1 / 5
発症
しおりを挟む
「職業病ですね」
医師からの診断は簡潔だった。職業と症状を伝えた所、はっきりと告げられた。ただ、予測済みであり驚きはなかった。
職業病――それは、国内でも上位一、二位を占める病の一つである。文字通り、職業により症状が変わる、極めて珍しい病気だ。
そんな私の職業はイラストレーター、絵を生業とする人間である。いや、していたという方が正しいかもしれない。
正直、最初は夢かと思った。普通に寝て起きたら、世界が白と黒で出来ていたのだから。それも、濃淡一つない線画のような状態に。
しかし、それらに立体の感触を感じたことで、直ぐに現実だと理解した。そして、恐らくこれが職業病であるとも。
「発症するきっかけに、心当たりはありますか?」
医師はパソコンを見つつ、私に目配せする。
心当たりなら幾らだってあった。と言っても、特別際立った出来事はない。ただ、今に至るまで多大な苦労があったことは事実だ。経歴を語れば、何かしら医師の引っ掛かる部分も出てくるだろう。
*
私は、フリーのイラストレーターだ。企業に属さず、自ら仕事を得て描く方の人間である。その為に単身上京もした。
当初はがむしゃらに依頼を飲み込み、報われるかのように名前も売れていった。
しかし、それは嘗ての話だ。人気に火がつきかけた頃、スランプに陥った。何度描いても、納得いかないのだ。
今思えば、無理をしすぎたのかもしれない。仕事が苦しくなり、前のように依頼を受けられなくなった。
そして、皮肉なことに、そのタイミングで強烈な新人が表れてしまった。
そうなれば、辿り着くところは一つだ。人気低迷の末、活動の縮小を余儀なくされた。
それでも尚、意地が私を縛り付けた。だが、思いと裏腹に収入は減って行く。補助的な仕事は不可欠だった。
そうして、仕方なく求人雑誌を見た翌日、発症したというわけだ。
*
「無理のしすぎですねー」
「ですよね。それで、どうすれば治るんですか?」
イラストレーターなのに、絵が描けないなんてもっての他だ。しかも、このタイミングである。死活問題とも言えよう。
「職業病ってね、精神病の一種なんですよ。で、河上さんの場合、強制的に仕事しようとしたからでしょう。なので、まずは休んで下さい」
「えっ、でもそしたら仕事……私には絵しかないんですが」
今の私は、一日たりとも休んではいけないのに。忘れられる前に描かなくてはいけないのに。
「出来るバイトを探すか。または生活保護ですねー」
「そんなぁ……」
*
と言ったものの、今の状態で描けるわけがなかった。陰影なしの白黒絵に限定するならまだしも、カラーやグレーが使えなくては何も出来ないに等しい。結局、休むしか道はないのだ。
複雑だった。これを期に、仕事が来なくなるかもしれない。そんな恐怖と、逃げるための言い訳が出来た安心感と。二つが混じりあい、表情すら定まらない。
「バイト応募するかー」
よくよく考えれば、本来辿ろうとしていた道を歩んでいるだけだ。補助とメインじゃ、かなりの違いはあるけれど。
いっそ踏ん切りがついて良いのかもしれない――と、ポジティブさを無理矢理引き寄せた。
そうだ。これを期に、イラストやめようかな。
*
黒線と白色だけの世界は、私にとって始まりだった。
白紙に線を引き、好きなものを好きなだけ描いた。色付けもパースも、自分勝手に加えて。ただただ、作りたい世界だけを作っていた。
けれど、色を求められ、完璧も求められ、懸命に努力した先、あったのは呆気ない終わりだなんて。
それも、始まりの世界と同じ景色で。
医師からの診断は簡潔だった。職業と症状を伝えた所、はっきりと告げられた。ただ、予測済みであり驚きはなかった。
職業病――それは、国内でも上位一、二位を占める病の一つである。文字通り、職業により症状が変わる、極めて珍しい病気だ。
そんな私の職業はイラストレーター、絵を生業とする人間である。いや、していたという方が正しいかもしれない。
正直、最初は夢かと思った。普通に寝て起きたら、世界が白と黒で出来ていたのだから。それも、濃淡一つない線画のような状態に。
しかし、それらに立体の感触を感じたことで、直ぐに現実だと理解した。そして、恐らくこれが職業病であるとも。
「発症するきっかけに、心当たりはありますか?」
医師はパソコンを見つつ、私に目配せする。
心当たりなら幾らだってあった。と言っても、特別際立った出来事はない。ただ、今に至るまで多大な苦労があったことは事実だ。経歴を語れば、何かしら医師の引っ掛かる部分も出てくるだろう。
*
私は、フリーのイラストレーターだ。企業に属さず、自ら仕事を得て描く方の人間である。その為に単身上京もした。
当初はがむしゃらに依頼を飲み込み、報われるかのように名前も売れていった。
しかし、それは嘗ての話だ。人気に火がつきかけた頃、スランプに陥った。何度描いても、納得いかないのだ。
今思えば、無理をしすぎたのかもしれない。仕事が苦しくなり、前のように依頼を受けられなくなった。
そして、皮肉なことに、そのタイミングで強烈な新人が表れてしまった。
そうなれば、辿り着くところは一つだ。人気低迷の末、活動の縮小を余儀なくされた。
それでも尚、意地が私を縛り付けた。だが、思いと裏腹に収入は減って行く。補助的な仕事は不可欠だった。
そうして、仕方なく求人雑誌を見た翌日、発症したというわけだ。
*
「無理のしすぎですねー」
「ですよね。それで、どうすれば治るんですか?」
イラストレーターなのに、絵が描けないなんてもっての他だ。しかも、このタイミングである。死活問題とも言えよう。
「職業病ってね、精神病の一種なんですよ。で、河上さんの場合、強制的に仕事しようとしたからでしょう。なので、まずは休んで下さい」
「えっ、でもそしたら仕事……私には絵しかないんですが」
今の私は、一日たりとも休んではいけないのに。忘れられる前に描かなくてはいけないのに。
「出来るバイトを探すか。または生活保護ですねー」
「そんなぁ……」
*
と言ったものの、今の状態で描けるわけがなかった。陰影なしの白黒絵に限定するならまだしも、カラーやグレーが使えなくては何も出来ないに等しい。結局、休むしか道はないのだ。
複雑だった。これを期に、仕事が来なくなるかもしれない。そんな恐怖と、逃げるための言い訳が出来た安心感と。二つが混じりあい、表情すら定まらない。
「バイト応募するかー」
よくよく考えれば、本来辿ろうとしていた道を歩んでいるだけだ。補助とメインじゃ、かなりの違いはあるけれど。
いっそ踏ん切りがついて良いのかもしれない――と、ポジティブさを無理矢理引き寄せた。
そうだ。これを期に、イラストやめようかな。
*
黒線と白色だけの世界は、私にとって始まりだった。
白紙に線を引き、好きなものを好きなだけ描いた。色付けもパースも、自分勝手に加えて。ただただ、作りたい世界だけを作っていた。
けれど、色を求められ、完璧も求められ、懸命に努力した先、あったのは呆気ない終わりだなんて。
それも、始まりの世界と同じ景色で。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる