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第2話:これはペンじゃない
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話すペンが家にある――いや、居る事はもちろん秘密だ。というか、打ち明けたところで心配されるか笑い飛ばされるかがオチだろう。
それに、話さなくとも生活に支障はないのだ。何も問題はない。
『行き詰っているようだな』
ペンが話せるようにと、紙にチョンチョンと黒インクを付けてやったところ、案の定彼は話し出した。
ペン先を付けて早々だ。相当話したかったのだろう。
『今日は思いを綴らないのか』
「いいです」
幾らペンと言えど、意思のある存在に見られるのは恥ずかしい。普段の姿を見られていたかまでは定かではないが、ギャップの大きさを改められるのも嫌だ。
という事で、本日はペンの話に付き合おうと思う。
「で?」
『で、とは?』
「話に来たんじゃないの?」
『うむ、いざ言われると何から話すか迷ってしまうなー。人と意思疎通するのは初めてだから戸惑ってしまうんだよなー』
私もペンと意思疎通するの初めてだよ。もしかすると人類初めてかもね。第一号かもね。と言おうと思ったが何だか面倒になってやめた。
正直、このペンのテンションは苦手かもしれない。クラスメイトに居たら、避けて過ごしてしまうタイプの相手だ。
ペンのスタンダードがこれなのか、彼がこういった性格なのか、という下らない問いがまたも浮上した。しかし、大して気にもならなかったので軽く流した。
『ではまず、私たちの生きる意味から話そう』
「突然重いな」
自分的にナイスな突っ込みを入れたと思ったのだが、ペンの反応は一切無かった。完全スルーだ。
『私たちペンに限らず、筆記具皆に当て嵌まる事であろう』
筆記具×皆という、言葉のセットに違和感を覚えつつも流す。さらっとした性格がここで役立とうとは、誰が思っていただろう。
『ウオコは私で己の甘酸っぱい感情を綴ってくれたな』
「やめて下さい」
自覚がないのか何気ない皮肉なのか、突かれたくない所を付いてきたペンはまたも完全スルーを決め込む。
続けざまに零された台詞は、語調だけで把握できるほど喜々としていた。
『私は、それがとても嬉しい』
早く要点を纏めてくれよ。と、早くもペンの相手に挫折しそうになったが、初日から冷たくするのも気が引けたため止めた。一応私にも、そのくらいの感情は残されている。
『君にも見えているだろう、内臓が。私達は命を削りだしているのだよ』
突然現実味を帯びた表現に気を取られつつ、要点をどうにか理解した。一瞬、丸ごと流しそうになったのは秘密だ。
恐らく、内臓とはリフィルの事だ。詳しく言うなら、入っているインクが命だと言えよう。
「……はぁ」
『命を削り、生きた証を残すのだ。せっかくだから良い物として残りたくはないかね?』
唐突な問い掛けに、冷めた相槌が顔を出す。
因みに、彼の言いたい事が分からない訳ではない。私も出来るならば、良い物を世に残したいものだ。具体例は浮かばないとしても。
とは言え、人とペンの感覚を一緒にしても良いのだろうか。
『私も売り場で、仲間達の嘆きをよく聞いていたものだ。不幸の手紙やら、誰かを不快にさせる為の悪口、それらを書くために使われた物達の涙が、私には辛かった』
突っ込みどころは多々あったが、始めたら切りがなささそう――というのは建前で面倒だった為、適当に頷いておいた。
そもそも〝不幸の手紙〟なんて単語、何年ぶりに聞いただろう。それに、悪口をペンで書くとか小学生かよとも思うし、売り場で嘆きを聞くだなんて彼らは周波か何かで会話しているのだろうか。というか、涙流せるの?
――と、心の中で立派に突っ込みを入れてしまった訳だが、本人は至って真面目な発言をしているのだろう。
『発散は本人の為になるからな、そこは良いのだ。でもやはり悪口は心地良くないし、溜める前にどうにかならない物かとは思う。折角人は話が出来るのだ、その特権を駆使してだな……』
ここは相談所か何かだろうか。
またも要らない思考が回ったが、納得出来ない話でもないと耳を傾け続ける。
ペンはきっと、話せる事が楽しいのだろう。いや、待って。話せるペンって本当にペンなの。
書けるしペンだよな。いやでも、意思があるなんてやっぱりペンじゃないな。
そうだ、ペンじゃない。
コンマ数秒で意味の無い結論に達した。その間にも、ペンは何やら語っていたが、難しそうなので割愛だ。
と、どうこうしている間に、突如声が消えた。否、切れたと言った方が正しい。
再度チョンチョンとインクを付けてやると、ペンは続きを語りだした。
そこから、タイムリミットの存在を改め知った。
長々と続く話に厭きてきて、最終的に大体を流しはしたが、その日は夜まで聞き続けた。
結局、何が言いたいかよく分からなかった。
**
「あれ、ウオコ寝不足? 普段増しで目が死んでるじゃん」
翌日になり、教室で堂々と欠伸していた私に話しかけてきたのはシンジローだった。輝く笑顔が眩しくて直視できない。
「まぁね。最近色々……じゃないけどあって」
「大丈夫かよ。もしかして勉強か?」
「うーん、そんなとこ」
「俺も成績やばいんだよなー、今度テストあるし」
「あー、あったねテスト」
眠くてぼうっとしてしまう、という設定で目を背けながら、いつも通りの自分を意識した。
シンジローは多分、私の事を女として見ていない。親友として見てくれているとは分かるが、女友達として認識されているかも怪しい所だ。
「久しぶりにウオコん家行って良い?」
「えっ! 何で」
「テスト勉強しにー。一緒にやれば捗りそうじゃん?」
「馬鹿二人で勉強して何になるの」
「あ、そっかー」
……って、うわああ! やらかしたああ!
