Criminal marrygoraund

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【2】

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 樹野は、編みかけのマフラーを持って病院に来ていた。自宅で編むだけでは完成しないと悟ったのだ。
 依仁の様子を時々上目で伺いながら、一編みずつ連ねてゆく。部屋は静かで、物音一つ無い。

「……うぅ……」
「依仁くん!?」

 直ぐマフラーを鉤ごと置き、依仁に駆け寄る。だが表情を歪めるだけで、意識の回復は見られなかった。
 しかし、今まで表情も一切動かなかったのだ。故にそれが回復の兆しに見えて、樹野は嬉しくなってしまった。

 もう少ししたら、目が覚めるかもしれない。
 目覚めたら直ぐ依仁に笑いかけられるよう、ずっと傍に居よう。きっと不安げな顔をするだろうから、大丈夫だと優しい声を掛けてあげたい。

 樹野はゆっくり腰掛けて、鉤がほどけてしまわないよう丁寧に手に取った。 


 柚李は、事情聴取を終えて自宅に戻ってきていた。直ぐにベッドに潜り込み、目を閉じて眠気に身を委ねる。
 やはり警察署では熟睡できない。緊張が纏って落ち着く事もできない。

 あの後、ねいから現場の様子を大まかに聞いた。
 現場に美音が居て、しかも命を落とした事に柚李は悲しみを重ねていた。しかもその美音も命を奪ったという。
 変わった子だと思っていたが、最終的に殺人にまで手を出してしまうとは、何て悲惨な結末だろう。
 しかも、実母にも手をかけていたらしい。

 柚李は唯一そこだけが信じられなかった。復讐心に燃えていた美音が、殺人をする可能性は零では無いとどこかで分かってはいたけれど。
 けれど母親を殺すなんて。
 家族を、何にも変えがたい大切な物と信じている柚李には、到底理解出来なかった。

 だが、今はそんな事はどうでも良い話だ。美音は淑瑠を殺した。自分が手を下す前に、その命を奪った。
 それは希望していた事だった。実際消し去ろうとしていたのだ、形が変わっただけで喜ぶべき事だろう。
 しかし笑えない。良かったと言えない。

 柚李は、望んでいた筈の未来が近付くにつれて、自分の精神が死んでゆくのに気付いていた。


 歩は、二回目の点滴の副作用で、再度眠る鈴夜の様子を見送り、樹野の部屋に来ていた。樹野の部屋には医師もいて、何やら和ましく話をしていた。

「あっ、折原先生」
「入っても大丈夫だったかな?」
「良いですよ」
「どうかしました?」

 樹野と医師の表情は穏やかだ。緩んだ笑みは、本当に久しぶりに見る気がする。ふと、棚に置かれた編みかけのマフラーが目に付いた。

「先生、もう直ぐ依仁くん目覚めるかもしれないんです!」

 樹野の向日葵のような明るい笑顔に、抱えている物を隠して微笑む。

「いつ起きるか的確には言えないんだけどね」

 医師の小さな苦笑いを物ともせず、樹野はニコニコと嬉しそうだ。

「そうか、良かった」

 依仁の意識が戻れば、樹野の気持ちも少しは楽になる事だろう。本人の願いがあれば、警察も動きやすくなるだろうし。

 医師を見送ると、樹野は再度依仁を見詰めて微笑んだ。絶望の中、希望を見つけたような顔をしている。

「……折原さん、私頑張りますから」
「……うん、私もたくさん来るからな」

 歩は淑瑠を失った事で、自分に対し苛立ち、焦っていた。しかしそれでも今は、ただ見守る事しか出来ないのだ。
 朝も、休憩時間も、夜も、時間がある度に樹野と依仁の元へ来よう。鈴夜を一人きりにしないようにしよう。
 警察が本格的に動いてくれるまで、3人を守り続けよう。


 鈴夜は薄く目を開いていた。頭が呆としているのに、心が願いを訴えている。
 鈴夜は、勢いに任せて点滴針を抜いていた。今なら岳の気持ちが痛いくらいに理解出来る。

 ベッドから下りて、今にも倒れてしまいそうな体を引き摺り、窓を大きく開ける。
 ここから飛び降りれば、一瞬で死ねるだろう。
 下を見ると、地上はかなり遠い場所にあり、本能的に足が竦んだ。諤々と震えて、立っているのが辛くなってくる。

 また急に胸が苦しくなって、鈴夜は人から隠れる為に手洗い場へと走っていた。
 個室に入ると直ぐに吐いた。胃が空っぽなのに吐き出した事で、更に気持ちが悪くなる。
 死にたい、死にたい、死にたい。
 鈴夜は死ぬ方法を考えた時、入った時に見えた、花瓶の存在を思い出した。


 歩は鈴夜の部屋に戻ってきた時、姿が無い事に気付いた。点滴針から液体が漏れ出している。
 窓も開いていて、歩は鼓動が早くなるのを抑えられなかった。恐る恐る下を見たが、そこには誰の影も無い。

 眠っているからと、安易に目を離すべきではなかった。もっと注意して見ておくんだった。
 歩は唯事ではないと悟り、直ぐに部屋を飛び出した。

 探していると、とある患者の叫びが聞こえて来た。目を向けると、医師に向かい懸命に訴えている姿が見えた。

「先生、今トイレで男の子がガラスの破片持って! 唯事じゃない感じなんです! 来て下さい!」
「どこのだ!」

 歩が口を挟むと、相当焦っていたのか患者はきょろきょろと辺りを見回し、戸惑って遠くを指差した。

「えっと、えっと、そこの……」
「ありがとう!」

 歩はマナーを忘れ、走って近い手洗い場へと向かった。


 鈴夜は個室の鍵を閉めて、包帯を解いた腕に鋭い破片をぴったりとくっつけていた。
 そのまま制御を外して、一気に切りつける。血がボタボタと落ちて、床に模様を作った。

 鈴夜は無我になり、何度も何度も傷に傷を重ねてゆく。どんどん深くなる切り口が激しく痛み、顔を歪ませながらも止めたりはしなかった。
 体の痛みよりも心の痛みの方が強くて、このまま心臓を突き刺してしまいたいくらいには苦しい。

 止まらなくなった血を見詰めながら、鈴夜は笑っていた。呼吸も苦しくて視界もぼやけて行くのに、床が赤く染まる度に安堵感が満たしてゆく。
 これで、皆の元へ逝ける――――。

「鈴夜くん! そこにいるよな! 鈴夜くん!!」

 耳に入り込んだ声が、意識の放棄を留めた。だが、思考が霧掛かっているのは変わらない。

「…………折原さん……ごめ……なさい……もう……」
「駄目だ! 鈴夜くん! 鈴夜くん開けてくれ!!」

 鈴夜は歩に対し、心中で謝罪を唱えながらも、目を閉じて返答する事さえ諦めてしまった。

「……す、鈴夜くんが……」

 指先の感覚が消えかけてきて、死を覚悟した瞬間、歩の大声が反響した。

「鈴夜くんが死んだら私も死ぬからな!!!」

 鈴夜は消えかけた意識を取り戻し、感情も少し取り戻していた。また自分の所為で誰かを死なせるのは嫌だ、との強い感覚が漲る。
 もう残っていない力を足に込めて、右手で鍵に触れた。

「だから!」

 扉が開いて、ふらりと出てきた鈴夜が、真直ぐに倒れてくるのを歩は受け止めた。

「鈴夜くん…!」

 零れた笑顔は空しく、鈴夜に意識は無かった。
 直ぐ背後、患者と一緒にきていた医師が駆けつけてきた。
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