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第3話:ペンは消えました
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シンジローの純粋な瞳が、これほどまで痛い事は今まであっただろうか。輝く笑顔が眩しい事は――まぁ、よくあるな。
手に持ったペンの外装を、シンジローは見回している。恐らく、数日前の私の発言を思い出しての事だろう。
数日前、丁度ペンを購入した翌日の話だ。
今や、お喋りペンとして私の中で価値基準が低迷し始めてしまっている彼だが、その出会いは運命的だった。普段文房具を直感で購入しない私が、一目惚れで購入した代物なのだ。
デザインと書き心地に惚れた。丁度、愛用していたペンに寿命が訪れていたとの偶然も会った訳だが、久しぶりに良い買い物をしたと喜んだものだ。
そんなこんなで満足した私は、その事をシンジロー含む友人にも話した。休み時間の他愛ない話の一貫として、何気なく出した話題に過ぎないが。
シンジローは、そんな流れるようにした話を覚えていてくれたのだ。
正直、嬉しかった。
――とは言えこの状況だ。素直に喜びに浸っていられる場面では無いと勘が告げている。
恐らくペンの性格上、空気を呼んで黙っているなんて気遣いはしないだろう。シンジローが筆記した瞬間、話し出すのが見えている。
そして彼がシンジローだとばれてしまえば、あのポエムが暴露されてしまうかもしれない。
それは絶対に嫌だ。
「ええっと、それ違う奴。ちょっと待ってね」
出てきた自然な言い訳に我ながら感心しつつ、ペン入れから別の物を漁る。
因みに、解答を得るまでの数秒間、実に膨大な量のシュミレーションをした。凄く疲れた。
「でも、このデザイン俺も好き、どこで売ってたやつ? ボールペンインク切れ掛かってたから買おうかな」
なぜか、今日に限ってペンの話題から離れてくれないシンジローが、見えないペンの魔力に取り付かれているのではと内心疑う。
話が出来るのだ、他に何が出来ても可笑しくはない。
「駅前の文具店。良いんじゃない?」
同じ種類のペンに話す機能があったら……との心配が過ぎるも、さすがに不審人物認定されたくはないと口を噤んだ。
「あっれ、片付けた時どっか消えたっぽい」
業とらしくならないよう告げると、シンジローはようやくペンを机上に戻してくれた。好きな人の手元からペンが離れただけで、こんなに安心する経験は初めてだ。
「マジかー」
「だから漫画見てて、探す」
「や、そこまで良いよ」
「んー」
上手く締め括れて、心いっぱいの自己満足を得た。シンジローが無邪気に漫画を選ぶ後ろ姿を見ながら、音のない溜め息を吐いた。
**
『何だか部屋が綺麗になっているな、何か転機でもあったか』
案の定、ペンは書き始めて早々口火を切ってきた。
因みに、今日もポエムは封印してある。今は学校へと提出する書類制作をしている所だ。
「見てなかった」
『何をだ?』
「何も」
〝シンジロー〟や〝男〟といった類のワードが出てこないことから、あの時ペンに意識は無かったと判明した。
どうやら、話している時しか回りが見えていないらしい。これは物理的な話で、だ。
「にしても、安い割りによく出るよね、こいつ」
『最近調子が良いからな、どんどん書くが良い』
一人ごとのつもりが、返事をされて絶句する。
隙間に押し込んでおいたプリントを取り出し、端の余白にくるくると円を描いてみた。美しい線が紡がれた。
「インク無くなったら死ぬわけ?」
不意な疑問を、ペンを見習いリアルに表現してみた。しかし、重篤感のある単語は違和感を生み出しただけだった。
『そうだな、インクが終了した時が私の死だ』
「じゃアレは? 途中で出なくなる時あるじゃん」
『あれは永遠の眠りだ』
「ほぼ一緒じゃん」
『書けなくなった時が、命尽きる時だ』
「名言か」
鋭い突っ込みを加え、書類制作の続きを始める。ペンはまたも、何やら難しい事を語っていた。
**
数日が経過し、お喋りペンの存在が日常にすっかり溶け込み始めた頃、事件が起こった。
昨日まで使っていた筈のペンが消えたのだ。
片付けが得意ではなく、使った物を放り出しておく性格ではあるが、そうだとしても無さすぎる。
心当たりのある場所を何箇所か見てみたが、奴は姿を現さなかった。
部屋に誰かが入った形跡はない。
という事は、もしやペン自ら移動した?
