な金の髪を、鈴夜はずっと撫で続けている。目覚めている事は、鈴夜の髪を浚う左手首を弱く握る仕草から読み取れた。

「……どう、ですか?」
「……うん…」

 鈴夜は的確な答えが見いだせず、曖昧に頷いていた。美音は鈴夜の内心を悟ったのか、視線を落とす。

「……すみません、退院って何時出来るんですかね?」
「……分からない、先生に聞いてみないと」

 まだ詳しい状態について、医師から聞けていなかった。尋ねて詳細を聞く事も出来ただろうが、そうする勇気も余裕も無かったのだ。

「…そうですか、決まったら教えてください…」
「……うん」

 美音は、淑瑠が退院したらまた家に来てくれるつもりなのだろう。
 いつかのようにデザートを3つ持ってきてくれたなら、今度は3人で囲んで笑えたらいいな、なんて鈴夜は煌く未来を静かに描いた。


 柚李は伏せられた写真立てを、優しく触れるようにして、柔い握力で掴んだ。写真の中の笑顔を拝もうと思ったのだ。
 だが、持ち上げた瞬間、するりと手を抜けて写真立てが落ちた。ガラス張りの写真立ては、音を立てて弾け、散ばる。
 柚李は蒼褪めながらも、急いでガラスをかき集めた。

 その際見えた、明音の写真の裏に入っていたであろう、小さな写真を見つけてしまった。
 ゆっくりと手を添え抜き取ると、一人の美しい女性の写真が出てきた。明音と顔立ちが似ている気がする。

「大丈夫!? 凄い音がしたけど…!」

 明灯の出現に、柚李は改めて焦った。大切なものを壊してしまったという事実に、深い罪悪感が立ち上る。

「あっ、御免なさい! 明灯さん御免なさい! 明音ちゃんの写真立てようと思ったら落としてしまって、本当に御免なさい…!! 御免なさい…!!」

 必死になって謝罪する柚李と散ばる破片を見て、明灯は少しばかり驚いた顔をしていたが、直ぐに冷静になり屈みこんだ。

「…いいよ、大丈夫、怪我してない?」
「……えっと、はい、大丈夫です…」

 もう一度拾い集めようとした時、柚李の手元に明灯の視線が注がれた。停止した動きに気付き柚李が顔を上げると、明灯は表情を歪めていた。

「…あっ…ごっ、御免なさい…これ、気になって…! お、お返しします…!!」
「………うん、袋持って来るね…」

 差し出された写真を受け取り、顔に陰を乗せたまま明灯はふらりと立ち上がる。
 だが、その体は直ぐに、揺れて壁に手を付いた。

「明灯さん…!」

 また喘息の症状だ。喘鳴音が鳴り出し、息苦しそうに壁伝いに屈み込み蹲る。辺りを軽く見回してみたが、吸入器は見当たらなかった。

「明灯さん! どこですか!」

 明灯は答えない。それが敢えて答えを拒んでいるように見えて、柚李は窮地に追い遣られた気分になった。

「明灯さん!」
「…もう、いい…もう…いいよ…」

 在り処の変わりに落とされた諦めに、柚李は一瞬絶句した。だが一刻の猶予も許されなくなる前に、早く明灯から聞き出さなくてはならないと、無理矢理言葉を引っ張り出す。

「駄目ですよ明灯さん!! まだ駄目ですよ!! もう少しです! だから! お願いです!! 今は!!」
「…ごめ…ん…柚李ちゃ…ん…疲れ…たんだ…」

 転倒する明灯の視線の先には、明音の写真と女性の写真があった。
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