そうして蕾は開花する

有箱

文字の大きさ
6 / 7

しおりを挟む
 小さなホールにて、公演は行われる。道具は先に搬送されているため、直接現地に集合だ。

 心が騒いでいる。昨晩も今朝も落ち着かず、上手く眠れなかった。出発も急ぎすぎて、到着時、会場にいたのは先輩だけだった。先輩は壇上から客席を見下ろしていた。

 軽く挨拶しあい、鼓舞の変わりに微笑み合う。真横から同じ世界を眺めると、広がる光景に圧倒された。
 無人でこの圧力だ。有人となったホールをイメージし戦慄く。斜め下へ目を逸らすと、先輩の震える手が見えた。
 やはり、怖いのだ。場数を踏み、完璧に演じられる先輩でも怖いのだ。

「……先輩、あの、こんな時にって思うかもしれませんが……先輩はどうして、演劇をしようと思ったんですか?」

 目が合う。緊張気味に驚いていた先輩は、少し間を開け苦く笑う。それから、両腕を後ろで組んだ。

「…………変わりたいと思ったの」

 理由が、心の深くに染みていく。

「自分が、嫌いだったから。喋れないのが嫌で……えっと、自信とかつくかなって……まぁ、結局素の方は変えられなかったんだけど……」

 先輩と僕は、よく似ている。人が苦手で、自信がなくて。それでも先輩は踏み出して、自分を変えようとした。

「で、でも、先輩は素晴らしいです。僕は素敵だと思います」

 素の姿が変わらなくとも、先輩は充分魅力的な人だ――そう伝えたかったが、適切な表現はできなかった。
 僕の憧れた人が、どこまでも快活な先輩じゃなくて良かった。今はそう思う。

「……僕も変わりたいな」
「ありがとう……そうやって思ってくれたなら本当に嬉しいよ」



 集合時間十五分前になり、ようやく大体のメンバーが揃った。残りの数人を待ちながら、設備を整えていく。僕と先輩も、各々の持ち場へと散った。
 舞台裏にて、単独で道具の移動をする。

 十分前になり、どこかで騒ぎ声がした。それは瞬く間に伝染し、僕の方まで流れてくる。ただ、内容は聞き取れず、不穏な空気だけを飲む羽目になった。
 ただならぬ気配に呼ばれ、足が勝手に動き出す。誰かに訪ねる勇気は持てず、事情を察知できるまで歩き続けた。
 そうしている内に、ステージに着いてしまった。

 数人に囲まれ、先輩が暗い顔をしている。狼狽えていると目が合い――反らされた。空気から、かなり深刻な何かが生じているのだと悟る。
 成功への願いが、強くこだました。多大な勇気を必要とはしたが、近くにいた生徒に事情の説明を求めた。

 生徒が口にしたのは、ある役者の欠席だった。誰が代役を演じるかで議論中らしい。

 唖然とした。危機となっている役――ウィリアム役の台詞が脳内を独りでに駆けはじめる。最終的には、全ての台詞が繋がった。一字一句、抜けることなく全て。

 僕なら、台詞を読むことはできる。だが、役を買う勇気は出ない。

 先輩は、ずっと俯いたままだ。恐らく、僕が記憶していると知った上、口を噤んでいる。僕を巻き込まないように。

「ぼ、僕……ウィリアムの台詞全部言えます! え、え、演技は……下手かも……しれないけど……」

 思わず手を挙げていた。飛び付いてきた視線に圧され、声が萎れて行く。
 認知されていないようで、怪訝な顔で僕の名前やポジションを確認しあっていた。

「確かに演じられそうな人は皆役を持ってるし、台詞全部覚えてる人はいないけど」
「動きとかもあるしね。他の部員も合わせられるかな」
「うーん。二、三年はいいとしても一年がねー」

 会話からあぶれないよう、必死で唇を読む。
 確かに、掛け合いのシーン以外、僕は動きを身に付けていない。一応、頭には入っているが実践未経験だ。それに、初舞台の経験者は何も僕だけじゃない。戸惑わせてしまうのも目に見える。

「私が導きます」

 空気を切り裂き、声が響いた。

「合図だしたりとか、します」

 覚悟を宿した先輩が、鋭い視線の中で公言した。

「それに、林野くんなら大丈夫だと思う」

 後押しが注ぎ込まれ、空気が一変する。皆の表情に明るさが灯り、険悪さは消えた。

「花ちゃんが言うなら大丈夫か。まぁ、今回は流れを楽しむためのものだしね」
「お客さんも分かってくれてるやつだしね。よし、やってみよ!」
「まぁなんとかなるでしょ。じゃあ、私一応皆に伝えてくるー」
「そういうことだから宜しくね林野くん。フォローはするから、あんま気張んないでいいからね」
「あ、が、頑張ります!」

 空気の変化に伴い、先輩の顔にも晴れ間が戻る。次の瞬間には、固い笑みで笑いあっていた。


 
 舞台袖から、賑わいはじめた客席を覗く。着なれない衣装とリハーサルのミスで、固まった体が更に強張った。不意に、震える手を握られる。

「……ありがとう、頑張ろうね」

 そういった先輩の手も、微笑みに反して震えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...