普段通りを心がければ心がけるほど、冷たく素っ気無いなってしまうのが私だ。いや、元々冷たい人間なんだけども。けど、ねぇ?
シンジローといると、どうも調子が狂う。
「じゃあさ、漫画借りに行っても良い?」
「え、あぁ。それなら良いんじゃない?」
でも、恋なんて初めてなんだもの。仕方がないじゃない。
自らの乙女精神に気付き、おぞましさを覚えたところで、チャイムが会話をお開きにした。
**
帰宅して直ぐ、荒れ放題になっている玄関や角に埃の溜まった廊下など、通路を一通り掃除した。そうしてから急いでシャワーを浴びて、自室の片付けにも取り掛かる。
今日は偶然にも家族は皆出計らっており、掃除の理由等を問い詰められる事はなかった。
片付けている途中、玄関のチャイムが鳴った。中途半端な状態だったため、一先ず勢いで物を隙間に追い遣る。
待たせないように直ぐ対応に当たり、久しぶりにシンジローを部屋へと通した。
「久しぶりに来たけど変わってねぇな」
「まぁね、漫画は増えたよ」
「マジで、見て良い?」
「良いよ」
自ら一歩前に出たシンジローの背中は大きい。もう、幼い頃の面影は殆ど残っていないように思う。
シンジローは定位置に設置されたままの、漫画専用棚へと向かってゆく。しかし、途中で突然停止した。
「あれ? これってこの前言ってた奴?」
「え? 何が?」
シンジローの視線の先を追うように斜め方向を見てみた。すると、転がってきたのか、ぽつりと机上にペンがあった。あのペンだ。
「書きやすいって言ってたやつだろ? ちょっと書いてみて良い?」
「え」
危機しかなかった。
それに、話さなくとも生活に支障はないのだ。何も問題はない。
『行き詰っているようだな』
ペンが話せるようにと、紙にチョンチョンと黒インクを付けてやったところ、案の定彼は話し出した。
ペン先を付けて早々だ。相当話したかったのだろう。
『今日は思いを綴らないのか』
「いいです」
幾らペンと言えど、意思のある存在に見られるのは恥ずかしい。普段の姿を見られていたかまでは定かではないが、ギャップの大きさを改められるのも嫌だ。
という事で、本日はペンの話に付き合おうと思う。
「で?」
『で、とは?』
「話に来たんじゃないの?」
『うむ、いざ言われると何から話すか迷ってしまうなー。人と意思疎通するのは初めてだから戸惑ってしまうんだよなー』
私もペンと意思疎通するの初めてだよ。もしかすると人類初めてかもね。第一号かもね。と言おうと思ったが何だか面倒になってやめた。
正直、このペンのテンションは苦手かもしれない。クラスメイトに居たら、避けて過ごしてしまうタイプの相手だ。
ペンのスタンダードがこれなのか、彼がこういった性格なのか、という下らない問いがまたも浮上した。しかし、大して気にもならなかったので軽く流した。
『ではまず、私たちの生きる意味から話そう』
「突然重いな」
自分的にナイスな突っ込みを入れたと思ったのだが、ペンの反応は一切無かった。完全スルーだ。
『私たちペンに限らず、筆記具皆に当て嵌まる事であろう』
筆記具×皆という、言葉のセットに違和感を覚えつつも流す。さらっとした性格がここで役立とうとは、誰が思っていただろう。
『ウオコは私で己の甘酸っぱい感情を綴ってくれたな』
「やめて下さい」
自覚がないのか何気ない皮肉なのか、突かれたくない所を付いてきたペンはまたも完全スルーを決め込む。
続けざまに零された台詞は、語調だけで把握できるほど喜々としていた。
『私は、それがとても嬉しい』
早く要点を纏めてくれよ。と、早くもペンの相手に挫折しそうになったが、初日から冷たくするのも気が引けたため止めた。一応私にも、そのくらいの感情は残されている。
『君にも見えているだろう、内臓が。私達は命を削りだしているのだよ』
突然現実味を帯びた表現に気を取られつつ、要点をどうにか理解した。一瞬、丸ごと流しそうになったのは秘密だ。
恐らく、内臓とはリフィルの事だ。詳しく言うなら、入っているインクが命だと言えよう。
「……はぁ」
『命を削り、生きた証を残すのだ。せっかくだから良い物として残りたくはないかね?』
唐突な問い掛けに、冷めた相槌が顔を出す。
因みに、彼の言いたい事が分からない訳ではない。私も出来るならば、良い物を世に残したいものだ。具体例は浮かばないとしても。
とは言え、人とペンの感覚を一緒にしても良いのだろうか。
『私も売り場で、仲間達の嘆きをよく聞いていたものだ。不幸の手紙やら、誰かを不快にさせる為の悪口、それらを書くために使われた物達の涙が、私には辛かった』
突っ込みどころは多々あったが、始めたら切りがなささそう――というのは建前で面倒だった為、適当に頷いておいた。
そもそも〝不幸の手紙〟なんて単語、何年ぶりに聞いただろう。それに、悪口をペンで書くとか小学生かよとも思うし、売り場で嘆きを聞くだなんて彼らは周波か何かで会話しているのだろうか。というか、涙流せるの?
