職業病

有箱

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発症

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「職業病ですね」

 医師からの診断は簡潔だった。職業と症状を伝えた所、はっきりと告げられた。ただ、予測済みであり驚きはなかった。
 
 職業病――それは、国内でも上位一、二位を占める病の一つである。文字通り、職業により症状が変わる、極めて珍しい病気だ。

 そんな私の職業はイラストレーター、絵を生業とする人間である。いや、していたという方が正しいかもしれない。
 
 正直、最初は夢かと思った。普通に寝て起きたら、世界が白と黒で出来ていたのだから。それも、濃淡一つない線画のような状態に。
 しかし、それらに立体の感触を感じたことで、直ぐに現実だと理解した。そして、恐らくこれが職業病であるとも。
 
「発症するきっかけに、心当たりはありますか?」

 医師はパソコンを見つつ、私に目配せする。
 心当たりなら幾らだってあった。と言っても、特別際立った出来事はない。ただ、今に至るまで多大な苦労があったことは事実だ。経歴を語れば、何かしら医師の引っ掛かる部分も出てくるだろう。



 私は、フリーのイラストレーターだ。企業に属さず、自ら仕事を得て描く方の人間である。その為に単身上京もした。

 当初はがむしゃらに依頼を飲み込み、報われるかのように名前も売れていった。
 しかし、それは嘗ての話だ。人気に火がつきかけた頃、スランプに陥った。何度描いても、納得いかないのだ。

 今思えば、無理をしすぎたのかもしれない。仕事が苦しくなり、前のように依頼を受けられなくなった。
 そして、皮肉なことに、そのタイミングで強烈な新人が表れてしまった。
 
 そうなれば、辿り着くところは一つだ。人気低迷の末、活動の縮小を余儀なくされた。
 それでも尚、意地が私を縛り付けた。だが、思いと裏腹に収入は減って行く。補助的な仕事は不可欠だった。

 そうして、仕方なく求人雑誌を見た翌日、発症したというわけだ。



「無理のしすぎですねー」
「ですよね。それで、どうすれば治るんですか?」

 イラストレーターなのに、絵が描けないなんてもっての他だ。しかも、このタイミングである。死活問題とも言えよう。

「職業病ってね、精神病の一種なんですよ。で、河上さんの場合、強制的に仕事しようとしたからでしょう。なので、まずは休んで下さい」
「えっ、でもそしたら仕事……私には絵しかないんですが」

 今の私は、一日たりとも休んではいけないのに。忘れられる前に描かなくてはいけないのに。

「出来るバイトを探すか。または生活保護ですねー」
「そんなぁ……」
 


 と言ったものの、今の状態で描けるわけがなかった。陰影なしの白黒絵に限定するならまだしも、カラーやグレーが使えなくては何も出来ないに等しい。結局、休むしか道はないのだ。

 複雑だった。これを期に、仕事が来なくなるかもしれない。そんな恐怖と、逃げるための言い訳が出来た安心感と。二つが混じりあい、表情すら定まらない。

「バイト応募するかー」

 よくよく考えれば、本来辿ろうとしていた道を歩んでいるだけだ。補助とメインじゃ、かなりの違いはあるけれど。

 いっそ踏ん切りがついて良いのかもしれない――と、ポジティブさを無理矢理引き寄せた。
 
 そうだ。これを期に、イラストやめようかな。



 黒線と白色だけの世界は、私にとって始まりだった。

 白紙に線を引き、好きなものを好きなだけ描いた。色付けもパースも、自分勝手に加えて。ただただ、作りたい世界だけを作っていた。

 けれど、色を求められ、完璧も求められ、懸命に努力した先、あったのは呆気ない終わりだなんて。

 それも、始まりの世界と同じ景色で。
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