有り得ない想像を描きながらも、完全否定は出来なかった。
妙な焦りに苛まれ、私は再び捜索を始めた。
**
しかし、夜になってもペンは見つからなかった。楽しかったとは言い難いが、突然賑やかさが無くなると言うのも寂しい物だ。
終わりというのは呆気ない。けれど仕方がないことだ。
すんなりと状況を受け容れ、ペン入れに放置してあった書き辛いペンを引っ張り出した。
久しぶりに、シンジローへの思いでも綴ろうか。
文章を頭に描き、先端を紙に擦りつけて見たが線は引けなかった。
インクはまだまだ残っている。しかし、何度挑もうと紙が凹むだけだ。
あ、これが死んだってことかな。
不意に会話が蘇る。その所為で少しだけ心が痛んだ。
様々な理由で放置していた、使いかけになっているペンを何本か試してみたが、数本は既に出なくなっていた。
**
「シャーペンはさ、内臓入れ替えれるから良いよね……」
呟いた直後に降り注いだ、友人数名の〝は?〟で自分が寝惚けている事に気付いた。ハッとなり取り繕う。
「や、えっと寝惚けてたわ、なんて言うんだっけコレ」
「普通にシャー芯でしょうよ、どうしたのウオコ」
最近目の死に方が尋常じゃないし、と付け加えた友人は、不思議そうに首を傾げた。
実はあの後、流れで筆記用具の整頓をした。ボールペンに限らず、マジックや蛍光ペンなど筆記具全般に及んだ。
書けるものは置いておき、書けないものは捨てるといった簡単な整頓の積もりだったが、復活方等調べ始めたら切りがなくなってしまった。
お陰で寝不足だ。目の下の隈が尋常じゃない事は、今朝方確認してきた。
「うわっ、ウオコ目ェ凄いんだけど!」
開口一番、突っ込みを入れてきたのはシンジローだ。自分とは完全に間逆で、今日も今日とて快活そうだ。
「まぁね、ちょっとごちゃごちゃやってたら寝不足さ……」
最早、口調まで迷走し始めたことには構わず、シンジローは次なる話題を振ってきた。
「昨日さ、ウオコがやりたいって言ってたゲーム手に入れたんだけど家行って良い?」
突如話が飛んだ気もするが、要するに一緒にゲームをしようと誘っているのだ。
「マジかー。良いよ良いよ、何時に来る?」
「じゃあ七時くらい。部活終わったら行く」
「おお、分かった分かった」
ふと、前回の危機を思い出したが、ペンは姿を消したのだ。今回は大丈夫だろうと直ぐに流した。
前以上の波乱が、待ち受けているとは知らずに――。
手に持ったペンの外装を、シンジローは見回している。恐らく、数日前の私の発言を思い出しての事だろう。
数日前、丁度ペンを購入した翌日の話だ。
今や、お喋りペンとして私の中で価値基準が低迷し始めてしまっている彼だが、その出会いは運命的だった。普段文房具を直感で購入しない私が、一目惚れで購入した代物なのだ。
デザインと書き心地に惚れた。丁度、愛用していたペンに寿命が訪れていたとの偶然も会った訳だが、久しぶりに良い買い物をしたと喜んだものだ。
そんなこんなで満足した私は、その事をシンジロー含む友人にも話した。休み時間の他愛ない話の一貫として、何気なく出した話題に過ぎないが。
シンジローは、そんな流れるようにした話を覚えていてくれたのだ。
正直、嬉しかった。
――とは言えこの状況だ。素直に喜びに浸っていられる場面では無いと勘が告げている。
恐らくペンの性格上、空気を呼んで黙っているなんて気遣いはしないだろう。シンジローが筆記した瞬間、話し出すのが見えている。
そして彼がシンジローだとばれてしまえば、あのポエムが暴露されてしまうかもしれない。
それは絶対に嫌だ。
「ええっと、それ違う奴。ちょっと待ってね」
出てきた自然な言い訳に我ながら感心しつつ、ペン入れから別の物を漁る。
因みに、解答を得るまでの数秒間、実に膨大な量のシュミレーションをした。凄く疲れた。
「でも、このデザイン俺も好き、どこで売ってたやつ? ボールペンインク切れ掛かってたから買おうかな」
なぜか、今日に限ってペンの話題から離れてくれないシンジローが、見えないペンの魔力に取り付かれているのではと内心疑う。
話が出来るのだ、他に何が出来ても可笑しくはない。
「駅前の文具店。良いんじゃない?」
同じ種類のペンに話す機能があったら……との心配が過ぎるも、さすがに不審人物認定されたくはないと口を噤んだ。
「あっれ、片付けた時どっか消えたっぽい」
業とらしくならないよう告げると、シンジローはようやくペンを机上に戻してくれた。好きな人の手元からペンが離れただけで、こんなに安心する経験は初めてだ。