――と、心の中で立派に突っ込みを入れてしまった訳だが、本人は至って真面目な発言をしているのだろう。
『発散は本人の為になるからな、そこは良いのだ。でもやはり悪口は心地良くないし、溜める前にどうにかならない物かとは思う。折角人は話が出来るのだ、その特権を駆使してだな……』
ここは相談所か何かだろうか。
またも要らない思考が回ったが、納得出来ない話でもないと耳を傾け続ける。
ペンはきっと、話せる事が楽しいのだろう。いや、待って。話せるペンって本当にペンなの。
書けるしペンだよな。いやでも、意思があるなんてやっぱりペンじゃないな。
そうだ、ペンじゃない。
コンマ数秒で意味の無い結論に達した。その間にも、ペンは何やら語っていたが、難しそうなので割愛だ。
と、どうこうしている間に、突如声が消えた。否、切れたと言った方が正しい。
再度チョンチョンとインクを付けてやると、ペンは続きを語りだした。
そこから、タイムリミットの存在を改め知った。
長々と続く話に厭きてきて、最終的に大体を流しはしたが、その日は夜まで聞き続けた。
結局、何が言いたいかよく分からなかった。
**
「あれ、ウオコ寝不足? 普段増しで目が死んでるじゃん」
翌日になり、教室で堂々と欠伸していた私に話しかけてきたのはシンジローだった。輝く笑顔が眩しくて直視できない。
「まぁね。最近色々……じゃないけどあって」
「大丈夫かよ。もしかして勉強か?」
「うーん、そんなとこ」
「俺も成績やばいんだよなー、今度テストあるし」
「あー、あったねテスト」
眠くてぼうっとしてしまう、という設定で目を背けながら、いつも通りの自分を意識した。
シンジローは多分、私の事を女として見ていない。親友として見てくれているとは分かるが、女友達として認識されているかも怪しい所だ。
「久しぶりにウオコん家行って良い?」
「えっ! 何で」
「テスト勉強しにー。一緒にやれば捗りそうじゃん?」
「馬鹿二人で勉強して何になるの」
「あ、そっかー」
……って、うわああ! やらかしたああ!
普段通りを心がければ心がけるほど、冷たく素っ気無いなってしまうのが私だ。いや、元々冷たい人間なんだけども。けど、ねぇ?
シンジローといると、どうも調子が狂う。
「じゃあさ、漫画借りに行っても良い?」
「え、あぁ。それなら良いんじゃない?」
でも、恋なんて初めてなんだもの。仕方がないじゃない。
自らの乙女精神に気付き、おぞましさを覚えたところで、チャイムが会話をお開きにした。
**
帰宅して直ぐ、荒れ放題になっている玄関や角に埃の溜まった廊下など、通路を一通り掃除した。そうしてから急いでシャワーを浴びて、自室の片付けにも取り掛かる。
今日は偶然にも家族は皆出計らっており、掃除の理由等を問い詰められる事はなかった。
片付けている途中、玄関のチャイムが鳴った。中途半端な状態だったため、一先ず勢いで物を隙間に追い遣る。
待たせないように直ぐ対応に当たり、久しぶりにシンジローを部屋へと通した。
「久しぶりに来たけど変わってねぇな」
「まぁね、漫画は増えたよ」
「マジで、見て良い?」
「良いよ」
自ら一歩前に出たシンジローの背中は大きい。もう、幼い頃の面影は殆ど残っていないように思う。
シンジローは定位置に設置されたままの、漫画専用棚へと向かってゆく。しかし、途中で突然停止した。
「あれ? これってこの前言ってた奴?」
「え? 何が?」
シンジローの視線の先を追うように斜め方向を見てみた。すると、転がってきたのか、ぽつりと机上にペンがあった。あのペンだ。
「書きやすいって言ってたやつだろ? ちょっと書いてみて良い?」
「え」
危機しかなかった。
応援ありがとうございます!
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