「マジかー」
「だから漫画見てて、探す」
「や、そこまで良いよ」
「んー」
上手く締め括れて、心いっぱいの自己満足を得た。シンジローが無邪気に漫画を選ぶ後ろ姿を見ながら、音のない溜め息を吐いた。
**
『何だか部屋が綺麗になっているな、何か転機でもあったか』
案の定、ペンは書き始めて早々口火を切ってきた。
因みに、今日もポエムは封印してある。今は学校へと提出する書類制作をしている所だ。
「見てなかった」
『何をだ?』
「何も」
〝シンジロー〟や〝男〟といった類のワードが出てこないことから、あの時ペンに意識は無かったと判明した。
どうやら、話している時しか回りが見えていないらしい。これは物理的な話で、だ。
「にしても、安い割りによく出るよね、こいつ」
『最近調子が良いからな、どんどん書くが良い』
一人ごとのつもりが、返事をされて絶句する。
隙間に押し込んでおいたプリントを取り出し、端の余白にくるくると円を描いてみた。美しい線が紡がれた。
「インク無くなったら死ぬわけ?」
不意な疑問を、ペンを見習いリアルに表現してみた。しかし、重篤感のある単語は違和感を生み出しただけだった。
『そうだな、インクが終了した時が私の死だ』
「じゃアレは? 途中で出なくなる時あるじゃん」
『あれは永遠の眠りだ』
「ほぼ一緒じゃん」
『書けなくなった時が、命尽きる時だ』
「名言か」
鋭い突っ込みを加え、書類制作の続きを始める。ペンはまたも、何やら難しい事を語っていた。
**
数日が経過し、お喋りペンの存在が日常にすっかり溶け込み始めた頃、事件が起こった。
昨日まで使っていた筈のペンが消えたのだ。
片付けが得意ではなく、使った物を放り出しておく性格ではあるが、そうだとしても無さすぎる。
心当たりのある場所を何箇所か見てみたが、奴は姿を現さなかった。
部屋に誰かが入った形跡はない。
という事は、もしやペン自ら移動した?
有り得ない想像を描きながらも、完全否定は出来なかった。
妙な焦りに苛まれ、私は再び捜索を始めた。
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しかし、夜になってもペンは見つからなかった。楽しかったとは言い難いが、突然賑やかさが無くなると言うのも寂しい物だ。
終わりというのは呆気ない。けれど仕方がないことだ。
すんなりと状況を受け容れ、ペン入れに放置してあった書き辛いペンを引っ張り出した。
久しぶりに、シンジローへの思いでも綴ろうか。
文章を頭に描き、先端を紙に擦りつけて見たが線は引けなかった。
インクはまだまだ残っている。しかし、何度挑もうと紙が凹むだけだ。
あ、これが死んだってことかな。
不意に会話が蘇る。その所為で少しだけ心が痛んだ。
様々な理由で放置していた、使いかけになっているペンを何本か試してみたが、数本は既に出なくなっていた。
**
「シャーペンはさ、内臓入れ替えれるから良いよね……」
呟いた直後に降り注いだ、友人数名の〝は?〟で自分が寝惚けている事に気付いた。ハッとなり取り繕う。
「や、えっと寝惚けてたわ、なんて言うんだっけコレ」
「普通にシャー芯でしょうよ、どうしたのウオコ」
最近目の死に方が尋常じゃないし、と付け加えた友人は、不思議そうに首を傾げた。
実はあの後、流れで筆記用具の整頓をした。ボールペンに限らず、マジックや蛍光ペンなど筆記具全般に及んだ。
書けるものは置いておき、書けないものは捨てるといった簡単な整頓の積もりだったが、復活方等調べ始めたら切りがなくなってしまった。
お陰で寝不足だ。目の下の隈が尋常じゃない事は、今朝方確認してきた。
「うわっ、ウオコ目ェ凄いんだけど!」
開口一番、突っ込みを入れてきたのはシンジローだ。自分とは完全に間逆で、今日も今日とて快活そうだ。
「まぁね、ちょっとごちゃごちゃやってたら寝不足さ……」
最早、口調まで迷走し始めたことには構わず、シンジローは次なる話題を振ってきた。
「昨日さ、ウオコがやりたいって言ってたゲーム手に入れたんだけど家行って良い?」
突如話が飛んだ気もするが、要するに一緒にゲームをしようと誘っているのだ。
「マジかー。良いよ良いよ、何時に来る?」
「じゃあ七時くらい。部活終わったら行く」
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